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製品開発ストーリー #14:ローランド Roland Boutique 〜 名機のサウンドとルックスが凝縮されたマイクロ・シンセサイザーがデビュー! 〜
昨日発表され、大きな話題を呼んでいる新製品「Roland Boutique(ローランド・ブティーク)」シリーズ。シンセサイザーの名機、JUPITER-8、JUNO-106、JX-3Pのサウンドとルックスを、コンパクト・サイズで再現した新しいタイプの製品です。オリジナル機のサウンドは、先進のモデリング技術“ACB(Analog Circuit Behavior)”によって忠実に再現され、オリジナルのシンセ・パラメーターもすべて搭載。その上で、オシレーター波形やLFO波形が追加され、パラメーターの設定範囲が拡張されるなど、オリジナル機以上の音作りが可能になっています。必要に応じてキーボード・ユニットを装着することもでき、ステップ・シーケンサーや音階演奏に対応したリボン・コントローラーなども備えた「Roland Boutique」シリーズ。これから発売に向けて、さらに注目を集めそうな新製品です。
そこでICONではローランド浜松研究所を訪問し、「Roland Boutique」シリーズの開発者たちにインタビュー。いかにしてこのユニークな製品が誕生したのか、じっくりと話を伺ってみることにしました。対応していただいたのは、ローランド株式会社 RPGカンパニーの東條剛氏、大西正人氏、遠山裕丈氏の3氏です。
なお、今回の記事は「Roland Boutique」インタビュー第一弾で、来週公開予定の第二弾記事では、JUPITER-8、JUNO-106、JX-3Pのオリジナル機の開発を手がけた“レジェンド”技術者たちのインタビューを掲載する予定です。こちらもお楽しみに!
回路図の解析だけでは分からない部分は、オリジナル機の開発者にインタビューして謎を解いた
――― まずは「Roland Boutique」シリーズ開発のスタート・ポイントからおしえてください。
東條 コンパクトでありながら、本格的なシンセサイザーを作りたいなと思ったのが始まりですね。一見、ガジェットのようなんですが、出音が凄いもの。スピーカーも内蔵していて電池でも動く、手軽に楽しめるシンセサイザーを作りたいと思ったんです。ちょうどAIRAで確立した“ACB(Analog Circuit Behavior)”というモデリング技術と、JD-Xiで初めて採用したミニ鍵盤があったので、これらを組み合わせればきっとおもしろいものが作れるんじゃないかなと。それが昨年の年末頃のことで、実際に開発に着手したのが今年の1月頃ですね。
――― 往年の名機を元に開発するというアイディアも最初からあったのですか?
東條 ありました。誰もが知っている名機を、“ACB”とミニ鍵盤で再現したいなと思ったんです。今でも人気が高いシンセサイザーということでJUPITER-8とJUNO-106はすぐに候補に挙がり、もう1機種ラインナップに加えようということで、JUPITERやJUNOとは違うタイプのサウンドを持ったJX-3Pが決まりました。この3機種でいくことは、ほとんど悩まずに決まりましたね。
――― 開発にあたって、JUPITER-8、JUNO-106、JX-3Pにじっくり向き合ったと思うのですが、この3機種はどのあたりが評価されているんだと感じましたか?
東條 どれも本当に個性が凄いなと感じました。そしてその個性が三機種三様なんです。その強烈な個性が多くの人たちを惹き付け、新しい音楽のスタイルを生み出してきたのかなと。あとは開発者の魂のようなものも感じましたね。
遠山 JUNO-106のコーラスは、本当に独特だなと改めて思いました。今回製品開発にあたって、オリジナル機を開発した先輩方にお話を伺ったんですが、JUNO-106は価格を抑えるために1オシレーター仕様になったそうなんです。しかし当然、1オシレーターだと音の厚みが物足りない。そこであのコーラス回路を搭載することで、音の厚みを出したそうなんですよ。また、JUNO-106というと太いベース・サウンドが高く評価されていますが、実はフィルターがかかっていないときは低域をブーストすることで音に太さを出す設計になっているそうなんです。つまり1オシレーターであることをカバーするための様々な工夫が、あのサウンドを生み出したというわけです。そんな話を聞いて、まさに禍転じて福と為すだなと思いましたね(笑)。
大西 私は今回の3機種の中で触ったことのあるオリジナル機はJUNO-106だけだったので、本物のJUPITER-8とJX-3Pのサウンドはとても新鮮でした。改めてアナログ・シンセサイザーに向き合ってみると、やはりスライダーを動かしたときに音の変化がいいんですよ。この3機種が多くの人たちに愛されている理由が分かったような気がします。
東條 私も今回のプロジェクトまでJUPITER-8には触れたことがなかったので、たくさん触れて嬉しかったですね(笑)。
――― 音源としては、オリジナル機のサウンドが“ACB”によってデジタルで再現されていると捉えていいのですか?
