変わる運動会 組み体操の規模縮小へ
9月15日 20時24分
秋の運動会や体育祭のシーズンを迎え、多くの学校では競技や演技種目の練習が行われています。このうち、組み体操は花形種目の1つですが、子どもたちが何段にも積み上がる「ピラミッド」や「タワー」は、近年規模が大きくなる傾向があり、事故が相次いでいます。このため、教育委員会や学校では、規模を小さくする動きが広がっています。
名古屋放送局の松岡康子記者が解説します。
タワーから落下で後遺症
千葉県に住む小学6年生の男の子は、ことし5月、組み体操の練習中に大けがをしました。3段タワーの1番上から転落したのです。
男の子は転落時の状況について、「ポーズをとったあと、しゃがむときに下の段がぐらぐらして耐えられず、左後ろに勢いよく落ちました。自分はもう死ぬんだなと思って、すごく怖かった」と振り返ります。
男の子は頭の骨が折れて頭蓋内で出血し、事故の翌日、緊急の手術を受けました。
事故から4か月ほど経ちましたが、頭にけがをした影響で、男の子は左耳の聞こえが悪くなり、難聴と診断されました。耳鳴りも続いています。生まれたときから右耳も難聴だったため、ざわついたところでは人の声が聞こえないといいます。
母親は「今、息子はこうして元気にしていますけれども、一歩間違えば死んでいたかもしれない。半身不随だったかもしれない。組み体操で事故にならなければ難聴になることもなかったし、本人もこんなに苦しむことはなかったので、とても残念です」と話しています。
組み体操で相次ぐ事故
男の子の手術を行った松戸市立病院小児脳神経外科の宮川正医師は、ことし春の運動会シーズンに、組み体操の事故で運ばれる子どもが相次いだことから、頭にけがをして、この病院で治療を受けたケースについて過去にさかのぼってカルテを調べました。
その結果、ことし春までの9年間に治療を受けた子どもは24人。
けがの原因で最も多かったのは、子どもたちが円形に積み上がるタワーだったことが分かりました。
中には、後頭部から地面に落下し、その上に別の子どもが落ちたケースも、カルテに記されています。転落や転倒で頭を強く打って脳しんとうを起こしたり、頭蓋骨を骨折したりするなど、命に関わるケースもありました。
宮川医師は調査結果について、「多くの場合は軽傷ですむが、生命に危険が及んだり、後遺症を残したりする外傷を負う危険性があるので、重大な事故が起きる前に組み体操は止めた方がいい」と話しています。
規模縮小の動き広がる
こうした事故を受けて、組み体操の実施を見直す動きが広がっています。
愛知県尾張旭市は9月初め、教員を対象に、組み体操の指導法の研修会を開きました。尾張旭市の小学校では、去年まで最も高いところはピラミッドは7段、タワーは4段の技が披露されていました。しかし、全国的に事故が相次いでいることから、この秋の運動会では、多くの学校がピラミッドとタワーを3段以下にすることを決めたということです。
こうした対応について、尾張旭市教育委員会の姫岩弘治管理指導主事は「組み体操によって一生涯障害が残るくらいの事故があったと聞いています。去年と同じような組み体操の指導体制ではあってはならない。より一層、子どもが安全で安心な組み体操になるように改めて確認したうえで実施する必要があると思います」と話しています。
事故を防ごうと、教育委員会が組み体操の高さに上限を設けたところもあります。大阪市は9月、ピラミッドは5段以下、タワーは3段以下に制限することを決め、各学校に通知しました。
組み体操をやめる学校も
また、組み体操そのものをやめる学校も出てきました。
その1つ、京都府京田辺市立田辺小学校は、去年まで5、6年生が3段と4段のタワーを披露してきましたが、重大な事故が相次いでいることを知り、この秋から組み体操をやめる決断をしました。
組み体操に取り組むことは、子どもたちの目標にもなっていたことから、1学期の終わりに5、6年生全員を集め、藤原真校長が「1人でもケガをしたら成功とは言えず、安全が何より大事だ。別の種目で新しい伝統を作ろう」と説明したということです。代わりに全員で、踊りを披露することになり、運動会に向けて練習を重ねています。
藤原校長は「子どもたちの体力差も大きく、全員同じことをする組み体操に難しさを感じていた。子どもの安全に勝るものはない」と話しています。
専門家「巨大な組み体操はもうやめたほうがいい」
組み体操の事故に詳しい、名古屋大学の内田良准教授は、事故が相次ぎ、リスクが明らかになった今、学校や教育委員会は、組み体操の内容を見直すべきだと訴えています。
内田准教授は「『去年の運動会も巨大な組み体操をやりました。観客も拍手していたし感動していた。ことしもやります』。これはもう許されないと思います。これだけ負の側面が見えてきて、リスクマネジメントとして、学校はちゃんと対応していかなければならない事態だと思います」と話しています。
全国の学校で起きた組み体操の事故は、平成25年度の1年間だけでも8500件以上。その多くは練習中に起きています。規模の大きいピラミッドやタワーから落ちる子どもを受け止めるためには、練習中から多くの教員を配置する必要がありますが、それには限界があり、配置できたとしても、うまく受け止められる保証はありません。
組み体操をしている学校によりますと、高学年になって規模の大きいピラミッドなどに取り組むことが、子どもたちの憧れになっていたり、地域や保護者からの期待があったりするということです。
しかし、子どもが一生後遺症を負うような事故のリスクがある中でも、本当に今のままでいいのか。子どもに巨大な組み体操に挑戦させるべきなのか。組み体操の実施と安全対策について、立ち止まって考える必要があると思います。