本屋さんの絵本売り場をうろうろしているとき、隣の児童書コーナーに平積みにされていた『岸辺のヤービ』が目に留まった。
ヤービの可愛らしさに惹かれ、私は本を抱きしめレジへ向かった。
それが私とヤービとの出会いである。
『岸辺のヤービ』はケースに入った本であり、私はケースから本を出す動作だけで、何か特別な本の気がして胸が高鳴った。
ケースにつけられた帯にはこう書かれていた。
「世界ってなんてすばらしいんでしょう!」
あの晴れた夏の日。わたしが岸辺で出会ったのは、
ふわふわの毛につつまれた、
二本足で歩くハリネズミのようなふしぎな生きものでした。
物語を愛するすべてのひとに贈る、
驚きと喜びに満ちたファンタジー、マッドガイド・ウォーターシリーズ開幕。
わくわくしない訳がない。
私は期待を胸にページをめくった。表紙裏に描かれたマッドガイド・ウォーターの地図。もくじに上下には可愛らしい挿絵。「岸辺のヤービ」と書かれた扉を開くと次のページには「永遠の子どもたちに」の一文があった。
そう、わたしは永遠の子どもだ。
笑みを浮かべてから私はやっと本文を読み始めた。『岸辺のヤービ』は寄宿学校の教師である「わたし」がヤービと出会い、ヤービから様々な話を聞いていく流れでものがたりが進んでいく。岸辺に住む一族の生活や周辺の出来事が、するする滑らかなことばで紡がれていく。とても気持ちが良かった。
いちばん最初の章を読み終えたとき、私は一度この本をぱたりと閉じた。最後までいっぺんに読み進めるのはもったいないと思ったのだ。優しく温かいこの世界を毎日少しずつ感じていたくなった。児童書なので文字が少なく、読もうと思えばすぐに読み終えてしまえるこの本を私は10日ほどかけて読んだ。
架空の生きものであるヤービのものがたりは面白い表現や素敵な言葉も散りばめられていた。
ヤービの友達であるトリカの家は、皆が恐れているタガメにストローを売る仕事をしていた。トリカはそのような家の子に生まれたことをひどく気に病んでいた。
「それはね、じぶんの、そんざいの、すべてが、ひていされる、きもちになるものなのよ」
トリカが言ったこの言葉は自分ではどうすることも出来ない苦悩が見え隠れしていて苦しくなってくる。じぶんの、そんざいの、すべてが、ひていされる。優しいヤービ達と友達であることは否定に値しないとトリカに言ってあげたい気分になった。
トリカが属しているベック族は「きょげんへき」のある種族らしいのだが、トリカはそれを「ベック族はよく口がすべるのよ。悪気はないの」と言う。「きょげんへき」を口がすべるだけで済ますことはおおらかなのか何なのかよくわからなくなってくる。言い切られると「あ、そうなのかも」と思えてくるふしぎ。
ヤービが属しているクーイ族は個々のなまえの定義が少し違い、「ヤービ 」という名前も代々受け継がれた名前だったりする。
「たった一つの自分だけのとくべつな名まえがあって、それをしょっちゅう呼ばれるなんて、なんだか、ひりひりする感じなんじゃないでしょうか」
ヤービが放ったこの言葉に、私は「そんなこと、考えたことなかったよ」と思わず呟いてしまった。ひりひりする感じを想像し、そこから実生活で名を呼ばれるたびになんだかむず痒くなってしまった。
梨木香歩さんの豊かな想像力から生まれる優しき物語に小沢さかえさんの挿絵が生きるこの『岸辺のヤービ』は今後、語り継がれる物語になるような気がする。
それほど素敵なストーリーであるし、何より読み終えた今、またヤービに会える日を私は指折り数えてしまいそうなのだ。
ここ最近読んだ本の中で、一番微笑んだ本であったのは間違いない。
まだ読まれていない方はぜひ読んで欲しい。
あなたもヤービが可愛くてまたすぐに会いたくなると思うのだ。