東條 構いません。オリジナル機にあって「Roland Boutique」シリーズに無いパラメーターというのもありませんしね。パネルのスペースの関係で、位置が変わっているパラメーターはあるんですが、基本的にはオリジナル機のデザインを踏襲しています。
大西 ただ、パラメーターの設定範囲が広くなっていたり、オシレーターやLFOの波形が追加されていたりします。例えばJUPITER-8をモチーフにした「JP-08」では、LFOに三角波とノイズ、VCO-1にサイン波が追加され、VCO-1とVCO-2のレンジが広くなっています。
遠山 JUNO-106をモチーフにした「JU-06」では、LFOレートの設定範囲が広くなり、またオリジナル機では4段階の切り替え式だったハイパス・フィルターが連続可変できるようになりました。ですからサウンドはそのままに、オリジナル機ではできなかった音作りが可能になっています。
大西 追加パラメーターはJX-3Pをモチーフにした「JX-03」が一番多くて、LFO波形には2種類の鋸波とノイズ、DCOにはサイン波、鋸波、ノイズが追加され、DCOのレンジも拡張されました。また、クロス・モジュレーションに3種類の新しいモードが追加されています。
遠山 それと「JU-06」では、コーラスの1と2の同時押しが可能になっています。JUNO-6/JUNO-60はコーラスの同時押しに対応していたんですが、JUNO-106ではできなかったんですよ。マニアの人に話を訊くと、コーラスの同時押しが良くてJUNO-6/JUNO-60を手にいれる人もいるみたいなので、それだったら「JU-06」でも対応しようと。
東條 JUNO-106ファンにとってコーラスの同時押しは、夢の設定なんじゃないかなと思います(笑)。
――― 「Roland Boutique」シリーズとAIRAは、同じ開発チームなのでしょうか?
東條 いいえ。違います。ローランドは製品に合わせて開発チームが編成されるので、我々は「Roland Boutique」シリーズのために集まったメンバーですね。ただ、“ACB”に関してはAIRAの開発者にも少しお手伝いしていただきました。
――― 先ほど話に出ましたが、オリジナル機の開発者にインタビューを行ったのですか?
東條 “ACB”は回路図と実機さえあればかなりのところまでシミュレートすることができるんですが、開発を進めていく過程でどうしても納得のいかない部分が出てきたりするんです。JUNO-106のロー・ブーストもそうですし、“何でこんな回路になっているんだろう”という謎な部分ですよね。そういったところはオリジナル機の開発に関わった技術者の方々にお話を伺いました。
――― ポリ数は4音ポリとのことですね。
東條 はい。3機種とも4音ポリで、POLY/SOLO/UNISONの各モードを切り替えることができます。4音ポリでは足りないという場合は、複数台をMIDIでチェイン接続することでポリ数を増やすこともできます。2台接続すれば8音ポリで使えるというわけですね。「JP-08」とか、2台繋いで8音ポリで使うとかなりいいですよ。オリジナル機の音の厚みや深みがよく再現できていると思います。ちなみにチェイン接続の台数には特に制限はないんですが、MIDIでの接続となるので、あまり繋ぎ過ぎると遅れが気になってくると思います(笑)。
――― チェイン接続は同じ機種でないとダメですか?
東條 違う機種でも大丈夫です。ただ、同じ機種の場合はパラメーターがちゃんと連動するんですが、違う機種をチェイン接続した場合はポリ数が増えるだけになります。
遠山 ステレオ・ミニの入力端子を装備しているので、チェイン接続した場合も出力をまとめることができます。入力端子に入った音は内蔵スピーカーからも再生されますし、一度デジタル化されるのでUSB端子からも出力されます。
――― USBオーディオ・インターフェース機能も搭載しているんですね。
東條 はい。USB端子でパソコンと繋ぐことで、MIDIデータと24bit/44.1kHzのオーディオ・シグナルをDAWなどとやり取りすることができます。
――― AIRAシリーズのサンプル・レートは96kHzが標準となっていますが、「Roland Boutique」シリーズは44.1kHzなのですか?
東條 そうです。AIRAシリーズでは音質を重視して96kHzを採用したんですが、ユーザーの皆さんからは使いづらいというフィードバックもいただいていたんですよ。今回の「Roland Boutique」シリーズは、多くの人に楽しんでいただける製品にしたかったので、最もスタンダードな44.1kHzを採用することにしました。
大西 入出力やヘッドフォン出力の端子に関しても、多くの人に意見を伺ってステレオ・ミニ端子を採用しました。スピーカーやスマートフォンなどを繋げるには、ステレオ・ミニ端子の方が使いやすいだろうと。
――― 背面には電源アダプター端子がありませんね。
大西 USB端子から電源供給する仕様になっています。ですからアダプターは汎用のUSBのものを使っていただく形になります。これは保証外になるんですが、USBなのでモバイル・バッテリーでも動きますよ。
金属製の筐体を採用し、スライダーにはLEDランプを内蔵するなど、所有欲をくすぐる仕上がりを目指した
――― 本体はデスクトップ・モジュールのようなスタイルで、鍵盤を別ユニットとしたのは?
