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近岡 裕=日経ものづくり
2014/10/09 15:07

 このMOCVD法の導入の決定と同時に、赤崎氏はGaN単結晶を作製するための基板についても重要な決定を下す。GaN単結晶の基板がないことから、GaN単結晶の成長には従来からサファイア基板が使われてきた。そして、MOCVD法を導入しても、赤崎氏はこのサファイア基板を踏襲することにしたのだ。「夢の青色発光デバイスの実現を語る」の中で同氏はこう記している。

「(結晶成長法の)次の問題は基板結晶の選択である。結晶の対称性、物性定数の類似性と当時に、(OMVPE法での)成長条件(環境)への耐性など総合的な検討が必要であり、実験的に決めることにした。1年余りをかけて、SiやGaAsやサファイアなどを実際に比較した結果、やはり当面は(将来、より優れた基板の使用が可能になるまで)、サファイアを用いることにした」。

 こうして、MOCVD法とサファイア基板の選択という重要な決定を下した後、先のMIS型青色LEDがサンプル出荷された1981年に、赤崎氏は松下技研を離れ、名古屋大学に移って教授に就任することになった。ここから、赤崎氏のGaN系青色発光デバイスの研究開発は名古屋大学に舞台を移す。

 こうして名古屋大学の教授となった後の1981~1984年ごろ、赤崎氏は良質なGaN単結晶を得るための方法を思案する。「松下時代(1978~79年)の『GaAsP/GaAs上へのGaInAsPのヘテロエピタキシー』において“バッファ層”の適用が有効であることを思い出し」(「夢の青色発光デバイスの実現を語る」)、これが低温緩衝層のアイデアにつながった。同氏が低温緩衝層を考える必要があったのは、MOCVD法とサファイア基板の組み合わせだけで、すぐに良質なGaN単結晶ができるわけではないからだ。サファイア基板とGaN単結晶とでは、格子定数や熱膨張係数の差が大きく、例えば格子定数の差は16%もあった。このことが劣悪な結晶を生む原因となっていた。

 先の「知的創造社会へのメッセージ」の中で、赤崎氏はこう回答している。

「私はそのミスマッチ(格子定数や熱膨張係数の差)に起因する障害を克服するには、(1)何か柔らかい構造の極めて薄い“緩衝層”をサファイア基板とGaNとの間に(中間層として)挿入する、(2)その緩衝層材料としては、サファイアかGaNと物性が似通っていることが望ましいだろうと考えました。そして、私はその候補材料としてAlN、GaN、SiC、ZnO(酸化亜鉛)の4つの材料をメモしました。例えば、ZnOはいろいろな物性がGaNによく似ているからです(1981~1982年)。

 4つの候補をすべて自分の所で実験するのは難しいので、ZnOとSiCは知り合いの他大学の先生に依頼することとし、私自身は、(中略)1965年からすでにAlNの結晶成長と光学特性の研究をしていたのでAlNになじみがありました。(中略)そんなわけで、4つの候補のうち、最初に緩衝層材料として選んだのがAlNだったのです」。

 「AlNのほか、先に候補に挙げたGaNでも、『緩衝層としての堆積の最適条件はAlNの場合とは若干異なると思われるが、緩衝層として同様な効果が期待できるだろう』と、学会や研究会では質問に答える形で何回か発表しました」。

図●高輝度青色LEDの構造
サファイア基板の上に低温GaN緩衝層がある。
[画像のクリックで拡大表示]

 つまり、赤崎氏は現在の青色発光デバイスで基本技術となっている「低温AlN緩衝層」と「低温GaN緩衝層」のアイデアを、1980年代前半に思いついていたことになる(図)。

 なお、緩衝層を使うという点では、1983年に工業技術院電子技術総合研究所の吉田貞史氏のグループが、AlNを緩衝層に使うことで良質なGaN単結晶の作製に成功している。結晶成長法はMBE法だった。

 そして、赤崎氏はGaN単結晶の成長実験に着手する上で、もう1つ現実的な問題に直面する。MOCVD法を利用すると決めたものの、当時最先端であったMOCVD装置はGaN専用のものがない上、1台当たり数千万円もする非常に高価なものだった。当時、名古屋大学の赤崎研究室の1年間の研究費は300万円程度。国立や私立を問わず、日本の大学の理工学部の研究費としてはごく標準的と言える額だが、とても市販のMOCVD装置を購入することはできない。そのため、1984年にMOCVD法によるGaN単結晶の成長実験をスタートさせた赤崎研究室では、GaN単結晶の成長実験を行う前に、まずはMOCVD装置を自作することにした。

青色LEDを最初に光らせた赤崎氏と天野氏(下)につづく]

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