アベノミクス第2幕に追い風、TPP大筋合意で農業改革など課題 (2)
2015/10/06 16:44 JST
(ブルームバーグ):環太平洋連携協定(TPP)交渉が大筋合意したことは、安倍晋三政権にとって国内改革を進める際の追い風となる。なかでも輸出産業への転換が迫られる農業分野などへの取り組みが課題となりそうだ。
安倍晋三首相は6日、大筋合意について「人口8億人、世界経済の4割近くを占める広大な経済圏が生まれる。その中心に日本が参加する、TPPはまさに国家百年の計だ」と語った。農業分野については「TPPをピンチではなく、むしろチャンスにしていかなければならない」と述べた。全閣僚による総合対策本部を設置し、協定締結について国会承認を「求めるまでの間」に国内対策をまとめる考えを明らかにした。
首相は9月24日の記者会見で、アベノミクスは「第2ステージ」へ移行する、と宣言。強い経済、子育て支援、社会保障を「新3本の矢」と位置付け、経済最優先で政権運営に取り組む決意を表明した。翌25日には官邸で開いた主要閣僚会議で、TPPはアベノミクスの「成長戦略の核」と語っていた。7日には内閣改造に踏み切る予定だ。
みずほ総合研究所の菅原淳一上席主任研究員は、「国内の改革とTPPは並行して進んでいる」と説明し、TPPは安倍政権の改革姿勢の「象徴」になっているとの見方を示す。新3本の矢を発表した安倍首相は今回の合意により「非常にいい形でスタートが切れた」とし、「さまざまな改革を推し進めていく原動力になる」と語った。
構造改革政府試算によると、TPPにより日本の国内総生産(GDP)は3.2兆円増加する一方、農林水産物生産額は3兆円減少する。安倍首相は日本の農林水産業の輸出産業化を目指しており、8月には全国農業協同組合中央会(JA全中)の権限縮小などを盛り込んだ改正農協法を成立させた。
みずほ総合研究所の安井明彦欧米調査部長は、TPPによる経済的なメリットは米国よりも日本にとって大きいとの見方を示す。TPPは、米国では「地政学的な意義や世界の通商ルールを作る」観点から重視されてきたが、日本では「経済を強くしていく起爆剤」として期待されていると話した。
竹中平蔵慶応大学教授は9月のインタビューで、TPPにより改革が期待される分野に農業を挙げた。「株式会社が堂々と農業に入っていけるような環境を作らないと生産性は上がらない」と述べ、そうした改革が進めば高品質の農産物を「オランダみたいに輸出産業にできる」との考えを示した。
農林水産業の改革をめぐっては反発も大きい。自民党は2013年3月、安倍首相の交渉参加表明に先立ち、「聖域(死活的利益)」と位置付けられるコメや麦など重要5品目を守るよう求める決議をとりまとめ、安倍首相に申し入れた。衆参両院の農林水産委員会も同年4月、重要5品目の利益確保を求める決議を採択した。
農林中金総合研究所の清水徹朗基礎研究部長は、「安倍首相は重要品目を守らなければTPPに参加しないと言って政権についた。農家側は裏切られたという気持ちがかなりある」と説明。来夏の参院選などを念頭に「農村部での支持は失うだろう」との見方を示した。
JA全中の奥野長衛会長は6日、現時点でのコメントをプレスリリースとして発表。大筋合意の内容について「精査が必要」としながらも、生産現場での受け止めは「容易ではない」と想定されることから、生産者の将来不安が「早急に払しょくされるべきである」と主張した。
安倍首相は6日の会見で、重要品目の扱いについて「関税撤廃の例外をしっかりと確保することができた。これらの農産品の輸入が万一急に増えた場合には緊急的に輸入を制限することができる新しいセーフガード措置をさらに設けることも認められた」と説明した。
その上で、首相はTPPによって「多くの国で農作物にかけられていた関税がなくなる」ことから、北海道のメロン、大分県のナシなどの果物や、新潟県の「コシヒカリ」などのコメ、和牛など日本の農畜産物にとっても輸出拡大のきっかけになるとの見解も表明。「政府としてTPPにチャンスを見出し、世界のマーケットに挑戦しようとする皆さんを全力で応援したい」と語った。
経済界TPP交渉の大筋合意を受け、経済団体は相次いで歓迎のコメントを発表した。日本貿易会の小林栄三会長(伊藤忠商事会長)は6日、「日本にとってTPP協定は、他の参加国におけるビジネスを拡大する好機」と指摘。日本自動車工業会の池史彦会長も6日、米国やカナダなど「自動車業界にとっても非常に重要な市場との間の経済連携の枠組みが築かれる」と言及した上で、これを契機に現在交渉中の日EU経済連携協定(EPA)などの交渉が「一層加速する」ことへの期待感を示した。
安倍首相は記者会見で、TPPで海外市場を開拓するチャンスを得る主役は中小企業・小規模事業者や「個性あふれるふるさと名物を持つ地方」とも語った。福井県鯖江市の「眼鏡フレーム」、静岡、鹿児島両県の日本茶、岐阜県の美濃焼、佐賀県の有田焼、伊万里焼などの陶磁器なども輸出する際の「関税がゼロになる」と指摘。「ぜひTPPという世界の舞台でこのチャンスを最大限、生かしてほしい」と呼び掛けた。
自由貿易安倍首相は6月に公表した成長戦略で、「18 年までにFTA比率 70%(12 年:18.9%)を目指す」とする目標を明記した。
菅原氏は、TPPの合意をてこに日EU経済連携協定(EPA)や東アジア地域包括的経済連携(RCEP)の年内大筋合意を目指し、日本が主導していくという形になるとの見方を示し、「良い循環が生まれる」と語った。
産業競争力会議の民間議員も務める竹中氏は、「自由貿易に向けて動かすというのは、最終的にはアジア太平洋自由貿易圏(FTAAP)に持っていくというのがみんなの合意」と指摘。「中国の問題を考えるならば、日米は中国が入っていないTPPをまず完成させるというのは戦略的に非常に意味がある」と述べた。
安倍首相は6日の会見で、TPPは「アジア太平洋に自由、民主主義、基本的人権、法の支配といった基本的価値を共有する国々とともに自由で公正で開かれた国際経済システムを作り上げ、経済面での法の支配を抜本的に強化するものだ」と説明。その上で、「将来的に中国もこのシステムに参加すれば、わが国の安全保障にとっても、またアジア太平洋地域の安定にも大きく寄与し、戦略的にも非常に大きな意義がある」との認識も示した。
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更新日時: 2015/10/06 16:44 JST