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| ふいに肩を叩かれた。 | 覚えのある制服を着た見覚えのある人物が、少し先に、道を阻むように立っていて足を止めた。 |
| 振り向くとニコニコ笑っている男子生徒。制服は僕らと同じ高校のものじゃない。大津和学園の制服を着ている。 | さっきバス停にいた人だ。 |
| 「見た目ぱっとしないけど、結構目敏いね。見直した」 | 「凡庸に見えるけど意外と鋭いんだね、‘しぃちゃん'」 |
| 「!」 | |
| 褒められているのか貶されているのか良く分からない。僕は皆が乗り込んで人気のないホームで途方にくれる。 | にっこりと笑って壁に寄りかかるその人に呼びかけられて心臓が跳ねた。 |
| どうして先にここに。 | |
| どうして私の名前を。 | |
| 何故だろう。 | |
| 胸がざわざわする。 | |
| ひどく、嫌な予感が消えない。 | |
| 逃げなきゃいけないと思う。でも足はまだ走れるほど回復していない。逃げ切れるだろうか。冷静に考えながらそれでも胸の奥で激しい怒りを感じていた。 | 「しぃちゃんが思いがけず怪我なんてしてくれちゃうから俺、随分待たされたよ。予定大狂い。早めに回復してくれて良かった」 |
| なんで僕ばっかりこんな目にあうんだろうって憤った。運命を呪った。 | 何の話をされているかわからないのに、訳の分からないひどい危機感が募っていく。 |
| 「万里が行儀良いからどんな奴だろうって皆で話してたんだよね〜」 | 「あいつが随分大人しく接してるから、どんな子かと思って皆で話してたけど、やっぱ普通の子に見えるんだけどなぁ。・・・・俺のこと覚えてない?一度和泉と一緒に会ったとあると思うけど」 |
| 和泉。 | |
| 万里。あいつの顔が頭に浮かんで僕はぶるりと身体を震わせた。そうすると彼は小ばかにするように笑った。 | 水上 和泉。 |
| その顔が脳裏に浮かんで、さっと血が冷えた。 | |
| そして同時に、目の前の人物も思い出した。 | |
| そうだ。 | |
| 確か初めて彼に会った日、彼と一緒に電車に乗っていたうちの1人だ。 | |
| 当人を脳裏に浮かべて、思わず湧き上がった得体の知れない恐怖に無意識に身体が引く。 | |
| 「万里が恐いの? 行儀の良い万里でも恐い? 困っちゃうね」 | 「和泉が怖い?あれでも随分大人しくしてるのに」 |
| どこか嘲るように苦笑を浮かべられた。 | |
| 面白がっていて、ちっとも困っていないくせに彼はおどけて渋面を作る。 | 「しぃちゃんも馬鹿だねぇ。和泉がお行儀良く接してくれているうちに言う事聞いておけばもっと穏便に済んだかもなのに」 |
| 少しでも彼と距離をとりたくて後ろに下がる。緊張のせいか寒さのせいか捻挫した左足が鈍い痛みを訴えてくる。体重の移動が上手くできなくてよろけると彼が腕を掴んで支えてくれた。 | やれやれ、と頭を振って肩を竦めるその仕草は、馬鹿にされている気がする。 |
| 逃げたい。 | |
| 今すぐここから逃げたいと思った。 | |
| でも何故だか、足が震えて凍りついたように身体が言うことを聞かない。 | |
| なんだろう。 | |
| 「その足、痛い? でも万里の前で痛いって言わないでくれる?」 | すごくすごく、嫌な予感しかしない。 |
| まるで絶望がすぐ近くを這っているかのように。 | |
| 意味が分からなくて見上げると彼はにっこりと笑った。 | 吐き気が収まらない。 |
| 「とりあえず移動しよ?」 | 「とりあえず場所移さない?」 |
| ついていくのなんて絶対に嫌だ。助けを求めて辺りに視線を彷徨わせる。とりあえず駅員さんがいるから改札で大声を出せばいけると思う。 | さっきからずっと何も言わず立ち尽くす私に、彼は穏やかげに笑いかけてきた。 |
| その笑顔は、なんだかあの人を思わせるような偽りを孕んでいて。 | |
| 彼はポケットをごそごそと漁った。 | 脳内で鳴り止まない警戒音に視線をきつくしながらじりじりと距離を取っていく。 |
| 「素直についてきてくれそうにないね。じゃあ、寝てて?」 | 「やっぱ素直に聞いてはくれないか。じゃあ少し眠っててくれない?」 |
| ポケットから出したものを身体に押し付けられる。バチンと音がして、すぐに意識がなくなってしまった。 | 言いながら彼はあっという間に距離を詰めつつ、制服のポケットから取り出したハンカチに親指程の大きさの小さなスプレーを流れるように吹きつけ、私の口と鼻に押し当てた。 |
| 「!うう゛!?」 | |
| それはほんの数秒のことで。 | |
| 抵抗する間もないそれに驚いて声を上げようとして、だが一呼吸の間でぐらりと頭は傾いた。 | |
| 崩れる身体を自覚しながら、そのままブラックアウトする世界に沈んでいった。 | |
| 誰かが頭を撫でている。まだ眠っていたいのに邪魔をする。今度はぺたぺたと顔に触れてくる。冷たい指先が唇をなぞってくる。頭を振ると今度は首筋を伝って鎖骨を確認するように移動する。 | 身体がひどくだるい気がした。 |
| 身体中を誰かに触れられてる感覚がする。 | |
| 額、頬、唇、首筋、耳、髪。 | |
| 手で払おうとすると握りこまれる。柔らかい感触が手首を這う。身体が重くてまだ覚醒したくない。無理矢理意識を沈みこませようとするとチリッと手首が痛みを訴えた。 | 愉しげに偲び笑う微かな声と撫で摩られる感覚がひどく不快で。 |
| 「ぅ・・・・・・・・」 | |
| 変に重たい目蓋を無理やり、ゆっくりとだけどこじ開けた。 | |
| 「ああ、気がついた?」 | |
| 我慢できなくて目を開ける。見慣れない部屋のベッドで寝かされていて、瑞浪が俺の手を握っていた。 | 目を開けて、吐息が触れ合う程間近にこちらを覗き込む相手に一気に頭が冴えた。 |
| 「なっ……」 | 「っ」 |
| 自分の手を取り返そうとするけど逆にベッドに縫い付けられてしまう。瑞浪が体重を感じさせない軽い身のこなしでベッドに上がった。僕を跨いで見下ろしてくる。 | 驚いて飛び起きようとして、でも覆いかぶさるような相手に、身動きが取れなかった。 |
| 「みっちゃん、久し振り」 | 「久しぶり、しぃちゃん」 |
| にっこりと笑顔を向けられ、混乱する。 | |
| この訳の分からない状況に似つかわしくない言葉。自分のおかれている状況がいまいち理解できなくてこれは夢なのかとすら思ってしまう。だって信じたくない。見知らぬ部屋でベッドに寝かされて馬乗りにされているなんて目の前で見せ付けられても「嘘だ」って言いたくなる。 | どうやらどこかの部屋のベッドに寝かされていたらしい。 |
| 室内には真ん中に置かれているらしいこの大きなベッドしかない。 | |
| そのベッドに座り込み、私を至近距離で覗き込むのは恐怖を覚えるあの人物。 | |
| 水上 和泉。 | |
| 目が合うだけで、隣に立つだけで鳥肌が立つ程恐怖を覚える男。 | |
| 「十日ぶりだね。やっと会えた」 | |
| 「なんで……」 | なぜ彼がいるのか。 |
| 一番話したくない相手に説明してもらわないといけないのって辛い。しかもこんな体勢で。 | 一番会いたくない相手だった。 |
