今年のノーベル物理学賞が梶田隆章・東京大宇宙線研究所長らに決まった。医学生理学賞の大村智・北里大特別栄誉教授に続く、連日の朗報だ。

 2人とも自然科学の名の通り自然を深く鋭く見つめ、梶田さんはもっぱら知識の面で、大村さんは医薬品開発という実用面で人類に貢献した。

 梶田さんは、2002年にノーベル物理学賞を受けた小柴昌俊・東京大特別栄誉教授の流れをくみ、素粒子ニュートリノの正体に迫った。

 大気からまんべんなく降り注いでいるニュートリノなのに、地球を通り抜けて足元から来るものは頭上から来るものより少ない。ニュートリノに質量があるからこそ起きる現象を見つけ、質量ゼロを前提にしていた物理学の常識を覆した。

 この世界はどのように成り立っているのか。そんな根源的な問いに向けた果てしない道のりで、人類に確実な一歩をもたらしたのである。

 一方、大村さんはあちこち出向いて土や木の葉を集めた。その中にいる無数の微生物が作るさまざまな化学物質から、薬になるものを探す。本当に薬にまでなることはめったにないが、地道に積み重ねた。

 大村さんらが米製薬大手メルクと共同開発した薬イベルメクチンは、アフリカや中南米で失明の主要な原因となっている河川盲目症という寄生虫病に効くとわかった。

 世界保健機関(WHO)が無償提供を始め、治療と予防に年に約3億人がのみ、年4万人もの失明を防いでいる。

 イベルメクチンのルーツは、大村さんが1974年に静岡県のゴルフ場近くで採取した土にさかのぼる。それが大村さんの発見と多くの人々の志、そして40年の歳月を経て、熱帯の人々の健康と福祉に貢献している。

 無償提供が成り立つ背景には、家畜の寄生虫駆除薬としての大ヒットがあった。先進国の家畜薬としてのもうけが、途上国支援を支える。

 巨額の特許料収入は北里研究所の再興にもつながった。

 多様な生物が持つ自然の恵みを経済効果に結びつけた好例である。

 先端科学分野の実用化は多くの場合、先進国の人たちがまず享受する。大村さんの業績は、先進国での医薬品研究が時をおかずに多くの途上国の人々に光明を与えた点でさらに光る。

 薬を巡る南北対立は激しい。先進国の資金と科学技術を、途上国に役立てた大村さんの業績を例外に終わらせたくない。