デモで世界は変えられたかい?こんなサークル活動のような革命ごっこで『アンラッキーヤングメン』 いつの時代も不幸で愚かな若者たちのための物語
『アンラッキーヤングメン』っていう語感は、ずいぶん軽く感じる。大人たちによって、職につくチャンスも、年金も奪われ、全て美味しいところを食いつくされ、若者たちは「ツイてないよな」の一言で全ての不運を背おいこむしかないのだろうか。物語では、そんな「ツイてない若者たち」を指す言葉として使われている。日本では、第二次大戦で最も多くの死者を出したのは、大正10年(1921年)生まれの若者たち、終戦の昭和20年(1945年)に24歳だった男たちだ。
でも、これは、人間の習性、というか必然というか、人類の歴史上、「若さ」が「経験」や「知識」に挑んで、それが優勢だったことはないような気がする。
平成27年我が国の人口動態(平成25年までの動向)厚生労働省
日本では、1949年に優生保護法が改正されるまで、経済的な理由での中絶は法律で禁止されていた。そうした状況で戦場から復員する男性が増え1947年からの3年間で約806万人が生まれることになった。それが団塊の世代である。1947年の人口は7,800万人だったので、わずか3年で10%以上人口が増えたことになる。70年の日米安全保障条約の改定に反対する運動は、こうした団塊の世代の大学生を中心として、1968年から盛り上がりをみせるようになる。
この作品では、1968年の若者の「ツイてないやつら」が主人公だ。この主人公たちの世代は、団塊の世代まっただ中の、1947年、1948年、1949年生まれの若者たちで、19歳、20歳、21歳だった。大学1年生から3年生あたりである。
登場人物は、実際に1968年を生きていた人物がモデルになっている。
1968年には、10月から11月にかけて、永山則夫が4人を射殺した「連続射殺魔事件」を起こし、12月には3億円事件が起こる。加えて、ベトナム戦争反対運動、全共闘運動などの新左翼セクトの活動がもっとも盛んに行われたのが1968年だった。1月のエンタープライズ佐世保寄港反対闘争に始まり、王子野戦病院反対闘争、成田空港建設反対を唱えるための三里塚闘争、日大の全共闘運動、10月21日の国際反戦デーの新宿騒乱事件、東大闘争などが相次ぎ、いきつく暇もなかった。
こうして、1968年という舞台装置を使い、そこに生きた人たちの「表層」だけを利用して、それをレゴブロックを組み上げるようにして作られたのがこの『アンラッキーヤングメン』という物語である。ちょっと長いけど、原作者の大塚英志さんのあとがきから引用してみる。
作家としてのぼくは彼らのパブリックイメージ、つまり人々や時代の中で印象として刷り込まれたその「表層」のみを借りた。ある意味でそれは作中に同じ時代の街並みやあるいは家電のデザインを引用してくるのと同じ水準としてである。彼らの「表層」を借りた、それは「風景」のようなものだ、と記した時、ひどく残酷で無責任に聞こえるかもしれないが、しかし、彼らの内側にノンフィクションを装い踏み込む権利はぼくにはない。描きたかったのは冷たいようだが彼らではない。だから時代や人々の記憶に漂う彼らの「表層」にぼくはイメージを一方的に借用した人々への節度として啄木の歌を「代入」することで「内面」を与えた。
何故、啄木なのかといえば、「内面」の書式はこの国でもまた近代文学が定型化したものであるからで、そしてどの分野でもその始まりの時点でその分野のやるべきことはあらかじめやり尽くされているように、「文学」においても「内面」の書式は殆ど啄木やその同時代の書き手がほぼ達成している、とぼくは感じる。
描きたかったのは60年代末の若者でも、啄木の時代の若者でもない。あるいは特定の時代の空気でもない。ぼくはこの作品の時代にあっては「若者」ではまだなく、「子供」だったが、殊更この時代にノスタルジーを感じるわけではない。強いていうなら、どの時代の若者たちも「アンラッキーヤングメン」としての自意識に苛まれて生きて、あるものは道を外し、あるものは名を成し、そしてたいていのものはありふれた大人になっていく、ということをめぐる絶望的なまでの息苦しさのようなものを描いてみたかったのだと思う。
原作者:大塚英志『アンラッキーヤングメン』1巻あとがきより