| どうして私はここにいるのか。 | |
| ここはどこなのか。 | |
| 瑞浪は小首を傾げて楽しそうに笑う。 | 意識を失う前のことなどがぱっと脳裏に蘇って、頭は一気に混乱した。 |
| にこにこと朗らかな笑顔を見せる彼に視線だけで身動きを封じられ、頬を撫でられ怖気が走った。 | |
| 「友達って持つもんだよね〜。みっちゃんの友達は俺からみっちゃん隠すし、俺の友達はみっちゃん連れてきてくれるし」 | いやだ。 |
| 触らないで。 | |
| 友達。あのホームにいた奴だろうか。ぞくりと身体を震わせると瑞浪は大袈裟に眉を寄せた。 | こわい。 |
| 逃げたい。 | |
| たすけて。 | |
| 身体が、自分ものじゃないみたいに強張っている。 | |
| 「みっちゃん、スタンガン押しつけられて驚いたよね。でも火傷はしてないから安心して。坂本のことは殴っといたから忘れてくれる?」 | 「ど、どうして・・・・」 |
| 「ごめんね?麻生が薬なんか使って。でも変な薬じゃなかったみたいだから安心して?ちゃんと殴っといたからね。気分は悪くない?」 | |
| 瑞浪は俺の耳朶を指で挟んで弄ぶ。じっと見下ろされて目が逸らせなくなる。逸らしたら負けな気がする。すでに負けてる体勢だけど。 | 圧し掛かられるように馬乗りで拘束される。 |
| 「俺ね、みっちゃんが俺以外の男に怯えるのって我慢できない。見てられないよ」 | 「はっ、離して・・・・ッ!いやっ、触らな・・・・・!」 |
| 「いたっ……」 | |
| 瑞浪の穴があきそうな凝視に耐えかねて身体を捩ると捻挫している足が痛む。瑞浪はすぐに気付いて俺の上から退くとテーピングをしている足首を撫でた。 | 「しぃちゃん?気分は、悪くない?」 |
| 「痛い?」 | |
| 何気なく聞かれたけど、不穏な気配を感じて返答に困る。 | 答えのないのに苛立ったのか寄越された視線の強さに不穏な空気を感じた。 |
| 『その足、痛い? でも万里の前で痛いって言わないでくれる?』 | |
| 駅であった男、坂本(?)に言われたことを不意に思い出す。 | 瞬時にぴり、と鋭い緊張感が走る。 |
| 「痛くないよ。重かったから、痛かっただけ…」 | 「・・・な、何、も・・・・」 |
| なんで僕が痛みを我慢して誤魔化さないといけないんだろう。頭のどこかで反発するけど、普通じゃない瑞浪への対応は友達のほうが上手いはずだから従う事にした。 | 何故か答えなければ重大な過失に繋がりそうな気がして、冷や汗が流れた。 |
| 瑞浪は明かりがついたみたいに笑う。上機嫌になった。 | 途端、纏う空気が、不穏なものから明るく替わる。 |
| 「良かった。あの女、みっちゃんを傷つけて許せないよね。自転車壊せって言っただけなのに、みっちゃんに怪我させて。顔が変るくらい殴っても気が治まらないったら……」 | 「そう?よかった。でもきっとしぃちゃんも悪いよね」 |
| 「────ッひ」 | |
| 目の虹彩を覗き込むように間近に笑まれて、怖気が走った。 | |
| 瑞浪が屈んでそっとテーピングが巻いてある足首に口付けた。 | |
| 「みっちゃんはあの女の顔覚えてる?」 | 「僕の気持ち知ってて蔑ろにするから」 |
| 屈んだまま首だけこちらに向けて静かに聞いてくる。首を横に振るのが精一杯だった。決して狭いわけではない部屋に二人きり。なのに息苦しくてどうしようもない。身体が強張って自分のものじゃないみたい。 | |
| きっとバチが当たったんだね?と。 | |
| 「は、はな、して・・・!どいて・・っ」 | |
| 恐い。 | |
| 恐いよ。 | 怖くて恐くて。 |
| 猛獣と同じ檻に入れられた気分。息をするのも恐い。 | なんだか猛獣を目の前にしている気分だった。 |
| 「ねえ、みっちゃん」 | |
| 瑞浪が枕元に腰掛けて頭を撫でてくる。起き上がろうとすると肩を押さえて上半身を傾けて圧し掛かる素振りを見せるので力を抜いてベッドに横たわる。瑞浪はまるで褒めるように笑った。 | |
| 「気付いていると思うけど、俺がその気になればみっちゃん一人拉致るのは簡単なんだよ」 | 「だぁめ。ねぇしぃちゃん?僕ね。気づいてるかもだけどしぃちゃんをこうやって拉致しちゃったり、犯罪まがいのこと結構簡単に出来ちゃうんだ」 |
| 寝転んでいて見下ろされるのは落ち着かない。無防備すぎて過敏になる。特にこいつと同じ部屋じゃあ、尚更だ。 | 言いながら、片手は頬や耳や首筋、鎖骨を這うように撫で擦る。 |
| 「それでも俺は無理に思い通りにしようとしなかった。その点を買ってくれる?」 | |
| 意識していないのに心臓がどくどく高鳴って呼吸が速くなる。瑞浪が何を言いたいのか予想がつかなくて恐い。黙って聞いていてもきっと良いことはないだろうと思う。耳を塞いでしまいたいのに手を動かすのも憚られた。瑞浪は視線で僕をベッドに縫い付ける。 | 目を逸らしたいのに、視線に絡め盗られたように動かせない。 |
| 「でもね。僕ってば随分行儀良くしぃちゃんに接してきたと思わない?電車の時間換えられたり、避けられたり、約束すっぽかされても怒らなかったし、黙って電車からバスに乗り換えられたりしても学校にも家にも乗り込んだりしなかったし。そこらへん、誠実だったって買って欲しいなぁ」 | |
| 「会う約束したのにすっぽかされても怒らなかったし、その後電車に乗ってこなくなっても家に押しかけたりしなかった」 | |
| 彼の言葉に目を見開くと瑞浪は待っていたとばかりににっこり笑った。 | |
| にこにこ笑いながら、屈みこまれて、額や頬に唇を押し付けられる。 | |
| 「東京都◎×区△▼台2−1−10。自宅の電話番号は03−………―…………。携帯は、080-××××―××××」 | 恐い。 |
| 気持ち悪い。 | |
| 異常な雰囲気と現状に、極度の緊張で呼吸が苦しい。 | |
| 「い、家・・・・?」 | |
| 「ど、…して。どーやって……」 | 家に乗り込む、という言葉に嫌な予感が溢れ出てくる。 |
| 震える舌は思うように回らない。瑞浪は悪戯が成功した子供のように瞳を輝かせた。 | 呆然と呟くように言う私に悪戯っ子のように彼はにんまりと口角を歪めた。 |
| 「個人情報保護なんてクソ食らえだよ。その気になれば何でも分かる。情報網は大切にしないとね」 | 「しぃちゃんの住所は東高野2丁目16番地。携帯番号は0*0********。誕生日は1999年10月26日。B型。花寺はなでら高校2年5組出席番号17番」 |
| 瑞浪はふいに僕に覆いかぶさって額をこつんとつけた。至近距離で笑う。吐息が口にかかって不快だ。 | すらすらと聞かされたそれは、紛うこと無き私の。 |
| にっこりと瞳を輝かせて彼は合ってるでしょ?と微笑んだ。 | |
| 「だからさ、俺ってとっても行儀良くみっちゃんに接してると思わない?その気になればいつでも捕まえられたのにちゃんとみっちゃんの意思を尊重してたし」 | 「なんなら先週の小テストの点から出身中学の成績とか両親の勤め先に収入、しぃちゃんのスリーサイズから既往歴まで知ってるけど・・・・まだ聞きたい?」 |
| 「・・・・・・・・・な・・・・・・んで」 | |