東條 当初は鍵盤一体型で開発を進めていたんですが、きっと音源部だけが欲しいという人も出てくるでしょうし、鍵盤をセパレートした方が持ち運びがしやすいんじゃないかということで、途中でこのスタイルに変更しました。専用のキーボード・ユニットである「K-25m」はベロシティー付きの25鍵盤仕様で、「JP-08/JU-06/JX-03」とは16ピンのフラット・ケーブルで接続する仕様になっています。
大西 そしてこの「K-25m」、「JP-08/JU-06/JX-03」を3段階の角度で起こせるようになっているんですよ。最初はこんな機構にすることは考えてなかったんですが、たまたまパネル部分を起こしたスケッチがあって、何だかアナログ・シンセサイザーらしくていいなと。それで3段階でアングルを変えられるようにしたんですが、その時点では開発がかなり進んでいたので、機構を設計したスタッフは相当苦労したようです。パネルが起き上がる仕組みに関しては、子ども用のオモチャからヒントを得たと言っていましたね。
――― 鍵盤は2オクターブですが、全体のサイズ感はどうやって決めたのですか?
東條 鍵盤を取り付けた状態で、A4サイズにしたいなと思ったんです。持ち運びがしやすいノート・パソコンのサイズですね。
遠山 だからパソコン用のバッグにも入ります(笑)。
東條 あと今回、パッケージのデザインにも凝っているんですが、ブック・スタイルというのもイメージとしてありました。普段使わないときはパッケージに入れて本棚にしまえるようにしようと。
――― パッと見では分からないフィーチャーがあればおしえてください。
東條 「K-25m」を装着しなくてもリボン・コントローラーを使ってノート演奏することもできます。標準ではクロマチックで発音するんですが、いくつかプリセットされているスケールを選ぶこともできます。あとは16ステップ/16パターンのステップ・シーケンサーが入っていて、これはかなり使えるのではないかと思います。ステップを並べ替えることもできますし、MIDIクロックで同期もするので、かなり遊べる。リボン・コントローラーをシーケンサーの入力に使うこともできます。
――― 今回の製品を開発するにあって、特にこだわった部分というと?
東條 モノとして所有欲をくすぐる仕上がりにしたいと思ったんです。ですから筐体は金属製にして、スライダーにはLEDランプを内蔵するなど、“Boutique感”の演出にはこだわりました。ツマミなどは全部新規に起こしましたしね。
――― オリジナル機をそのままミニチュア化した外観が本当に良い感じです。これは確かに所有欲をくすぐられますね。
東條 やはりJUPITER-8、JUNO-106、JX-3Pの強烈な個性は、音だけではなく、そのデザインにもあると感じましたので、その外観のエッセンスをどうしても盛り込みたいと思い、このようなデザインにしました。
――― 開発で苦労した部分は?
東條 音源に関しては“ACB”という技術があったので、もちろん大変な作業ではあったんですが、壁にぶち当たるということはありませんでした。どちらかと言うと、パネルを起こす機構とか、そういう部分の方が苦労しましたね。このサイズにすべての回路を収めるのもけっこう大変でした。
大西 あとは電池駆動の部分ですね。最初は単三電池2本で動くようにしたかったんですが、スピーカーを内蔵していますし、S/Nを良くするためにアナログ部分のパーツにもこだわっていたりするので、最終的に単三電池4本という仕様になりました。大体6時間くらい保ちます。
東條 彼はR-09やR-05といったフィールド・レコーダーの開発チームに在籍していたので、電池駆動に関するノウハウをたくさん持っているんですよ。ローランドのフィールド・レコーダーは、最初のR-1という機種が全然電池が保たなかったんですけど(笑)、その後開発チームが頑張って、どんどん電池が保つようになっていった。フィールド・レコーダーの開発で培われた電池駆動のノウハウが「Roland Boutique」シリーズで生かされているというわけです。
――― 製品が完成して、開発者としてはいかがですか?
遠山 私もそうなんですが、オリジナル機を知らない世代でも楽しめる楽器に仕上がったと思います。
東條 製品が出来上がって、社内のいろいろな部署の人に見せているんですが、皆“これは欲しい!”と言ってくれています。こんなに皆が欲しがる製品というのも珍しいのではないかと。私も欲しいです(笑)。
大西 限定生産なので欲しい人は早めに予約してください(笑)。
――― シリーズ第二弾として、TR-808/909、TB-303の「Roland Boutique」バージョンも期待されると思います。
東條 そうですね。発売後いろいろフィードバックがあると思うので、お客様からの意見に耳を傾けながら次の展開を考えていきたいと思います。
――― 本日はお忙しいところありがとうございました!