「慰安婦=看護婦」!? 旧日本軍が戦争犯罪を隠蔽か

「元朝鮮軍司令官・板垣征四郎、慰安婦動員に関与」

 「インスタント看護婦」とは、1945年8月15日の終戦と前後し、旧日本軍傘下の病院に急きょ雇用された看護婦(看護師の当時の呼称)たちのことだ。日本の無条件降伏を盛り込んだポツダム宣言の発表後に看護婦として雇用されたことから「ポツダム看護婦」とも呼ばれた。これについて学界は「旧日本軍が戦争犯罪に当たる慰安所の運営を隠蔽(いんぺい)するため、敗戦前後に慰安婦たちの身分を看護婦に変えたのではないか」と疑問を呈している。

 実際、韓国人の元慰安婦たちの名前が、旧日本軍傘下の病院の「臨時看護婦」のリストに登載されているケースが多い。

 戦後、旧日本軍が慰安婦たちを病院に所属する看護婦であるかのように偽装し、慰安婦の存在を隠蔽した証拠も続々と発見されている。45年8月15日の敗戦後、各病院に下された日本軍の暗号文が解読されたのだ。第1南遣艦隊司令官などの指示は「慰安婦制度に関連して雇用された人たちは、第101(海軍病院)の民間雇用者として任命する。少女たちの大部分は臨時看護婦とする(8月18日)」「慰安婦たちを地域の病院に所属させ、この伝達内容が理解されたら直ちに焼却するように(同20日)」というものだった。

 上部の指示に従い、慰安婦たちは試験を受けることもないまま看護婦になったという。敗戦後、看護婦の人数が2倍近くに膨れ上がったことから、リストを作成するため「徹夜で作業をした」との証言もある。成均館大学東アジア歴史問題研究所の研究員を務めるカン・ジョンスク教授は「日本は看護要員を確保することと、慰安婦の存在が露出するのを防ぐという二つの効果を狙ったのではないかと考えられる」と指摘した。

 「インスタント看護婦」は、実際に病院で看護婦として働いた人と、リストに登載しただけの「ダミー」に大別される。元慰安婦の故ムン・オクチュさんは、タイのアユタヤ陸軍病院で看護教育を受け、実際に看護婦として働いた。ムンさんの証言によると、当時、病院では日本赤十字社所属の看護婦が27-28人ほどいたが、この人たちは元慰安婦の看護婦たちを「朝鮮ピー(朝鮮人慰安婦を指す俗語)」と呼んで軽蔑したという。ここでは患者の面倒を見るだけでなく、病院の清掃や衣服を作るといった雑用も元慰安婦の看護婦たちの仕事だった。ムンさんは「私たちはマラリアやデング熱、皮膚病、結核などの患者を担当し、患者たちの熱を測り、軍医官の命令に従って薬を飲ませた。看護婦の仕事のほか、布やミシンなどを与えられ、白衣の製作を指示された」と証言した。

キム・ヒョンウォン記者=国際部
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