| 「しぃちゃんのことならなんでも知ってるよ。言ったでしょ?それくらいなら出来ちゃうんだよ。ね?僕お利口にしてたでしょ?その気になれば捕まえられたのに、しぃちゃんの意志を尊重して無理強いしなかった」 | |
| 「重いよ……」 | 心臓が、どくどくと脈打っていた。 |
| 顔を背けてじたばたと動く。上に乗られているので自分ではどうしようもない。 | 跳ね除けて逃げ出したいのに視線に縫いとめられて動けない。 |
| 頬に唇が押し付けられる。耳朶を含まれ息を吹きかけられる。泣きそうになる。重なっている下半身に違和感を感じる。信じたくない。信じたくないけれど。 | 彼が、何をいいたいのかわからない。 |
| わからないけど、恐くて仕方ない。 | |
| 「────だからねぇ?しぃちゃん」 | |
| 「ひっ」 | |
| 擦り寄るように下半身を押し付けられ、その違和感に喉が引き攣った。 | |
| 瑞浪が腰を押し付けてくる。気付かない振りなんてできないくらいの熱を押し付けてくる。 | 足の付け根に押し付けられた、怖気の走る、だが確かな熱と肉の塊。 |
| 「あっ……」 | 「今のうちに僕と付き合うって言って?僕そろそろ我慢も限界なんだ」 |
| 「みっちゃん、俺が行儀良くしているうちに俺と付き合うって約束してよ。そろそろ我慢も擦り切れそう」 | |
| 震える手で瑞浪の肩に手をつく。渾身の力で自分の上から退かせようとするのにぴくりとも動かない。 | 震える手で、逃げ出そうとしてみても、ぴくりとも動かない。 |
| 「返事は? みっちゃん。ちゃんと意思表示して」 | 「しぃちゃん?お返事は?」 |
| 「やだよ。そんなの嫌だ。付き合うって何? 友達にもなりたくない。だって僕たち他人同士だろ?」 | 優しげな笑みを浮かべながら、でも有無を言わさない空気に、圧迫される。 |
| 恐くて怖くて。 | |
| 瑞浪はきっぱりと断ると僕から離れた。彼には婉曲表現が通用しないだけで、はっきりと嫌がればやめてくれるだけの常識はあるようだ。僕は心底ホッとして身体を起こす。 | 「・・・・・・・・・・い、いや・・・・!嫌!嫌!!離してっ!いやぁっ!!」 |
| 半ば、恐慌状態で首を横に振りながら暴れる私、覆いかぶさるようにしていた身体を、彼はゆっくりと起き上がらせて離れた。 | |
| ふぅ、と大げさな程のため息をつきながら。 | |
| 「みっちゃん、頭悪い。でもそんなところも可愛いよ」 | 「しぃちゃん頭悪いなぁ・・。まあそういう馬鹿なところも好きだけど」 |
| 大津和学園の生徒に頭悪いと言われたら反論できない。もちろん面と向かってそんなことを言われれば腹が立つ。自然と眉間に皺が寄る。 | 拘束が解かれて慌てて押し倒された体制から起き上がり、距離を取った。 |
| 「ふふ。・・・・・・・・・・・ふふふふ」 | |
| 気分も悪いし、さっさと家に帰ろうと床を見渡す。どこかに鞄は落ちていないか……。どこにもない。もしかして鞄は運んでくれなかったとか。ホームにいた瑞浪の友達は親切そうに見えなかった。 | そのまま逃げようとした瞬間、ふいに俯いた彼が突然笑い出して。 |
| それがまるで狂人じみていて、ぞっとした。 | |
| 「みっちゃん。最後に聞くけど俺のこと思い出さない?」 | 「じゃあ仕方ないよね。俺・はね、しぃちゃんを服従させたいわけじゃないんだよ?でもどうしようもないよね?しぃちゃん解かってくれないんだから。切ない気持ち、察して欲しいなぁ」 |
| 瑞浪の言動は意味不明。変な奴に捕まっちゃったな〜。友達もいるんだし僕にはこれ以上関わらないで欲しい。友達じゃない他人同士だって言ったのに何で通じないんだろう。 | |
| 「言ってる意味が分かんない」 | |
| ベッドに座って床に足をつける。 | |
| 一応鞄の事を聞いておこうと顔を上げると瑞浪が泣きそうな顔をしてこちらを見ていた。 | そう、顔を上げた彼はうっそりとした笑みを貼り付けていた。 |
| 「覚えてないんだ……。そう。俺は必死で探してたけど、みっちゃんにはその程度の存在だったんだ」 | 一人称が、いつのまにか変わっていたけれど、それに気を止められる余裕はなく。 |
| 瑞浪が俯いて僕は泣き出したのかと思った。同年代の男が泣く場面ってあんまりない。僕は困って瑞浪を観察する。 | 纏う空気も濃密で底の見えないどす昏いものに変わって、おぞましさに総毛だった。 |
| そのまま徐に彼は携帯を取り出して、 | |
| 「全員来い。名披露目なびろめを始める」 | |
| 俯いた瑞浪は酷く頼りなく見えた。僕よりも背が高くて力も強いのに。自信に溢れている顔が伏せられていて茶髪が纏いつく項だけが見える。その姿は大きいはずの瑞浪を小さな子供のように錯覚させる。 | そう低い声で言い放ち、携帯を放り投げた。 |
| と、突然制服のブレザーを脱ぎ落とし、ネクタイを外し始めて。 | |
| 逃げろ、と頭の中で警告が響いて、突き動かされるようにベッドから飛び降りた。 | |
| くすくすと瑞浪が笑う。肩が震えている。泣いているのかと思ったらやっぱり笑っていた。心配して損した。 | 茶色いドアに向かって走る。 |
| けれど、短いその距離を走ってドアノブを掴む前に扉は先に開かれた。 | |
| そこにいたのは、バス停の男と、他に見覚えのある男達だった。 | |
| 「支配したいわけじゃないんだよ。でもどうしようもないよね? この切ない気持ち分かってくれる?」 | 「しぃちゃん断ったの?アッタマ悪いなぁ」 |
| 顔を上げた瑞浪がにっこりと笑って携帯を取り出す。 | 「和泉が優しい顔してるうちに言うこと聞いときゃいいものを」 |
| わらわらと入室する人波に押されるように、室内に戻された。 | |
| 「儀式を始める。全員集合だ」 | 背後には水上和泉。 |
| 前方には、4人の男達。 | |
| 携帯を閉じるとサイドテーブルに携帯を放る。勢い良く上着を脱ぎ始めて、着ていたものも近くのソファに投げる。 | 自分が、今真っ青になっていることがわかる。 |
| 良くないことが起ころうとしている。 | |
| 冷や汗が、止まらない。 | |
| 「瑞浪?」 | 「何、いや・・・み・・・・・みな・・・・かみ、く・・」 |
| ベルトに手をかけてかちゃかちゃ言わせながら瑞浪は笑った。 | 引き攣った声は、震えていた。 |
| 「万里でしょ。儀式が終わっても言うこと聞けないんなら次から殴るからね」 | 「和泉、だよ。何度も言ったでしょ?終わった後もそのままなら今度は殴るよ」 |
| 「儀式って何?」なんて聞くまでもなく不吉な予感に身体が震えだす。もっと穏便に済ます方法はなかったんだろうか。今更後悔してももう遅い。瑞浪の言った通り僕は馬鹿なんだろう。頭が良かったら上手く瑞浪に話をあわせてこの部屋から無傷で出られただろうに。 | 「ひっ」 |
| 後ろから伸びてきた手に引かれてベッドにまた沈まされた。 | |
| 「あの……」 | 「この俺、次期総帥 水上和泉の女とする。桜庭さくらば 忍。証人はお前ら全員だ」 |
| 最後の足掻きで取り成そうとするのに瑞浪は思い切り良く服を脱いでしまっていて全裸だった。 | |
| 「あっ、みっちゃんは脱がなくていいよ。脱がせるのも楽しいからさ」 | 意味がわからない。 |
