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ケンセツ的視点

度重なった安藤忠雄氏を意識した発言、“サムライ建築家”黒川紀章氏の知事選47日間(第5回)

2007/04/13

 連載の第2回でも触れたように、公示後に黒川紀章氏が行った演説や記者会見では、何度も安藤忠雄氏の名前が出てきた。その多くは、「安藤氏への対抗意識があるのではないか」という憶測を吹き飛ばそうとしたものだ。

 例えば、3月29日に日本記者クラブで開催された会見で、安藤氏への嫉妬の有無を尋ねられた際に、黒川氏は次のように主張した。「石原氏が知事になったときに7人の建築家を推薦した。伊東豊雄と安藤忠雄、隈研吾、團紀彦、山本理顕、長谷川逸子、妹島和世だ。この7人は私が何十年と育ててきた連中だ。私が推薦した人が石原知事に選ばれて仕事をしていることは非常にうれしいことだ。嫉妬なんてあるわけがない」。

3月29日に日本記者クラブで開催された会見で自らの政策を説明する黒川紀章氏(写真:日経アーキテクチュア)
3月29日に日本記者クラブで開催された会見で自らの政策を説明する黒川紀章氏(写真:日経アーキテクチュア)

 そして、黒川氏はこう続けた。「築地の市場の移転を回避するために、施設を2層にするように改修して面積を2倍にするアイデアを記者会見で披露した際に、『その設計は黒川氏が手がけるのか』という質問があった。私は安藤忠雄だと答えた。私は彼を応援している」。

 安藤氏の名前を出した会見や演説では、安藤氏の実績に比べて自らの実績が優れているという趣旨の発言も繰り返した。建築家としてのプライドがそうさせたのかもしれない。しかしその結果、黒川氏が安藤氏を強く意識しているという憶測は一段と深まっていった。

◆next:緊急都民対話集会を開催

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 黒川氏の冗舌ぶりは収まらなかった。選挙前の最後の日曜日となった4月1日には、中野区内にあるサンプラザホールで「緊急都民対話集会」を開催。都民からの質問に答えた。例えば、中野区に住む主婦が寄せた「無給で働くと言うが、その間どうやって生活費を賄うのか」という質問に対して、黒川氏はこう答えた。「50年間、年間の収入は1億2000万円から1億7000万円の間を推移してきた。半分が自ら経営する事務所からの給与で、残りは講演料や顧問料だ。事務所で赤字を出したことはない」。

緊急都民対話集会で都民からの質問に答える黒川氏
緊急都民対話集会で都民からの質問に答える黒川氏

 選挙戦の終盤には夫人で女優の若尾文子氏も応援に加わった。文京シビックホールで4月4日に開催した個人演説会では、黒川氏の演説が終わった後に「彼が孤軍奮闘する姿を見るに見かねて一緒に参りました」と話し、集会の参加者に支援を求めた。投票日の前日の4月7日には、夫人が見守るなか、街頭で「銀座の恋の物語」も歌ってみせた。

4月4日に開いた個人演説会の終わりに壇上に並んだ黒川氏と夫人の若尾文子氏。同日の演説会には、黒川氏の妹や娘なども駆けつけた
4月4日に開いた個人演説会の終わりに壇上に並んだ黒川氏と夫人の若尾文子氏。同日の演説会には、黒川氏の妹や娘なども駆けつけた

 こうした選挙戦に対する有権者の判断は、連載の冒頭に示した通りだ。構造計算書の偽造事件や談合事件をはじめ、建築界に対する風当たりは一段と強くなっている。それだけに、都知事選に立候補して注目が集まった黒川氏の行動には期待も寄せられていた。

 出馬表明から公示日までにかけて、黒川氏は都市政策を都知事選の論点の一つとしてクローズアップさせただけでなく、建築や都市計画が、福祉や環境保全などのほかの政策立案にも密接に結び付いていることを改めて示した。選挙戦を分析している様々なメディアによると、都市政策は必ずしも都民の関心の中心ではなかったようだ。それでも、都市や建築の専門家として、一貫して東京の都市像を訴えかけようとした取り組みは評価に値するだろう。

 しかし、特に公示後の言動では“パフォーマンス”が先に立ってしまった感は否めない。マニフェストの内容を的確に伝えるような戦略を練り、安易な選挙戦術に頼らない姿勢で臨んでいれば、都民の都市政策に対する関心をもう少し引き出し、建築界に対するイメージの改善が図れた可能性もあった。そうすれば、支持者はもっと増えていたに違いない。

浅野 祐一日経アーキテクチュア


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