環太平洋経済連携協定(TPP)の交渉が閣僚会合で合意に達した。

 5年を超える協議を経て、国内総生産(GDP)で世界の約4割を占めるアジア太平洋の12カ国が新たな枠組みへ踏み出す。これを域内の繁栄と安定の礎としなければならない。

 ヒトやモノ、カネが活発に国境を越える現状に対し、貿易・投資ルールを改めていく世界貿易機関(WTO)の活動は停滞したままだ。焦点は二国間や地域内の自由貿易協定(FTA)に移り、規模が大きい「メガFTA」が注目されている。

 ■欠かせない情報公開

 その先頭を走るのがTPPである。世界の成長を引っ張るアジア太平洋での新たな基準が、他の交渉を刺激しそうだ。

 今回の合意の中身を見ると、交渉が難航した乳製品や自動車分野を含めて、「モノ」にかける関税の引き下げ・撤廃が進み、国際分業の実態に合わせた原産地規則が設定された。環境や労働者の保護と自由化の調和などWTOでは手つかずの分野を含めて、新たなルールを打ち出したことも大きな特徴だ。

 一方で、新薬のデータ保護期間のようにゆるやかな合意にとどまったり、先送りされたりした項目も目につく。12カ国は各国議会での承認を目指して詰めの協議を急いでほしい。

 その際、欠かせないのが情報公開と国民への説明である。

 TPPについて各国政府は「手の内を見せると交渉が不利になる」として、途中の状況は説明しない秘密主義をとってきた。閣僚会合で合意した以上、日々の生活にどんな影響があるのか、根強い不安や疑念と向き合わねばならない。

 日本に関していえば、例えば著作権保護の強化がある。著作者の権利保護を通じて創作活動を促す効果が期待できる半面、作品に気軽に触れられなくなる恐れもある。保護と利用のバランスをどうとるのか、丁寧に説明してほしい。

 ■WTOを立て直せ

 TPPの舞台であるアジア太平洋では、米国と中国という2大国が覇権を争う。TPPを巡っても、米国の推進派が「中国に主導権を握らせない」と強調し、中国もTPPへの警戒心を隠してこなかった。

 東アジアでも、日本と中国、韓国が経済的な結びつきを強める一方で、日中、日韓の政治・外交的関係はぎくしゃくした状況が続く。

 しかし、自由化の効果を高めるには、世界第2の経済大国である中国、さらには韓国を巻き込むことが欠かせない。それが地域の政治的安定にもつながるはずだ。東アジア包括的経済連携協定(RCEP)や日中韓FTAなど、中韓両国が加わっているメガFTA交渉を加速させる必要がある。

 さらに、WTOの立て直しを忘れてはならない。

 約160の国と地域が参加するWTOは、地域ごとの主導権争いから距離を置き、世界に開かれた多角的交渉の場だ。ドーハ・ラウンドが頓挫して以来、機能不全に陥っていたが、変化の兆しが出てきた。デジタル製品の関税の撤廃を目指す情報技術協定(ITA)を巡り、約50の国と地域が対象品目の追加で合意したことに注目したい。

 日米欧に加え、この分野の主役に台頭した中韓両国を含む主要国が一致できた意義は小さくない。この機運を生かせるか、日本の役割と責任は大きい。

 ■ばらまく余力はない

 国内に目を転じれば、TPP合意に伴う市場開放で影響を受けるさまざまな業界への対策が課題になる。焦点は農畜産分野だ。牛肉や豚肉は、一定の期間をかけて、関税を大幅に下げることになった。今後、補助金の増額などを求める声が高まるのは必至だ。

 確かに、激変緩和策は必要だろう。そのためにも、まずは輸入の現状や自由化の影響を分析し、必要な対策と予算額を見極めなければならない。

 コメの市場開放に踏み切った1990年代のウルグアイ・ラウンド合意を受けて、総額6兆円の対策費を投じた。その多くは農業関連の土木事業で、競争力の強化に必ずしもつながらなかった。同じ過ちを繰り返す余裕は、借金が1千兆円を超す日本の財政にはない。

 コメや乳製品で、日本が一定量の輸入を約束したことも気がかりである。米国や豪州、ニュージーランドなどの農業大国と交渉を重ね、関税の撤廃を避けるために提案した策だが、あくまで関税交渉が基本であることを忘れてはならない。

 コメについては既に同様の仕組みがあり、年間で100億円を超える損失が生じている。その場しのぎの政策を重ねるばかりでは、国民負担をいたずらに膨らませかねない。

 納得のいく説明ができるかどうか。通商の自由化とそれに伴う対策でも、この原則をおろそかにすることは許されない。