| 笑顔で告げられて固まっていると扉が開いてぞろぞろと人が入ってくる。ホームで僕に話しかけた奴も混じっていた。全裸の瑞浪を見て下卑た笑いを漏らし、口笛を吹いてはやし立てる。 | いつのまにか彼は上半身裸で、下半身はベルトもボタンもジッパーも寛げられていて、押し下げられた下着から緩く立ち上がった下肢が晒されていた。 |
| 初めて目にした、だが全く形状の違うグロテスクな異物に、さぁ、と血が下がった気がする。 | |
| 冷や汗が滝のように背中を伝う。自分の顔が真っ青だって分かる。手が足が氷のように冷たくて上手く動かせない。 | |
| 手足が冷たくなる。 | |
| 誰か、これは性質の悪い夢だって僕のことを起こしてよ。これ以上こんな悪夢を見続けたくないんだ。早く。早く起こして! | 何をされようとしているのか、わからない、なんて程子供じゃない。 |
| 「ぃ・・・・・・・・いや・・・・・・・」 | |
| ベッドの周りを男たちに囲まれる。たとえ瑞浪の手を掻い潜っても彼らに捕まるだろう。瑞浪は僕の前に立つと僕の頭にそっと手を乗せた。 | 無意識に首を振って拒絶しながら、逃れようとずり上がろうとしても、押さえつけられて。 |
| 「内田光久を俺の女にする。証人はここにいる4人」 | 「しぃちゃんは横になってるだけでいいよ」 |
| 言っている意味が分からない。分かりたくもない。 | |
| 顔の前に瑞浪の下半身があってちょっと勃起している。同じ男だといっても他人の勃起しているものを見る機会なんてないからなんとなく遠慮して視線を左に向けると僕をここに連れてきたらしい男と目が合った。整った顔を不機嫌に歪ませている。殴られたような跡があって痛々しい。 | にっこり笑ってこちらを見下ろす彼の眼には、隠しきれない情欲が燃えていた。 |
| 救いを求めて視線が彷徨い、ベッドを囲むように立つ彼らに目が行った。 | |
| バス停にいた男の1人と目が合う。 | |
| 頬に殴られたような痕が痛々しい彼は、つまらなそうな顔に片眉をひょい、と上げて下卑た笑みを浮かべた。 | |
| 「万里。みっちゃんと目が合っちゃった♪」 | 「しぃちゃんに見つめられちゃったぁ」 |
| はしゃいだ声は、でもどこか不穏なものが混ざっている。 | はしゃいだ声は、だが作られた硬質な声音だ。 |
| 「へえっ。余裕だね。それとも万里の魅力が通じないとか?」 | 「和泉の顔は好みでないのでは?」 |
| 隣の男が面白がって煽ると4人は一斉に笑う。 | そんな周りのちゃかすような笑い声にも反応せず、私を嘗めるように見下ろす彼は、恍惚げにうっとりと目を細めて唇を寄せてきた。 |
| 瑞浪は彼らの茶々を黙殺した。僕の頬を覆うように手を添えてきて指先に力が入ったと思うと自分の唇を押し付けてきた。 | |
| 「んぅっ・・・・!」 | |
| 驚いて顔を引こうとしたけど瑞浪の両手が覆うように固定されていて1mmも動かせない。 | 拒もうとして、けれど顎を押さえつけられた。 |
| 瑞浪は顔を横に傾けて僕と鼻が当たらないようにしていて、きっと相手が僕じゃなかったら惚れ惚れするようなラブシーン。映画のような一コマ。 | 何度も顔の角度を変えられ、食べるように私の唇を甘噛みしてくる。 |
| まるで食べようとしているかのように瑞浪の唇は忙しなく動く。何度も開いて、何度も僕の唇を挟み込む。グネグネとした感触に唾液で濡れた感触が加わると幽体離脱したみたいにどこか客観的でされるままだった僕も我に返る。 | |
| 「やっ、やだぁ・・・・・!」 | |
| 口を開いた瞬間、舌を差し込まれて目を開いた。 | |
| 「うぅ゛・・・・!んん~~~っ」 | |
| ぐにぐにと歯茎や舌を舐められ突つかれ、唾液を流し込まれ、気持ち悪くて涙が出た。 | |
| 「ふぐ、・・・・・・・・ぅっ」 | |
| 苦しくて。 | |
| 気持ち悪くて。 | |
| 多勢に無勢すぎるけど抵抗しないではいられない。 | 耳を塞ぎたくなるような粘着質な音がして余計に涙が出る。 |
| 本当なら瑞浪のお腹を蹴るのが一番有効的なんだろうけれどぼんやりしている間に足の間に瑞浪が入ってきちゃってる。これでは蹴り上げるのは無理だろう。 | 酸素不足と未知の感覚に身体に力が入らなくなる程それは続けられて、ようやく解放されたときにはつっぱねようとしていた腕はだらりと下がっていた。 |
| 「かぁわいいしぃちゃん。大丈夫だよ。すぐ終わるから」 | |
| 僕は両手で瑞浪の胸を押した。変化なし。それどころか暴れる僕にお仕置きとでもいうように口付けが深くなる。 | 馬乗りに圧し掛かられてくすくすと笑われる。 |
| 「やっ……」 | 「い、嫌・・・!たすけて・・・・・っ」 |
| せめて舌の侵入を阻止しようと歯を食いしばっていたのに、後ろ髪を引っ張られて顎が仰け反った時に構造上口を開いてしまう。瑞浪の舌が強引に入り込んでくる。 | どうして自分がこんな状況に陥ってるのか、わからない。 |
| 「無理だな」 | |
| 逃げ惑う舌を捕まえて擦り合わせてくる。上顎をちろちろと舌先で弄られると注意がそっちに向いちゃって今自分のおかれている状況が分からなくなってくる。 | 「そうそう。仕方ないでしょー。しぃちゃんが強情だから」 |
| 周りから口々に声が上がる。 | |
| 「お願い・・・・!」 | |
| 「しぃちゃん・・・・・っ」 | |
| 瑞浪が顔を離す。満足そうに上気した顔で僕を食い入るように見つめている。その目には僕を骨まで食らおうという決意が見て取れた。濡れた唇を舌舐めずりする。それで自分の唇も濡れているんだと気付いた。 | 恥も外聞もなく涙を流しながら目の前で恍惚とした顔をする相手に必死で訴えれば、脱力したように肩口に額を擦り付けられた。 |
| 貪るようなキスの衝撃から逃れようといつのまにか彼の腕に掴まっていた。その手をぎくしゃくと下ろす。彼のものが完全に立ち上がっているのが視界に入って僕はふるふると首を横に振った。自分で何とかできる域を超えた状況に思考が停止する。 | 「和泉。早くしろよ」 |
| バス亭の男が、退屈そうに首を回した。 | |
| 「・・・・・・・・・・・しかたないだろ。めちゃくちゃ可愛いんだから」 | |
| 上機嫌を思わせる声音。 | |
| 「ああはいはい」 | |
| 信じられない。こんなこと。彼らは僕が恐怖するのを見て喜びたいだけなんだ。僕が怯えれば怯えるほど喜ぶに違いない。ここは毅然と彼らの興が削がれるような、悪ふざけに飽きるようなそんな言葉と態度を示さないと……。 | 「絆されたのですか?そんなお優しいのでは示しつきませんよ」 |
| 「仕方がないな。バックでする。お前らにしぃちゃんの身体見せたくないし。ごめんねしぃちゃん?ちょっと我慢してね?」 | |
| 「!?」 | |
| そう思うのになんといえば良いのか分からない。瑞浪のキスに思考が掻き乱されて纏まらない。頭がぼうっとして自分が助かるための名案が浮かばない。どうすれば上手く切り抜けられるのかどうしても思いつかない。 | そう言うと器用にも拘束されたままくるりと反転させられ、上半身を押さえつけられ、下半身は腰を持たれておしりを突き出すような格好をさせられる。 |
| だってこんな自分のアイデンティティを揺るがすような目にあうことって初めてだ。もうすぐ2年生に進級するとはいえまだ16年しか生きていない。上手く切り返せるような知恵はまだない。これから身につけていくはずのものだから。 | |
