ハードウエアスタートアップの“企業化”を後押し。『HAX Boost』が起こすMakerムーブメントの新しい波【連載:高須正和】
タグ : HAX, MAKERS, スタートアップ, ハードウエア, 高須正和 2015/10/02公開
これまで何回か触れてきたHAX(旧名HAXLR8Rから改称)が、10月から『HAX Boost』という新しいプログラムを始めています。Makerが始めたスタートアップを、企業として成り立たせるような動きです。
Makerムーブメントの経済的価値
オープンソース・ムーブメントの成果は、ソフトウエア界隈では日々感じることができます。でも、ハードウエアではまだ、身の回りに見えるほどではありません。
みんなが日々見ているWebページやAndroidのスマートフォンなどは、LinuxのカーネルやApacheなどのWebサーバによって動いています。また、電子メールやHTMLといった規格、JavaScriptなどの要素技術、プログラミング環境など、オープンソースと切り離してインターネット、ひいては現代社会を語ることは難しいでしょう。
GoogleやFacebookといった世界を代表するソフトウエア企業が、オープンソースのテクノロジーをベースに会社を運営しており、RDBMSのOracle DatabaseやWebアプリケーションサーバのOracle WebLogic Serverといったかつての代表的ソフトウエアは、オープンソースのものに比べると存在感が小さくなってしまいました。
ハードウエアについてはまだそういう段階ではありません。Arduinoや3Dプリンタで作られたものを日常的に使用している人はまず見られませんし、ギークがある程度集まっても、Kickstarterで買った物を持っている人は半分も行かないことが少なくありません。
Kickstarterのハードウエア関連で最も成功したスマートウォッチの『Pebble Time』で2000万ドルほど(およそ20億円。以下、1ドル100円として計算)。みんなが持つような製品とはケタがいくつも違います。
目の前で見られる規模としてはまだ極めて小さいにもかかわらず、Makerムーブメントに注目が集まっている理由は、ソフトウエアで見られるような急成長するスタートアップが、ハードウエアでも見られることになったからです。
例えばアクションカメラのGoProは、Makerムーブメントの中心に位置付けられる企業です。
2008年に創業した企業が、それまでになかった『アクションカメラ』という製品を世に出して急成長。株式公開を行い、2014年10月の時点での時価総額は82億3000万ドル(8230億円)となりました。
その後の世界同時株安で、9月12日現在は42億5000万ドルまで下がっていますが、同じ時期のニコンの時価総額が5857億円ですから、世界を代表するカメラメーカーであるニコンと比べられるレベルまで、短期間で成長したことになります。
期待値で上がる株価
時価総額の大きさは、株式市場、ひいては世間からの評価の証です。
年間8577億円を売上げているニコンに比べ、GoProの売上は2000億円に届かないのですが、「急成長しているのだから、もっと大きくなるだろう」という期待値が株価を上げているとみることができます。
GoPro.Incの時価総額
Makerムーブメントが可能にした、それまでより早いプロトタイピングや、クラウドファンディングによる資金調達、オンラインで発注できるサプライチェーンなどにより、個人や小さいグループが、独自でハードウエアの製品を開発して販売し、急速に会社を大きくすることができるようになりました。
ソフトウエア・Webサービスなどの企業が、クラウドにより少ない初期投資でサーバ類が用意し、さまざまなツールにより大規模なソフトウエアを安価に開発できるようになったことで、ソフトウエアのスタートアップ企業が生まれたのと、構造的にはそっくりです。
もちろん、ソフトウエア会社と同様、スタートアップ(起業)した人たち必ず成功するわけではなく、多くは道半ばに倒れる、投資家にとっても万馬券を当てるようなものですが。
高速で成長しなければならない
スタートアップがお金を集めるためには、成長速度を早めて「今投資しておくと、もっと大きくなる」と世間に思わせる必要があります。そのために多くの人がほしがるようなプロトタイプを高速開発し、クラウドファンディングで大人気になるために努力します。
純粋な利益だけを考えると、クラウドファンディングでの成功と大成功の間に、とんでもない差はないのですが、「目立って評判になる」ことでさらに資金調達を可能にして、よりよい製品を作れる確率が高まります。
HAXが開発拠点を深圳(シンセン)に置いているのは、深圳が世界で最も迅速にハードウェアの開発と小規模量産の手配が行える場所だからです。これまでのHAXの卒業生はクラウドファンディングの成功率100%、そしてほとんどの会社がその実績を糧に、次の段階の資金調達に成功しています。
とはいえ、投資家から資金調達して、その資金で開発を繰り返しているのは、まだスタートアップの段階です。消費者から製品の売上が入ってきて、投資ではなく売上を収入として回していく、普通の企業になる段階がやがてやってきます。
HAXの卒業生も、いくつかの会社はその段階に到達しつつあります。HAXは、その段階の企業をより成長させるために、2015年9月から、『HAX Boost』というプログラムをはじめました。
ハードウエアを市場で売るには、例えば初期不良への対応などといったカスタマーサポートや、問屋さんに扱ってもらって一般の店舗に置いてもらうといった、ソフトウエアに比べるとFace to Faceのやりとりが必要になります。
最初は自分のサイトで直販だった段階から、Amazonのようなオンラインショップ、次いで専門店、ついには一般の電気店といったかたちで、順次販売網を広げていく必要があるし、おそらく取次店によって説明する資料も変えていかねばならないでしょう。
また、「例えばテニス向けのハードウエアを大きいテニス教室のチェーン店にまとめて採用してもらう」みたいな、営業的な対応や販売戦略も必要になります。
『HAX Boost』は、株の2%をHAX側にその時の時価で渡す(エクイティ)ことにより参加でき、HAXは買った株がもっと大きくなるように、販売戦略を一緒に立てて、もともとコネクションがある販売網を紹介したり、BtoBのクライアントをつなげたりします。製品開発ではないので、このプログラムはテクノロジービジネスの中心サンフランシスコで行われます。
HAX BOOSTのプログラム (出典:HAX)
そういった仕事がある程度大きくなり、専門的に行うチームやその責任者が必要になってくると、ハッカーやMakerといった世界と言うよりもだいぶ会社っぽくなります。
HAX創業者のCyril Ebersweiler(シリル・エバースワイラー)はもともとチャイナアクセラレータ、SOS ベンチャーズといった投資集団の役員で、500 Startupsなどのメンターも行っており、Hackerというよりは事業家としてのキャリアがメインの人間です。
『HAX Boost』を発表したばかりの今年5月にプログラムについて話した時は、「何しろ初めての試みなので、具体的にどういうことをやるかはまだぜんぜん決められない。参加する会社によってもけっこう違うだろう。君も時間があったら、コミュニティなどについて話しに来てくれよ」と、すごく楽しそうにプランを立てていました。
今年6月、移転したばかりのHAXオフィスでプレゼンするCyril
個人や少人数のグループが、自分の夢や趣味の延長線上で始めたプロジェクトが、せいぜい数年で企業になり、世界を革新するようなみんなが使う「製品」を生み出すことができるようになったのは、Makerムーブメントの大事な成果です。
ソフトウエアで成功するスタートアップが多く生まれ、その経済的な効果などもあって、社会がプログラミングやテクノロジーに対してもっと軸足を向けるようになったように、ハードウエアでも多くの成功するスタートアップがどんどん出てきて、ハードウエア開発に関するテクノロジーに注目が集まることを期待しています。
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