「『世のため人のため』という人間に限って、自分のために行動している」- 慈眼寺の住職・塩沼亮潤氏
グロービスのMBAプログラムのカンファレンス「あすか会議2015」に、慈眼寺の住職 であり、千日回峰行を成し遂げた塩沼亮潤氏が登壇。「世の中のため人のために」という言葉について、師匠とのエピソードを交えて語りました。(ログミーのログの中から厳選した、人生や仕事に効く珠玉の名言をピックアップしてお届けします)
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- 慈眼寺 住職 塩沼亮潤 氏
塩沼:「世の中を変えよう」と思っても、明日とか急にはなかなか変わらないと思います。「なぜ千日回峰行、こんな行をしたんですか?」と言われて、10代のときによく言っていた言葉は「世の中のため人のために、私は精一杯修行をしたい」ということでした。
ある日、そういう言葉をおそらく耳にした師匠が、お茶を飲んでいるときに笑い話で「坊さんなんていうのは、世の中のため人のためということはあんまり言わんほうがええな」と。
「世のため人のためというのは当たり前なんだ。まず自分自身がしっかりと心身ともに徳のある人間に成長すれば、自然と世の中のためになっている。『世のため人のため』という人間に限って、どこかで必ず自分のためになるような動きをしているものだ。だから人の為と書いて『偽り』と書くんじゃ」と。
そういう「世のため人のため」という大切な宝物の言葉は、心の奥底にしまって。そして、いろんな人との調和ですね。「自分だけが」ではなくて。自分自身もしっかりする。そして、しっかりした自分とみなさん、どんな人とでも相和して調和をしていく。この自律と協調性が大切だと思います。
志が強すぎて自我が強くなって孤立する場合がありますので、そこだけは十分に注意をしていただいて。「調和」という言葉を大切にしていただきたいと思います。
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生死の境で見たのは感謝の世界–千日回峰行を終えた住職が日本人に伝えたいこと