| 所謂、四つん這いの格好。 | |
| 負けを認めた僕は虚勢を張っていられなくて縋るような目で瑞浪を見た。 | 「は、離してえ!いや、助けてっ」 |
| 「助けて」 | |
| 後ろの誰かが「ぷっ」と噴いたけど僕は大真面目だった。ここには瑞浪しか自分を救う力のある人はいない。 | 「ああ、しぃちゃん暴れちゃ駄目だよ。危ないから・・・・・高梨たかなし。腕押さえてろ」 |
| 「はいはい」 | |
| 瑞浪は優しく笑った。いつもの恐いと思えるものじゃなくて、本当に人を癒せる微笑。 | 「や!やだやだっ!いやあっ!」 |
| 下着に手を掛けられ、恐怖に襲われて必死で暴れた。 | |
| 「すぐに済むから。みっちゃんは横になっていればいいよ」 | 「ほらほら暴れんなって」 |
| 肩を押して僕をベッドに倒そうとする。僕は両手をついて抵抗すると瑞浪を見つめる。 | 両腕を正面の短髪の男に押さえられ、清潔そうな枕に額を埋めることになる。 |
| 必死で手足をばたつかせたり、掴まれた腰を捩ろうとしたけれど、抵抗など5人の男の前では無意味で、下肢を剥き出しにされた。 | |
| 「お願いっ」 | 「やめて!やめてぇっ」 |
| 「一度始めた儀式はやめらんないの」 | 「しぃちゃんは勿論処女だよね?本当はじっくり濡らして慣らしてあげたいんだけど・・・・・・今日はローションで我慢しようね。最初は痛いだろうけど、次はドロドロになるまで溶かしてあげるから」 |
| 「ひ!?」 | |
| 答えない瑞浪に替わって後ろで返答する声に心臓がぎゅっと縮む。 | 誰にも触れられた事のないそこに、どろりと唐突に滑ついた液体を掛けられ、 |
| 「バカだね〜。普通に誘われてるうちに受け入れとけばいいのに」 | 「やぁ!!いやだぁっ」 |
| それを塗りこめられるように、無遠慮に手指がそこを何度か撫でられた。 | |
| 「っひ!?い゛っだ、いたあ゛!」 | |
| 更に追い討ちをかけられて僕は涙が零れた。男として情けないけどそれくらいの恐怖。自分が自分でなくなってしまう瞬間が待ち受けているのに心穏やかではいられない。 | ふいに、滑った細い棒を中に突き入れられて、それが男の指だと思い至るまでに時間がかかった。 |
| いや、精神がそれを認めるのを拒んだのかも知れない。 | |
| 「万里。早く済まして。もう合谷さん来てる。まさか絆されてないよね?」 | 「ひ、あ゛ぅっ、・・・・・・い゛ッ」 |
| 人工的な滑りを纏ったとはいえ、乾いたそこに何の準備もなく突き立てられたそれに、感じるのは痛みしかない。 | |
| やがて。 | |
| 瑞浪はただ食い入るように僕を見ていた。後ろでわいわい言っている彼らの相手をするつもりははなからなさそうだ。それが僕を絶望させる。 | 唐突にそれを引き抜かれたと思ったのも束の間。 |
| ひどく熱を持った、硬い棒のようなものが狙いを済ますようにそこを押し当てられて。 | |
| 「嫌だ……」 | |
| 泣きたくもないのにぽろりと零れた涙が頬を伝う。 | それが何かなんて、考えたくもないのに。 |
| 「はい」 | 「たすけて・・・・・!いやっ、やだあ!」 |
| サイドテーブルに何かビンを載せると眼鏡をかけた男はまた後ろに下がる。 | 首を振って拒絶を示しても、その正体を悟って、絶望感が襲う。 |
| 瑞浪は彼には全く反応しないで僕を見つめる。少しでも目を逸らしたら消えてなくなってしまうとでも思っているんだろうか。 | 「ゴムしてると最初は痛いだろうし、一番最初くらい直にしぃちゃんを感じたいからこのままでいいよね」 |
| もう相手が何を言っているのかさえわからない。 | |
| 消えたいよ。 | |
| できれば煙みたいに消えたい。 | 理解が出来ない。 |
| アポロンに追い掛け回されたダプネみたいに月桂樹に転じて難を逃れたい。 | どうして私がこんな目に合わなければいけないの。 |
| しかしいくら祈ってもダプネのように救いは来ない。それは僕が一番良く分かっている。 | 私が何をしたの? |
| 何がいけなかったの? | |
| たすけて。 | |
| いやだ。 | |
| 「なに、それ」 | 「やめて、やめて・・・!おねがい・・っ」 |
| 僕は僕を苛むだろう瑞浪としか面識がない。ここは敵の巣だ。 | 涙が、見開かれた目からぼろぼろと零れた。 |
| 「ん?」 | |
| 瑞浪は僕の視線を辿って小瓶を見て「ああ」と頷いた。 | 押し当てられた熱を、ぐ、と強く押し込められた瞬間。 |
| 「使うんだよ」 | 「ひっ、────────~~~~ッ!!」 |
| 「だから、何に?」 | 声にならない悲鳴が、部屋を劈つんざいた。 |
| 勿体つけた瑞浪の言葉に苛々する。僕はまだどこかこの現実を受け入れられない。いや、信じられない。 | |
| 呼吸は止まり、全身があまりの激痛に硬直した。 | |
| 立てさせられた膝ががくがくと震える。 | |
| 瑞浪の手が僕のズボンのボタンを外す。そこで初めて僕はブレザーとネクタイを脱がされてカッターシャツであること、ベルトをしていないことに気付く。 | 灼熱の火掻き棒を、押し込められた気がした。 |
| 痛みに、それから逃れようと身体が本能的にずり上がるが、腕を、腰を押さえつけれていた状態では無様にのたくっているだけだった。 | |
| ぼろぼろと、涙が白いシーツに吸い込まれていく。 | |
| 「なに?」 | 「ひっ・・・・・・・ひぁ・・・・・」 |
| 瑞浪の手を払う。彼は苦笑して僕のおでこに唇を押し付ける。 | 呼吸がうまく出来ない。 |
| 苦しい。 | |
| 「目瞑ってたら恐くないから」 | 痛い。 |
| ジッパーにかかる瑞浪の手を今度は強めに叩く。 | 痛い。 |
| 「やだっ」 | 「────くッ、・・・・・しぃちゃん・・・っ。ちょっと力抜いて・・・・・・俺も、きつ・・・・・」 |
| 瑞浪が大笑いするのを我慢しているような微妙な顔で僕を見る。手が離れたのを幸いにボタンを嵌める。 | おしりを宥めるように撫でられながら、苦しげな声音で無体なことを強いられても、到底出来よう筈もなかった。 |
| 「う゛・・・・・くぅ、・・ひ・・・っ」 | |
| 「万里、そんなお優しいんじゃ、示しがつかない」 | 「ほらほら力むな。深呼吸深呼吸。余計に辛くなるぞ」 |
| 後ろで苛立つ声がする。 | 一番近くで声を掛けるのは腕を押さえつける男。 |
| 瑞浪はその声に苦笑した。 | |
| 「しょーがないじゃん。可愛いんだから」 | 「いい子だから息吐いて下さい。ほぉら大丈夫ですから」 |
| 背後の男がむっとするのが分かる。更に口出そうとするのを隣に座った眼鏡の男に止められる。彼は小瓶を持ってきた男だ。 | そう宥めようとするのは右側に立つ男。 |
| 何が大丈夫なのかわからない。 | |
| 「はい吸ってぇ。ほ~ら吐いてー。そおそ、お上手ぅ」 | |
| 「まあまあ。口挟むとそれだけ遅くなる。黙って見守ろうぜ」 | |
| 「万里、早く済ませて飯に行こう」 | 子供を相手にするように、どこか嘲る色を滲ませてそういうのは左側に立つ男。 |
| 俺をここに連れてきた男が欠伸をしながら携帯を弄る。 | |
