GaNという「困難な道」を選んだ赤崎氏
青色LEDや青色半導体レーザーといった青色発光デバイスを光らせるには、少なくともバンドギャップが2.6eV(電子ボルト)以上と大きな半導体材料が必要となる。発光波長とバンドギャップエネルギーの間には
発光波長(nm)=1.24/バンドギャップエネルギー(eV)×100
という式が成り立っており、青色の発光波長である455~485nmを得るという目的から逆算すると、2.55~2.72eVというバンドギャップエネルギーが導かれる。従って、青色発光デバイスを実現するには、少なくとも2.6eV以上のバンドギャップエネルギーが必要だ。こうしたバンドギャップエネルギーが大きい半導体をワイドギャップ半導体と呼び、上記の式から分かるようにワイドギャップ半導体だからこそ、エネルギーの高い青色領域である短波長の光を放つことができる。
1960年代後半から1980年代前半にかけて、こうした青色発光デバイスの材料として候補に挙がっていたのは、SiCとセレン化亜鉛(またはジンクセレン、ZnSe)、GaN──の3つだった。だが、これらの3つが等しく期待されていたわけではない。結晶成長の難易度を踏まえ、SiCとZnSeの2つにより多くの研究者の注目が集まった。
ところが、ここで赤崎氏はGaNを選択した。この選択について同氏は、2002年に武田賞を受けた際の講演で次のように語っている。
「1970年ごろから80年代にかけて青色発光デバイスを目指す研究者の多くはこの3つの材料(GaNとZnSe、SiC)を対象として研究してきた。この中で唯一、SiCはpn接合が当時からできていた。従って、結構多くの人がこの材料の研究に取り組んでいた。残りはZnSeもしくはGaNを選んだ。これらはいずれもp型半導体ができていないという点で共通していた。しかし、SiCはバンド構造が間接遷移型のため、強い発光が望めないし、まして半導体レーザーはできない。一方で、ZnSeとGaNは共に直接遷移型だが、pn接合ができていなかった。
こうした背景から、SiCを選んだ研究者以外の大部分はZnSeを選択した。その理由は、両方とも結晶を作りにくい点は同じだが、どちらかと言えばZnSeの方がGaNよりも作りやすかったからだ。
また、ZnSeには柔らかくて加工しやすいという特徴もあった。それに対し、GaNは結晶の作製が極めて難しく、またエネルギーギャップがZnSeに比べて大きいため、p型化はさらに困難であると予想された。
私は、GaNのpn接合と青色発光デバイスの実現は極めて困難であると分かっていた。だが、どうせやるならと、この難しいGaNに挑戦することにしたのだ」。
赤崎氏が青色LEDや青色半導体レーザーの開発を強く意識し始めたのは1966年ごろだという。当時、松下電器東京研究所(その後、松下技研に社名変更)に所属していた同氏は、窒化アルミニウム(AlN)や、ガリウムヒ素(GaAs)の結晶成長と物性の研究、ガリウムヒ素リン(GaAsP)を使った赤色LEDやガリウムリン(GaP)による緑色LEDの開発を手掛けていた。このうち、赤色LEDでは、1969年に外部量子効率が2%と世界最高のデバイスの開発に同氏は成功している。
だが、青色発光デバイスの開発を目指してGaNを選択したのは赤崎氏だけではない。世界では同氏よりも先にGaN系青色LEDの開発に着手した研究者がいた。赤崎氏が従来よりも明るい赤色LEDを開発した1969年に、米国ではRCA研究所のMuruska氏らが、HVPE(水素化物気相成長、ハイドライド気相成長)法によりサファイア基板の上にGaN単結晶を作製することに成功した。そして、1971年には、米RCA研究所のPankove氏らがGaNを使ったMIS(金属-絶縁体-半導体)型青色LEDを作製する。これが、世界で初めての青色LEDだ。ただし、p型が実現できないため、外部量子効率は0.1%と暗かった。
このMIS型青色LEDが初めて光を放った2年後の1973年、赤崎氏は実際にGaN系青色発光デバイスの開発に着手する。p型を実現し、より明るい青色LEDや、青色半導体レーザーの実現を目指したのだ。このとき、同氏は「“前人未踏”の『GaN系ナイトライドのp-n接合による青色発光デバイスの実現』への挑戦を“ライフワーク”とすることを決意した」(赤崎、「夢の青色発光デバイスの実現を語る」、応用物理第73巻第8号、2004年)。
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