(cache) 極限的な高みに生きる人々。- ほぼ日刊イトイ新聞

写真家・野町和嘉さん。
かの『ナショナルジオグラフィック』誌に
写真を掲載された、
数少ない日本人写真家のひとり。
40年もの長きにわたり、
エチオピア・チベット・アンデスという
極限的な高みで生きる人々に
尊敬のまなざし＝レンズを向けてきました。
30年間、岩窟から下りていない修道女。
五体投地で岩場を行く巡礼者。
なぜ人は、そんな高みで生きるのか。
先日、発売された野町さんの最新写真集
『極限高地』をめくりながら、
いろいろお話をうかがうことができました。
どうぞ、ゆっくりお楽しみください。
担当は「ほぼ日」奥野です。

第1回

標高4000メートルの宗教都市。

第2回

なぜ、信仰が篤くなるのか。

第3回

レンズに宿る尊敬の気持ち。

2015-10-09-FRI

野町和嘉さんプロフィール

野町和嘉さんプロフィール

野町和嘉（のまち・かずよし）

1946年、高知県生まれ。
過酷な風土を生き抜く人々の営みと信仰を
テーマとして、
世界各地を訪ね記録している。
1972年のサハラ砂漠取材を皮切りに
アフリカを取材。
各国での雑誌掲載、写真展、写真集出版を通して
広く話題を呼んだ。
1978年に初の写真集『サハラ』を
５カ国で出版。
1982年、米「LIFE」誌に掲載された
ナイルの記事により
全米報道写真家協会年度賞銀賞。
1984年、写真集『バハル』『サハラ悠遠』により、
第３回土門拳賞受賞。
1980年代にはエチオピアを集中的に取材。
1987年、
米「ナショナルジオグラフィック」誌に
写真が掲載される。
1980代後半より中近東、アジアに重点を移し、
とりわけ1988年の中国取材を契機として
チベットに注目するようになる。
1995年、招かれて
メディナ、メッカのイスラーム2大聖地を取材。
2000年代以降は
アンデス、インドにも取材範囲を広げる。
2009年、紫綬褒章受章。
2014年、国際的な写真家活動により、
日本写真協会国際賞を受賞。
主な写真集に
『長征夢現』『ナイル』『チベット』
『地球へ！RIFT VALLEY ODYSSEY』
『メッカ巡礼』『地球巡礼』など多数ある。

とじる

第2回

なぜ、信仰が篤くなるのか。

2015-10-08-THU

──: こちらの、このかたは
五体つまり両手両足と額を大地に投げ出して
聖地まで巡礼する、
いわゆる「五体投地」をなさっている最中、
ということでしょうか。

野町: そうですね。

──: あの、このような岩場でもやるんですか、
「五体投地」って。

野町: そう、ここは「カイラス山」というね、
西チベットの聖地なんです。

巡礼路のいちばん高いところで、
たしか、5600メートルくらいあるのかな。

──: そんなところを、五体投地で。

河邑厚徳監督がＮＨＫ時代に撮られた
ＮＨＫスペシャルの『チベット死者の書』に
すごく幅の広い道路を
たくさんの巡礼者が五体投地している光景が
収録されていますけれど、
こんな、険しいところも行くんですね。

野町: ここカイラスでは、
こういう山道を、もう何周も回るんです。

──: 何周‥‥といいますと、
その「１周」って、どれくらいあるんですか？

野町: チベット人が歩けば、１日で行ける距離です。
つまり「50キロ」くらいかなあ。

──: 50キロ？

野町: 彼らにとっては
未明に出て、夕方に帰ってこれる距離ですが
ぼくらなんかだと、
だいたい「丸３日」くらいかかりますね。

──: それを「五体投地」だと？

野町: ２週間くらい、かかるみたい。

──: ２週間。はぁ。

野町: 彼ら巡礼者は、
それを、何べんも何べんも繰り返すんです。

──: 何のために、と言ったら変ですけど‥‥。

野町: 簡単に言えば「罪を滅ぼすため」というか、
チベット仏教における「精進」というか、
こうした巡礼によって
自らを清めて解脱の境地に至ろうとしてる。

──: ２週間のうちに、でも、食べる物とかは？

野町: あ、それはね、持ってるんですよ。

朝、その日の到達地点まで運んでおいて、
戻って、あらためて「五体投地」で。

──: いや、あの、待ってください。

いちど徒歩で荷物を置きに行って、
戻ってきて、
もう一回「五体投地」‥‥ということは、
距離的には「３倍」じゃないですか。

野町: そう。デポして戻ってくるわけだから。

──: それを何周もやるんですか。すごい‥‥。

野町: まあ、ちょっとレベルは違いますけど
ぼくら日本人の場合、
「仕事」で無意識にやってることというか、
ほら、毎朝たんたんと、
満員電車に乗っていくじゃないですか。

表面的には熱情というものはないけど、
粛々と受け容れるというかな、
彼らの「信仰」にたいする打ち込み方には
そんな感じを受けますね。

──: 先ほど、チベットにも
外からの文明がどんどん入ってきていると
おっしゃっていましたが、
こうやって、五体投地している人たちって、
今でも数的には減ってないんですか？

野町: もちろん、もちろん。減ってないです。
このあいだ行ったときに、見ましたし。

──: この写真の方には
偶然、道の途中でお会いしたんですか？

野町: いやいや、カイラスにはね、
こういう人が、いっぱいいるんですよ。

とくに、この写真を撮ったときは
12年に１回来る「午（うま）年の４月」という、
お釈迦さまの誕生した月だったので
五体投地をする巡礼者なんか
もう、あちこち、そこらじゅうにね。