| 「ふ・・・・・っ、・・・うう゛・・・・」 | |
| 瑞浪は溜息をついた。 | 少しでも苦痛から逃れたくて、必死で息を吸って吐いた。 |
| 「仕方ないな」 | 「ひ!?」 |
| 次の瞬間驚くほどの素早さで強引にズボンが足から引き抜かれた。 | ふと、どろりと秘部に冷たい何かが垂らされて硬直した。 |
| 「バックにする。ひっくり返して押さえろ」 | ぶるぶる震える身体でそれに堪えていたら。 |
| 「いっああ゛あ゛・・・・・・っ!」 | |
| 瑞浪の命令に後ろにいた奴が立ち上がる。 | ずるり、と抜き出されて内臓ごと持っていかれそうなその感覚にまた涙が盛り上がってきた。 |
| 「やだっ」 | 「うあ・・・・・・・ぁ゛・・・・・く」 |
| 身体が反転する。手足を拘束するたくさんの手。枕に顔が押し付けられて息苦しい。冷たい手が尻を撫でる。振り払おうにも動けない。情けない姿に泣きそうになる。 | ゆっくり、また押し込められてを何度も繰り返された。 |
| 「んっ。・・・・・・・・いいよしぃちゃん。・・・・・・・いい子だね」 | |
| 腰だけ高く引き上げられる。どろりとしたものがかけられて、それが小瓶の中身だと気付いたのは蓋の開いた小瓶が目の前を転がったから。甘い匂いがする。バニラの匂い。母さんが好きで使っていたシャンプーの匂いだ。 | だんだんとピストンされる速さの感覚が短くなり、極度の緊張と痛みと、精神的な衝撃と疲弊に、ただただ泣いた。 |
| 「い、たい゛・・・いった・・・・・・・」 | |
| ぐす、ぐす、とすすり泣く声と、無理やり狭い穴を押し開いては我が物顔で行き来する重たい音がする。 | |
| 「ひぃっ」 | 「ぎ・・・・・・っ、うあ゛、ぐ、う」 |
| 指が信じられないところを進む。上下に蠢いて自分の存在を誇示するかのようだ。 | 現状が信じられなくて、頭の回路を遮断したい。 |
| 「やめて。やめてぇー」 | なんで。 |
| 枕から顔を起こして叫ぶ。僕を固定する手は少しも弛まない。 | どうして。 |
| 引き裂かれるような激痛とショック。 | |
| まさか。 | 犯されている、と痛感していた。 |
| 自分は、理不尽に無慈悲に犯されている。 | |
| なんで。 | これは愛有る行為なんてものではない。 |
| 一方的な、凌辱だ。 | |
| 身体だけじゃない。 | |
| どうして。 | 心も、意志も、自分という存在の全部を身勝手に踏みにじられている。 |
| 滑稽な程一方的な行為だ。 | |
| こんな目にあわなければならない理由を誰か教えて。 | こんな目に合っているのは自分じゃない。 |
| これは悪い夢で、現実じゃない。 | |
| 今すぐ、どこか遠くへ逃避したかった。 | |
| 「やめ、て・・・・ぇ・・・・!い、あ゛ぐ・・・・・・・た、すけ・・・・・・・・ぬい゛、てぇ・・・・」 | |
| 痛い。 | |
| 痛い。 | |
| 吐き気がする。 | 怖い。 |
| 助けて。 | |
| 本来他人に触れられるような場所じゃない。電気が煌々とついた部屋でお尻を高く付き上げる。四肢は拘束され思うように動けない。 | 苦しい。 |
| いたい。 | |
| お母さん。 | |
| お父さん。 | |
| だれか。 | |
| 「う゛・・・・・んぁ゛・・・・・!ひぐ・・・・・・・いた、いぃ・・・・・」 | |
| そんな状態で自分を哀れむ以外にする事がないなんて。無駄と分かっても哀願してしまう。 | 「ん・・・・・・・しぃちゃんの中すごい狭い。ふふ。喰いちぎられそ。は・・・・でもよかった。やっぱ、っ、ん・・・・・・処女だった」 |
| 全てが終わるまで解放されない事は分かっている。虚しさを感じながら身体を強張らせる。 | |
| 嬉しそうな声が、背後から掛けられる。 | |
| 身体の奥を弄られ侵入する指の形すら認識できるような錯覚に慄く。気持ち悪い。気持ち悪い。 | 無理やり開かされ、ローションの滑りだけで殆ど乾いた中を強引に擦り上げられるのは、苦痛しか産まない。 |
| どうしてこんな時にと思うが縋る相手は母親だった。子供の頃甘えていたまだ若い母親が笑顔を浮かべている。あの頃はなんでも母親が助けてくれた。手を差し伸べて抱き上げてくれて。僕は甘えて泣いていればよかった。それで全ては解決した。 | それなのに、1人腰を振る彼は、濡れた吐息を吐き出している。 |
| 心を通わせるものでもない、快感を共有するでもない、自分勝手で一方的。 | |
| どこまでも一方通行な行為だった。 | |
| 「ああっ」 | 「ほら・・・・血。・・・っ、・・ふ、ふふ・・・ん、紅い・・・・」 |
| 吐息が漏れる。 | 時折腿にあたる熱が、彼の肌だとわかって嫌悪しか生まない。 |
| 尻から上がるぐちゅぐちゅと聞くに堪えないグロテスクな音が一瞬遠のく。 | 結合部からは、塗られたローションか彼からのものか、はたまた血か、ぐちぐちとした音がだんだん大きくなって、比例するように蹂躙する動きが滑らかになっていく。 |
| 指が増やされた。グネグネと回転しながら入り込んでくる。気を失いたいのに瑞浪の吐息さえしっかりと耳に入ってくる。 | 「ほんと・・・・・・初めてじゃ、なかったら、ん・・・・・・・その男、捜し、出して・・・・・・・っは、ぶち殺さなきゃ、いけないとこだった」 |
| 誰も何も話さない。静寂の中で僕の尻が立てる音だけがBGMのようにその部屋に響いている。 | |
| 「い・・・・・ぁあ・・・・・んあ゛」 | |
| 情けなくて、気持ち悪くて。たった今からでも2重人格になれたらと思ってしまう。この耐えられない出来事を肩代わりしてくれる人格を今すぐにでも作り出せたら! | ようやく意識が遠くなって、このまま現実世界から逃げたいと祈った。 |
| 「ああ・・・・・、しぃちゃん・・・・・・忍・・・!んっ、中に、出すからね」 | |
| それができないならせめて気を失ってしまいたい。額から流れる冷や汗が、僕を拘束するたくさんの手の体温が、僕に現実を突きつける。何よりも体内に侵入して我が物顔にうねっている指。出入りを繰り返し無理に広げようとする強引な瑞浪の指。 | 熱っぽく耳の後ろから掛けられた粘着く声音に、沈みかけた意識が急浮上した。 |
| 「!?─────い、いやッ、いや!やめてっ・・・・・・・だめぇっ!」 | |
| 「大丈夫ですよ‘しぃちゃん'。ちゃんと後でお薬差し上げますから」 | |
| 左側に立つ男が、慰めるように声を掛けてきた。 | |
| 「や、や、いやあ!!」 | |
| 「うううっ」 | 「忍・・・・!」 |
| 歯を食いしばっても漏れる声。涙が目のふちに溜まっては落ちていく。 | その意味を悟って薄れ掛けた抵抗力が再び湧き上がった。 |
| もう嫌だ。もう嫌だ。耐えられない。助けて。ここから逃がして。 | 涙を散らす程頭を振って、暴れてみても。 |
| 今までいろんなことを乗り越えてきたけれど今回はどうだろう。乗り越えられるかな。こんな屈辱的なこと。下半身を剥かれて拘束されて。信じられないよ。今、こうしていても信じられない。 | 「やめッ、やめてえ・・・!」 |
| けれど腕を押さえられ、腰を固定されて楔を埋め込まれては動ける筈もなくて。 | |
