とある令嬢の独白
『なぜ結婚しないのですか?』そう尋ねた事がありましたね?
すぐに『出すぎた発言でした。おゆるし下さい』とアルフが言ったので答える事はありませんでしたが。いえ、そんな事を言わなくても答えなかったでしょう。
私は執事のアルフが好きです。幼い頃はアルフとの結婚を夢見た事もありましたが、大人になって現実を知り無理だと思いました。
男爵家のアリシアが良い例です。アリシアは庭師との身分違いの恋愛から、家を飛び出しました。男爵家の残された者たちは貴族社会で失笑され、噂され、見せ物にされたものです。
それでもアリシアが幸せになれたらまだ救いがあったのですが、生活習慣の違いから2人の間にケンカが増え、ついにアリシアが殺され庭師は処刑される事となりました。
令嬢たちの中には、ロマンス小説のような2人の恋が素敵とささやく人たちもありました。
でも、この結末に皆が震えました。数年は親が決めた婚約者と結婚する人が増えたと聞きます。今でも、娘の花嫁教育にアリシアの話が教訓として使われているそうです。
生前の、まだ男爵家にいた2人を偶然見た事がありました。
門のそばに生えている樹木についてアリシアが何かを言って、庭師が答える。2人とも幸せな表情で、お互いの目の中には相手の事しか写っていないキラキラとまぶしい輝きを見せていました。とてもそんな未来が待つ2人には見えませんでした。
ただどちらにしても、アリシアの事がなくても私はアルフに思いを打ち明けるつもりは無かったのです。
わたくしの家は代々、王の剣となることを期待されてきた家でした。
幸いにも兄がいたので、兄が跡を継ぐのが決まっていたのです。でも兄と両親が不慮の事故で命を失ったのです。自動的にわたくしが兄の代わりとして強い婿を迎えることを周囲に求められました。
毎日がつらかった。
周囲の思惑から次々に持ち込まれる縁談話。家族を亡くした悲しみにひたることも出来ませんでした。
広い、ただ広いだけのひと気のない部屋で、ひとりポツンとたたずむ毎日を過ごしていました。
そんな私へ、アルフは黙って仕えてくれました。
屋敷を維持出来る最低限の人数を残して、ほとんどの者に辞めて貰いました。
その時に恐る恐るアルフへ、この屋敷に残って貰えるかと尋ねました。
「当たり前です。一生!お嬢様へお仕えするつもりです」
輝くような笑顔で答えるアルフを見て私がどんなに安堵したか、貴方は知らないでしょうね。
アルフの答えで元気が出たわたくしは、精力的に後片付けをしました。
縁談はお断りを入れ、父の残した仕事の引き継ぎと采配分を。家族の衣類をより分けて、形見として残す物以外は古着を扱う商人に売るようアルフに指示を出しました。
アルフ以外とは結婚をしたくありません。それはわたくしのワガママとわかっています。他の全てを仕方ないとあきらめます。でもたった一つ。これだけは無理です。
縁談を断ったとはいえ、この家を潰すわけにはいきません。
それにあまり長くひとりで居ると、断れない先からの縁談が来ないとは限りません。先手を打って血縁の中で優秀だと言われる次男三男を探し、養子に迎えました。
養子となったヨハンは初々しさがある可愛らしい少年でしたが、見た目に反して剣の才能がある優秀な子です。きっと王の剣として、この家を盛り立ててくれることでしょう。
わたくしは彼の母として、後見人として、アルフと共に支えていこうと思います。
「アルフは結婚しないのですか?」
わたくしも尋ねたことがありました。彼が結婚すると思うと胸の奥がチクリと痛みました。でもそれで彼が幸せならばそれで良いのですから。
「お嬢様が結婚するまでは、安心して結婚できません」
「まぁ、それでは一生結婚できませんよ?」
「それならそれで仕方ないです。見たこともない将来の妻よりお嬢様の方がずっと大事ですから」
イタズラっぽく笑うわたくしへ、アルフは動じることもなくニコニコしています。『ありがとう』と彼の手を取り両手で包むように握った時にやっと動揺してくれました。
初めて握ったアルフの手は、少しひんやりした指先と温かい手のひら、少し骨ばった男性らしいものでした。
あの動揺。うぬぼれかも知れない。でももしかして、アルフも私のことを好きなのかも知れません。
だとしてもやはり、この想いを打ち明けることは致しません。
わたくしは貴族です。貴族としての誇りや伝統を維持するのがわたくしたちの仕事です
そして戦いが起きれば、王と庶民を守り、盾となるのが役割です。
アルフを貴族の養子としてから結婚することも考えました。
でも、このような重圧を与えたくはありません。
わたくしが平民になることも考えました。アルフとならアリシアのようになることは無いでしょう。
でも貴族の役割を捨てることは、わたしくしがわたくしであることを捨てることにもなります。責任から逃げたくはありません。
愛してる。愛してる。狂おしい想いを抱えながらも、手を握る以上のことは決してしないでしょう。
こんな考え、おかしいでしょうね?
ロマンス小説が好きな令嬢ならば、愛してるなら愛を告げるべきだと言うでしょう。
要領の良い方なら、それなりの身分の人と結婚して、想い人と遊べば良いと言うでしょう。
でもこれがわたくしなのです。
「お嬢様、飲み物をお持ちしました」
「ありがとう」
小テーブルへ向かい、引いてくれた椅子に腰をおろす。
近くの窓からは小さな池と、花を落とされたバラの茂み、落ち葉が綺麗に片付けられた庭の小道が見えた。
「あ……雪……」
最近寒いと思っていたらもう冬なのね。さり気なくアルフが膝掛けを持ってきてくれました。
「ショールもつかいますか? 」
「お願い」
ふわりとショールをかけられた時に、アルフの手を右肩に感じる。反射的に左手をアルフの手の上に置いた。
「お嬢様……? 」
「寒いわね。アルフの手も冷えていない? 」
慌てて後付けの理由を答える。相変わらず男っぽい骨ばった手をしているが、以前よりガサガサしている。使用人が減った為にアルフの仕事も増えたのでしょうか。
少し待つように言って、香油を手に戻りました。
使用人が主人の前で腰掛けることをしぶるアルフを強引に座らせると、アルフの手を取り香油を擦り込みました。そこでまた揉めたのはアルフが頑固だから仕方ないでしょう。感謝の気持ちだと言って無理やり行ったけれど、かえって迷惑だったかも知れない。
「貴方がいてくれて本当に感謝しているの。ありがとう」
「お嬢様……」
一瞬、握っていない方のアルフの手がわたくしの方へ伸ばされ、ためらうように指先が宙をかき…そのままアルフの膝に置かれた。
「雪が積もりそうですね。温かい食事を出すように料理人に伝えますね」
「ええ、そうしてちょうだい」
雪はただ静かに降っていました
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