──: では、言ってみれば
この人の前後左右にも、こういう方が。

野町: たくさん。

──: こう言っては失礼ですけれども
お顔の汚れ方とか、
まるで「特殊メイク」をしてるかのような、
ようするに、すごすぎて、
かえってつくりものみたいに見えるほど。

野町: そう、すごいんだけど、
はじめて出会った五体投地の巡礼者って
女性だったんですね。

本当に、ものすごく苦しそうな表情で
五体投地をしていたんだけれども、
「撮影させてくれませんか」とお願いしたら
立ち止まって、はにかんで、
ものすごく柔和な顔をしてくれたんです。

──: おお。

野町: その柔和さに心うたれたのを、覚えてます。

──: こちらのおじさんも、すごい迫力です。

何でしょう、解釈によっては
非常にストリートっぽいと言いますか、
かっこよさすら感じます。

野町: なにせ、チベットというところは
「寒いんだけど陽射しは強烈」なんです。

それから、水もふんだんにないから、
めったに身体を洗わないわけ。
すると、こうして、
すさまじい形相になっていくんですよね。

──: 過酷な環境のうつし鏡なんですね。

野町: 格好と言えば、この人たちなんかは
お祭りの間じゅう、なりゆきを管理したり、
治安維持したりする僧侶たち。

──: わ、すごい。かっこいいです。

野町: ゲクーと呼ばれる人たちなんですけどね。

──: 先ほど、世界の極限的な高地のなかでも
チベットって
とりわけ独特とおっしゃっていましたが、
衣装や見た目からも
なんだか、そういう感じを受けますね。

野町: 極限高地という場所は
どこも、宗教的な色彩が濃いんですけど
チベットって、
ダライ・ラマが統治していた時代は
人口「600万人」のうち「100万人」が
坊さん・尼さんなんです。

──: ６人に１人が宗教者であったと。

野町: 自然環境の厳しさもあいまって、
チベット仏教は
独特の深められ方、探求のされ方をしてる。

ここなんかは
「鳥葬」の広場にある、お祈りの場所。

──: うわー‥‥。

野町: しゃれこうべ自体は、本物じゃないけどね。

この小屋の外では、ご遺体を、
鳥に食べてもらえるように細かく刻んでた。
ぼくが行ったときは、子どものご遺体を。

──: 細かく、ですか。

野町: うん。

──: では、じきに鳥が来て‥‥。

野町: いや、鳥はね、刻んでいるすぐそばに
20羽から30羽、
すでに集まって待ってるんですよ。

──: あ‥‥そうなんですか。

野町: 鳥葬をはじめるときって
ヒマラヤスギの枝を、燃やすんですね。
すると空高く白煙が上がって、
それを合図に、鳥たちが集まってくる。

ハゲワシなんだけど、
ご遺体を
あっという間に食べ尽くしちゃいます。

──: 鳥葬という葬り方は知ってましたけど
あらためて考えると、
本当に、ものすごい方法ですよね。

野町: でも、高地に住むチベット人にとって
もっとも一般的な葬り方が鳥葬なんです。

だから、望んでるよね、みんな。

──: そうされることを、ですか？

野町: うん。チベット死者の書にもあるように、
人間が死んだら、
彼らは、まずは、ご遺体から魂を抜く。
すると単なる抜け殻にすぎなくなるから、
次の生命のために
役立てるっていう考え方なんですよね。

ちなみに、遺体から抜け出た魂は、
45日後に女性の胎内に入り
次の生命として生まれ変わるんだそうです。

──: はー‥‥。

野町: それに、仏教の起源はインドですけど
インドって本来、お墓がないでしょう。

川べりで焼いて、灰を流しちゃうから。

──: ええ、ガンジス川とかに。

野町: 何かに生まれ変わるっていう思想だから
墓をつくる意味もないし、
墓にお参りするという習慣もないんです。

──: 野町さんの写真集には
アンデスやエチオピアの極限高地の写真も
掲載されていますが
おしなべて、どこも信仰心が篤くなるのは
どうしてだと思われますか？

野町: さまざまな要素があると思うんですが、
ひとつには、
標高の高いところって、
やっぱり、
自然現象が過酷で劇的なんです。

空模様にしたって、
とつぜん雷鳴がとどろき、ひょうが降る。
そんな現象に直面したら
自分たちは神を怒らせてしまったとか、
そういう解釈になるのは
まったく自然のことのように思えます。

──: なるほど、なるほど。

野町: この女性など、エチオピアの山の上の僧院、
岩窟教会のようなところに
暮らしている尼さんなんですけど‥‥。

──: ええ。宗教はキリスト教、ですか？

野町: そう。

ぼく、ガイドを通じて、ふたことみこと、
会話を交わしたんだけど
「もう、30年くらい下に降りていない」
って言ってましたよ。

──: え、こんな場所で、30年も？

野町: うん。

──: 毎日毎日、
どんなことを考えてらっしゃるのか‥‥。

野町: われわれには、計り知れないですよね。

この女性は、比喩でもなんでもなく、
ほんとうの意味で、
聖書の世界に生きてるんだと思いました。

＜つづきます＞

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ページを繰るごとに目をみはる、
野町和嘉さんの最新刊『極限高地』。

チベット、アンデス、エチオピア。
「標高2000から4500メートル」という
極限的な高地は
独自の習俗・信仰を生み育んできました。
雲の上の巨大な宗教都市、
鳥葬、岩場を五体投地で進む巡礼者。
エキゾチックなエチオピア正教、
標高4000メートルに広がる砂の奇観。
そうした極限の地の文化・生活・自然や
そこに住む人々の顔に
レンズを向けてきた野町さんの最新刊。
各章の冒頭に添えられた
それぞれの地域についてのエッセイも、
読みごたえがあります。

野町和嘉
『極限高地チベット・アンデス・エチオピアに生きる』
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