| 指を伝って更にオイルを足される。バニラの匂いが部屋中を満たす。母親のシャンプーの匂い。風呂場でにおっていた甘ったるい匂い。もう二度と嗅ぎたくない匂い。今日家に帰ったらすぐに全部捨ててしまおう。そうだ。ここを出たらまずドラッグストアで花の匂いのシャンプーを母親のために。 | 「っは・・・・・!イく・・・・ッ」 |
| 背後の荒い息遣いと、切羽詰ったような腰使いに彼の終焉が近いことが知れる。 | |
| 「おねがい、ひっ!やだやだ、たすけて・・・!」 | |
| 「くっ」 | |
| 「いやぁ゛ーーーーっ!」 | |
| 身体の中に、火傷しそうな熱を吐き出された。 | |
| 「ぐっ……ああああっ」 | 「くっ」 |
| 現実逃避していた時間はあまりにも短く、僕は身体を刺し貫かれる痛みに身体中の毛穴から冷や汗を噴出す。 | 身体の奥に爆ぜた、おぞましい穢れ。 |
| 「ふ・・・く、う゛ぅ、~~~~~ーーーーッ!」 | |
| 痛い。 | きつく目を閉じ、少しでも紛らわそうと唇に強く噛みついて耐えた。 |
| 痛い。 | その数秒は、例えるならば身体の中、初めて感じる自分の奥底に、煮え湯を叩きつけられている感じだった。 |
| 「ん・・・・・・・・・、はぁ・・・・・」 | |
| 痛いよぉ。 | そんな艶かしい吐息を、背後の彼は吐き出して力んでいた身体の力を抜いた。 |
| 火の棒が入り込んだみたい。身体を動かす事が出来ない。僕の尻に密着する温かいもの。それが瑞浪の肌だと気付いた時僕は猛烈に暴れた。ずっと大人しくしていたから油断していたみたいで僕の腕から手が離れる。 | |
| しばらく余韻を愉しむように、ゆらゆらと揺すり上げられて更に奥歯を噛んだ。 | |
| 「ひッう」 | |
| 最後の一滴まで出して満足したのか、ずるりと引き出され、同時に押さえつけられていた手足が自由になる。 | |
| そのまま、ベッドに崩れるように横たわった。 | |
| 「ああああっ」 | 「ふ・・・・・・う゛、・・・・・ひっく・・・・・・ぐす」 |
| 喚いて身体を起こそうとしたけれど物凄い力が背中にかかってまた顔が枕に押し付けられる。 | 痛い。 |
| 抜かれても、じんじんと引き攣るような痛みと、生理痛の時のような思い痛みが下腹に広がっている。 | |
| 「ちゃんと押さえろ」 | 「いい子。よくがんばったねえしぃちゃん」 |
| 頭上で文句を言う声は誰のものか。瑞浪ではなかった。 | ひどく上機嫌に、彼は髪を梳くように撫でてきた。 |
| たぶん瑞浪は僕の腰を掴んでいる。グラインドを始めた瑞浪は「はあ。 はあ」と荒い息で勝手に興奮している。僕は痛みに呻きながらも瑞浪を笑ってやった。こんな男相手に勃起させて興奮している。なんて変態野郎だ。大津和学園は頭の良い生徒が集まっているかもしれないけど良識も節操もない最低な奴らの集まりだ。もう決して僕は彼らに劣等感を抱かない。絶対だ。 | 髪でさえ、その手に触れられることを全力で拒絶したいのに、そんな余裕もない。 |
| 「う・・・・・う゛~~・・・・っふ、・・・・っく」 | |
| ただ、泣いた。 | |
| 剥ぎ取られた下着以外、着衣の乱れのないのがまだ救いだった。 | |
| たとえようもない怒りに僕は身体を支配された。絶対に瑞浪に屈するものか。身体は大勢に押さえつけられて屈辱を味わわされたけれど心までは絶対に服従しない。絶対だ。絶対だ。絶対だ。 | だらだらと何かが伝い落ちていくのがわかったが、気に留める余裕もなくて身体を縮め、手足を丸めて引き寄せて、赤子のように泣いた。 |
| 肉体的な痛みと疲労、犯されて、あまつ中に出された、という精神的な衝撃と恐怖で、まともに身体も心も動かない。 | |
| 痛くて怖くて辛くて。 | |
| どうして。 | |
| 絶対に負けない。 | なんで。 |
| これは何。 | |
| 頭の中で繰り返し繰り返し叫ぶ。弱気になる自分を叱咤する。負けたと思った瞬間から心も挫かれちゃう。大勢の力で押さえつけられての行為に恥じる必要なんてないんだ。そう、信じる事だけが今の救いだった。 | なんだったの。 |
| どうして私がこんな目に遭うの。 | |
| いやだ触らないで助けてもう帰りたい。 | |
| ずるりと抜けた感触に全てが終わったことを知る。痛みから逃れようと全身の力が入りすぎていたようで解放された今も押さえつけられたときと同じ格好で動けない。 | やめてもう離してどっか行って見ないで誰か。 |
| 「合谷さんを呼べ」 | 「加納呼べ」 |
| 瑞浪の言葉に眼鏡をかけた男が動く。 | 蹲るようにして泣きじゃくる私を撫でながら彼は他の男達にそう告げた。 |
| 扉が開いて、スリッパの音をさせて誰かが近付いてくる。こんな情けない姿をもう誰にも見られたくない。そう思うのに気ばかり焦って身体は動かない。 | 1人の男がスマホを取り出してどこかへ掛けると、いいぞ、とだけ告げてすぐに終える。 |
| ややあって軽いノック音がして。 | |
| 室内に、私服姿の男が1人入って来て、新たな人物に脅える私に気にすることなくベッドに近づくと、彼はシルバーのジェラルミンケースのようなものを開いた。 | |
| 中には様々な意匠の凝らされた多種類のアクセサリーが並んでいた。 | |
| 「どれになさいますか?和泉様」 | |
| 「この子? ふーん。何がいい?」 | 「ほらしぃちゃん。泣いてないで選んで。どれがいい?」 |
| 覗き込まれているような気がする。居心地の悪さに身体が強張る。 | 慰めるように労わりながら、それでも強引に起き上がらせ、彼はケースの中を指差した。 |
| 腕から逃れようと未だ子供のように泣きながら身を捩ってもやんわりと、だが強引に制される。 | |
| 「みっちゃんに決めさせる」 | 「やだ・・・・ぅう゛、やあ・・・っ」 |
| 「おい和泉」 | |
| 瑞浪の答えに一同が驚きの声を上げる。 | ベッドの周りにいた男達の1人、それまで足元側でずっと無言だった男が、苦い顔で彼を制した。 |
| 「おいっ」 | 「いいんだよ、しぃちゃんの好みので」 |
| 「へえ」 | 「へえ」 |
| 「マジ?」 | 「マジ?」 |
| 枕に顔を押し付けて動けない僕を瑞浪は無理に起こした。痛みが走って思わず呻く。 | 茶化すように応えを返したのは、私の腕を押さえていた男と、行為中、揶揄するように声を掛けてきていた男。 |
| 「みっちゃん。選んで」 | 「御方に選ばせるのですか・・・・・?」 |
| 瑞浪が宥めるように腕を撫でる。触られた部分に鳥肌が立つ。 | 加納、と呼ばれた男もまた渋い顔をする中、ほら、と顎で彼に示されて、私はその彼の素肌に抱き締められることに嫌悪を抱きながら救いを求めたわけではないけれど、周りに視線を泳がせた。 |
| 顎で指示された合谷さんが皮の鞄を開いてみせる。 | ふいにバス亭で会った男と目があって彼は不機嫌げに眉を寄せた。 |
| 「儀式を受けた子には所有印がつく。それがあって初めてグループから認められるし、守られる」 | そういえば、さっき彼を咎めるように声を上げたのも、この人だ。 |
| 「所有印だよ。しぃちゃんが和泉のって云う。本来なら所有者が決めるもんだが・・・・・和泉はしぃちゃんに選択させるってよ。お甘いこって」 | |
