写会人日記

2014年05月16日

荒木経惟と篠山紀信のあの対談

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前回の続き。
 新潮社の月刊誌「波」(91年2月号)での篠山紀信と荒木経惟の対談で、篠山は荒木の「センチメンタルな旅・冬の旅」の冬の旅に収めた妻陽子さんの死とお棺の陽子さんの写真について激しく詰問している。悲しみの押し付けだというわけだ。
荒木「死は一番真実。前はどんなふうに見てもいいというつくり方だったけど今回はそれ以外の見方はさせない」
篠山「そんな不遜な写真集なんか僕は見たくないね。あなたの写真は一面的じゃないというか、多様性を孕んでいるからこそ面白かったんじゃないですか。本当のこというとこれは最悪だと思うよ。荒木ほどのやつがこれをやっちゃったのはどうしてかと思ったね」
荒木「一回妻の死に出会えばそうなる」
篠山「ならないよ。女房が死んだ奴なんていっぱいいるよ。」
荒木「でも何かを出した奴はいない」
篠山「そんなのも出さなくていいんだよ。これはやばいですよ、はっきりいって」
荒木「いいや最高傑作だね。見てるとミサ曲が聞こえてくるでしょう」
篠山「だからつまらないんじゃない。ミサ曲が聞こえてくる写真集なんて誰が見たいと思うの。あなたの妻の死なんて、はっきりいってしまえば他人には関係ないよ」
荒木「だからこれは俺自身のためのものなの。なんといっても第一の読者というのは自分なんだから…」
 スリリングな展開のわりにもひとつよく噛み合ってないのは、そもそもの立脚点が違っていて、言ってしまえば写真家(私小説的写真=私写真)とカメラマン(篠山は生涯カメラ小僧と公言している)の違いとでも言うのか、写真に必ず自身を放り込む私写真家と、姿を消してだが匂いは残す(篠山の場合)カメラマンということかもしれない。それと篠山先生、まじめに捉えすぎ。たしかに「センチメンタルの旅」の前書きに「こんな嘘っぱち写真ばかりの世の中、がまんできないのです。これはそこいらの嘘写真とは違います。この『センチメンタルな旅』は私の愛であり写真家決心なのです」と言いながら、荒木は嘘とまことをないまぜにした写真を撮ってきている。そこにも篠山はひっかかって「たとえば『東京物語』(平凡社刊)のこの写真=左上=。国旗を持ってるこんな女の子に地下鉄の中で会ったらだれでもびっくりしますよ。またいかにも実際にあったと思わせるんだよね。ところがよく見てみると、この子が他のところにも写っている。まったくのヤラセなんですよ、実は。でもそんなことはどうでもいいんです。あなたがいうウソとまことのやりとりから出てくる荒木流のリアリティを感じて僕はどきどきしたもの」荒木は「まこととウソのはざまが好きなんだ」と答える。ウソっぱち写真に我慢ならぬといった荒木がウソ写真をとっているという矛盾を抱えているのです。ところが次の展開で納得させるところが天才アラーキー。篠山「ここでいってる、世の中に氾濫しているウソ写真というのはどういう写真ですか」荒木「私小説でない写真」つまり”自分が写っている写真(=私写真)”以外はウソ写真と言っているわけですね。これは納得する以外にない。
篠山先生は「センチメンタルな旅・冬の旅」(新潮社)の出版前にそのゲラを見ながら遅れてきた荒木先生を待っていたんですね。なんかすごいですね。まったくの同年齢のお二人ですがその微妙な関係も垣間見れました。そのまま出した「波」編集部もなかなかすごい。”すごい”が集まったなかなか稀有な対談だったのですね。

この後、二人はケンカ状態でその後仲直りした、というはなしはきかない。いまんとこ。
(途中敬称略)