引用にあるように、パブリックイメージだけを借用した人物たちの「内面」に、啄木の歌を代入して、大塚英志はキャラクターを完成させている。石川啄木は、明治天皇の暗殺を企てたと言われていた「大逆事件」について、朝日新聞社の社員の立場を活用して、徹底的に調べていた。そして、大逆事件がほぼ冤罪だということを知るようになり、「社会主義者」にシンパシーを寄せるようになる。
藤原カムイ✕大塚英志『アンラッキーヤングメン』
物語では、3億円事件にこの「ツイてない若者たち」が関わり、そのカネをセクトが奪い合い、「ツイてない若者たち」が希望を持つことができない未来を消滅させるために、そのカネを活用するまでを描いている。
現実に起こった新左翼運動や3億円事件、連続射殺魔事件をストーリーに組み込み、それに関わった実在する人物たちの社会的なイメージを引用する。そこに「大逆事件」などを起こしたテロリストにシンパシーをもった石川啄木の短歌を「代入」する。
そうして、永山則夫や北野たけし、永田洋子を引用したキャラクターたちが、その社会的なイメージだけをまとって、現実とは別のストーリーのなかで動き出す。1968年から激化する新左翼運動が結果的に失敗していく歴史を、こうしたキャラクターによって書き換えていく。登場人物たちは「デモ」や「ゲバ棒」、「火炎瓶」にさえ批判的で、このキャラクターたちに「こんなおもちゃみたいなもので、この人たちは、本当に世界をかえようとしているのかしら」と言わせてしまう。
藤原カムイ✕大塚英志『アンラッキーヤングメン』
彼らの目標は、自分たちを鬱屈させ続ける「ツイてない」未来を、全て壊し尽くしてしまうことだ。彼らは壊し尽くしたあとに何をするかなど一顧だにしない。あるものは壊し続けるための根拠地を得るためにハイジャックに走り、あるものは、山に逃げ込み、そこで自分たちの仲間でさえも殺し続ける。「世界が終わるまで」と言いながら。
藤原カムイ✕大塚英志『アンラッキーヤングメン』
物語の終盤で連続射殺魔事件の犯人、永山則夫をモデルにした主人公Nが犯行動機について説明する場面がある。
藤原カムイ✕大塚英志『アンラッキーヤングメン』
「ツイてない若者たち」が最後にどこに行き着くかというと、実は、この短歌が暗示している。言葉は人が、人の意思を理解するために発明されたものであるにもかかわらず、言葉のせいで却って意思疎通が出来ない事態ばかりが出現する。そして、「同じ言葉」を使う仲間たちとだけ意思疎通をするようになり、社会は細分化され、絶望的なまでに各グループの対立は深まっていく。
藤原カムイ✕大塚英志『アンラッキーヤングメン』
ネットでは「同じ言葉」を使えない集団とのコミュニケーションを、フィルターを使ってオフにすることができる。そういう「便利な機能」を使って、社会の摩擦が増加するという悪夢のような状況を迎えているのが現在だ。ごく最近の安保法制をめぐる政治状況について観察しているとよくわかると思う。そんな現在を予言していたようなマンガが、この『アンラッキーヤングメン』だ。
マンガ表現について若干の追補
上巻の最後に、作画の藤原カムイさんのあとがきがある。
今回の作品に関して、もうひとつ挑戦した事があります。デジタル技術でどこまでアナログのテイストを出せるか?ということでした。とにかく、スクリーントーンのような中間色は一切排除して、スミベタとかけ網の世界にするべく、連載前からのお題目として試行錯誤を繰り返していました。なによりも濃密な書き込みこそが、この作品にもっとも合うテイストだと思ったからです。
作画:藤原カムイ『アンラッキーヤングメン』2巻あとがきより
藤原カムイ✕大塚英志『アンラッキーヤングメン』
こうした作画手法によって、「ツイてない若者たち」の孤独や、先の見えないどん詰まりの未来に対する感情が、画面から強く感じられる。あとがきによれば、藤原カムイさんは70年代の作家、宮谷一彦や永島慎二を意識して作画したという。ガロなどのインディーズ系のマンガ雑誌で活躍した作家たちのテイストを引用することで、描かれる時代・人物たちによりリアリティが感じられるのではないだろうか。
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