| 合谷さんが僕の目の前に摘んで見せたのはピアス。 | |
| 「サークル型ボディピアス。医療用ステンレス使ってる。ここにグループの稲妻のマークが入ってる」 | 「リング、バングルにブレスレット、アンクルとピアス、タトゥと・・・・どれがよろしいでしょう。タトゥはちょっと熱が出るかもしれませんが、持ち運びが必要ないのでオススメですが」 |
| 合谷さんが僕に見えやすいように顔に近づけてくれたけど、顔を背けた。瑞浪に背中から抱きしめられて背後から回った手が僕の胸で交差しているので顔くらいしか動かせない。 | 小さな針のついた何かの工具を手に取りながらケースの前にしゃがみ込んだその人はずい、とそれを差し出してきた。 |
| 「や・・・・・ぃや・・・・っ」 | |
| 合谷さんは溜息をついた。ピアスを戻してから焼きごてを見せる。 | タトゥ、ピアス。 |
| 「これが一番無くさないし、手軽かも。牛や羊みたいに熱して、ジュウっとね」 | これ以上、また傷つけられるのか、痛いことをされるのかと逃げるように身を縮める。 |
| ウインクされて身体が震えた。本気なのかと問いただす勇気がない。こいつら全員いかれてる。 | |
| 「嫌かな? 後は刺青? 突貫工事だから熱が出るかもね。どこがいい? 腕の内側とか?」 | |
| 合谷さんが腕を掴もうとするから反射的に瑞浪の身体に身体を擦り付けてしまう。守られているわけでもないのに。こんな無体な事に僕を引き込んだのはこいつなのに。 | |
| 背後に身を摺り寄せるような形になって、私の胸の前で交差させるように腕を組んで抱き締めていた彼が嬉しそうに笑った。 | |
| 「脅すなよ」 | |
| 瑞浪は安心させるように僕の頭を撫でた。 | |
| 「みっちゃんは、物を大切にするよね。無くさないよね?」 | 「かぁわいい。怖いの?ブレスレットでいいや。それとピンキーリング。出来るだけシンプルなやつ・・・・ああそれとそれ。しぃちゃんに似合う。しぃちゃんは失くさず大事に出来るよね?」 |
| 振り仰いで縋るような目で頷いた。ここで意地を張ることほど愚かなことはないだろう。 | 耳に唇をつけるように甘く囁くようにそう吹き込まれた。 |
| 「バングルとブレスレットでいいよ。みっちゃんに似合う」 | 「こちらのブレスレットとリング?この程度でよろしいのですか?」 |
| 「いいよ」 | |
| 瑞浪の言葉に背後で口笛が鳴る。合谷さんも目を見開いて一瞬停止した。まじまじと僕を見つめてそれから瑞浪に視線を移す。 | 「畏まりました。では両方とも御名前をお彫りしますので少しお待ちを」 |
| そう言って加納と呼ばれた彼は肩を竦めながらも部屋を出た。 | |
| 合谷さんは首を左右に振って息を深く吐く。 | 「和泉。甘すぎるんじゃねぇの」 |
| 「示しがつかないのでは?こういうのははっきりさせといた方がいいと思いますが」 | |
| 「笑える。めっちゃべた甘ぁ」 | |
| 革の鞄から銀色のバングルを取り出して瑞浪に渡す。その手が少し震えていた。 | 「噂通りの執心ぶりだな」 |
| 意味のわからない会話を、恐々としながらじっと耳にする。 | |
| 「ブレスレットはプレートに名前を彫るからしばらく待ってくれ」 | 背後から抱き締める彼は、相変わらず機嫌よく笑顔で頭を撫でてくる。 |
| 合谷さんが出て行くと瑞浪は僕の腕を取ってバングルを嵌めた。ひんやりとしたそれは自分を縛る鎖のようで気分が悪い。でもピアスや焼きごてよりはまし。 | 「うるさい。いいんだよ。きっと可愛い」 |
| しばらくして出て行った彼が戻ってきて、ベルベッドのような布台に包まれたそれを嬉しそうな彼に渡した。 | |
| 「みっちゃんを万里の女として認めます。今後如何なる時もみっちゃんを守ります」 | 「ほらしぃちゃん」 |
| 強引に腕を取られて左腕に幅1センチ程の太さの革のそれを填められた。 | |
| 左の小指には、リングとしては少し太めの、3mm幅程のシルバーのリング。 | |
| 「両方共ね、ちゃんとうちの‘ファルコン'のマークが入ってるでしょ?」 | |
| 僕を連れてきた男が左手を上げて神妙な顔をする。残りの奴らも真似て、そうして部屋を出て行った。 | 示されたのは、鷹を現すそれ。 |
| 「で、俺の名前」 | |
| 嬉しそうな声の通り、そこには確かに、Izumi Minakami と入っていた。 | |
| 「それが和泉の女である証だ」 | |
| 瑞浪は満足そうにバングルを撫でた。 | 今まで私の腕を押さえていた人が面白いものを見る目で私を見ながらそう云った。 |
| 「どうしようもない時以外は常につけろよ。勝手に外したら今度は焼きごてを押してやるから」 | 「失くしちゃ駄目だよしぃちゃん。お風呂とか・・・しょうがない時には許すけどそれ以外に外すことも駄目。もし無断で外せば・・・」 |
| 耳に、吐息がかかるのに鳥肌が立つ。 | |
| 「殴るよ」 | |
| 聞いたことないような低い声音に、恐怖を、植え付けられた気がした。 | |
| 「わかった?お返事は?」 | |
| 一転して優しく明るい声。 | |
| まるで情緒の安定していない狂人のようで。 | |
| 暴力を受けた人間は、簡単に屈服する。 | |
| これ以上傷つけられるのは本当に耐えられなくて、必死で頷いていた。 | |
| 「OK。これで終了だ」 | |
| 「では宣誓を」 | |
| あの日、遅刻しそうだからと焦って乗った電車で瑞浪に出会ってしまった。過去を悔んでも仕方ない事は分かっているけど、どうして一本遅らせなかったのか僕は一生後悔するだろう。 | 徐に、ベッドを囲む彼らの1人がそう告げると、全員が右手の甲を表にして手首を上げた。 |
| その右腕には、それぞれ高級だとわかる腕時計が填められているのに、何故かバングルも一緒に納まっていた。 | |
| バングルを嵌められた手が重くてもう後には引き返せないことを知る。 | 同じ鷹のマークに、色の違う石を鷹の目にあしらった、シルバーのバングル。 |
| 「水上一門の名の元にここに我らが純潔を見届けた桜庭 忍を本家次期総帥、水上 和泉の所有と認める決議を」 | |
| 「総意」 | |
| 「総意」 | |
| 「総意」 | |
| そう、同時に腕が下ろされる。 | |
| 「お疲れしぃちゃん。よかったねぇ」 | |
| 何も考えたくなくてただ丸くなって泣いた。瑞浪は何が楽しいのかずっと隣にいて僕の背中を撫でていた。 | 「おめでとう。これで儀式は滞りなく終了だ」 |
| 「我々は引き上げましょうか」 | |
| 「・・・・・」 | |
| 口々に各々勝手なことを言い置いて、彼らは部屋を出て行った。 | |
| 「ふふ。嬉しいな。これでしぃちゃんとずぅっと一緒にいられる」 | |
| 嬉しそうに、彼は背後から私の頬と自分のそれを摺り寄せた。 | |
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文字数: 10177 空白数: 126 空白込み文字数: 10303 改行数: 334 改行込み文字数: 10637 単語数: 268 |
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