「信念の人、自説貫く」 ノーベル賞の梶田氏に研究者
東京大宇宙線研究所長の梶田隆章さん(56)の物理学賞の受賞が6日に決まり、連日で日本人への栄誉となったノーベル賞。物理学賞としても2年連続となり、京都、滋賀の関係者にも喜びの声が広がった。
1989年から約6年間、ニュートリノの初代観測装置「カミオカンデ」(岐阜県)で梶田さんとともに研究した京都大理学研究科の谷森達教授(59)は、「大気ニュートリノ(の研究)を最初から育ててきた人。非常にうれしい」と受賞を喜んだ。
ノーベル物理学賞受賞が期待された故戸塚洋二さんの片腕として、最前線で解析を積み重ねてきた。真面目で温厚な性格。「振動の兆候」を発見した時も、「間違いない」と強気の戸塚さんとは対照的に、感情を表に出さなかったという。
世界をリードしてきた日本のニュートリノ研究。だが、2008年の戸塚さんの死去で日本人の受賞は遠のいたかと心配されたというだけに、「日本のお家芸が世界の王道に評価された。当然のことだが、本当によかった」と話した。
88~96年にカミオカンデで同じ研究グループにいた立命館大理工学部の森正樹教授(55)は、梶田さんを「信念の人」と評する。ニュートリノに質量があるという仮説は他の研究者からなかなか受け入れられなかったが、「自説を曲げることなく貫き通した」と振り返る。
仮説を裏付けることになるスーパーカミオカンデの建設でも、梶田さんらしさが発揮された。心臓部にあたる約1万1千個もの光電子増倍管の運搬や据え付け工事は、予算不足のため外注できず、研究者たちが作業にあたった。「その総責任者が梶田さんだった。地道で大変な仕事をきちんとこなせる。それが今回の受賞につながったと思う」
2008年、「小林・益川理論」の小林誠さん、益川敏英さんが物理学賞を受賞した。今回、梶田さんは実験による業績で受賞が決まった。理論物理(素粒子論)を専門とする京大理学研究科の川合光教授(60)は「物理学で『理論』と『実験』はまさに両輪の関係。日本の物理学の研究は、両論がうまく回っているからこそ、08年と今回の受賞という形になった」と話す。
【 2015年10月07日 08時50分 】