映像’15「なぜペンをとるのか〜沖縄の新聞記者たち」 2015.09.28


(ナレーション)
この海に今新たな基地の建設が進められています
沖縄県名護市辺野古です
ここは沖縄県民の宝の海です!宝の海を破壊する度に…。
もう新しい基地はいらないと埋め立て作業に抗議の声を上げている住民に密着して取材する沖縄の新聞記者です
沖縄で最も古い新聞社「琉球新報」
米軍基地が集中する現状を憂い基地建設に反対する論陣を張っています
そんな沖縄の新聞を偏向しているとして糾弾する団体があります
(百田さん)沖縄の新聞社はむちゃくちゃ。
抗議声明とか…。
めっちゃ腹立ってんねん。
(拍手)
安全保障法を成立させて日米同盟を強化し沖縄の軍事基地化をより進めようとする政府
その政府の動きに真っ向から向き合う沖縄の新聞社
8月初旬事態が動きました
辺野古の米軍基地建設をめぐり政府は「工事を1か月止めて沖縄県と協議を始める」と発表したのです
地元新聞社の動きは慌ただしくなりました
出だしが分からない。
意味が。
難しいことをやっぱり分かりやすくして伝える…大事なものじゃない。
この沖縄の地で誰のためなんのために書き続けるのか
この夏新聞記者たちの1か月を追いました

(起床ラッパ)抗議の行動です。
(明真南斗さん)おはようございます。
ご苦労さん。
お疲れさまです。
お久しぶりです。
下が今日はメインですか?はいいつも下がメイン…。
名護市辺野古にあるアメリカ海兵隊の基地「キャンプ・シュワブ」
「琉球新報」の記者は毎日朝早くから基地のゲート前にやってきます
那覇市出身の「琉球新報」記者明真南斗さん
もう1年以上この場所で基地建設に反対する住民たちを取材しています
辺野古の海を埋め立てる基地建設に国が着手したのは去年7月
この海兵隊基地の向こうで工事の準備が進められています
(住民たち)帰れ!帰れ!帰れ!帰れ!帰れ!
基地に反対する人たちは工事に関係する車両が進入できないよう抵抗を続けますが機動隊の制圧行為で負傷者が出たこともあります
明記者自身も去年11月機動隊員に力ずくで排除され眼鏡を壊されました
「琉球新報」は紙面で警察を批判しました
機動隊の方たちっていうのは体も鍛えてるし…。
ちょっとでもやられたら公務執行妨害で逮捕することも可能なのでこの…力関係が全然違うんですよね。
なのでまあ権力を持っている側の…もし押してケガさせたりとかあった場合はやっぱり厳しくどうしても見ていかないといけないのかなと思ってます。
今から20年前海兵隊員による少女暴行事件を機に県民の基地への怒りが爆発し日米政府は市街地にある普天間飛行場を返還することで合意しました
その移設先が辺野古とされたのです
基地の県内移設に反対して当選した仲井真前知事でしたがおととし12月一転して巨額の予算と引き換えに辺野古の埋め立てを承認しました
これはいい正月になるなぁというのがまあ私の実感です。
この時「琉球新報」は県民の7割が辺野古基地に反対していることを踏まえ社説で「県民を愚弄する歴史的犯罪といえよう」と最大級の言葉で批判し知事に即刻辞任を求めました
辺野古の新基地計画は日本政府が巨費の税金を投じて海を埋め立てアメリカのために軍事基地を提供するものです
V字型の滑走路を備え普天間よりも基地の機能が強まります
埋め立てられる海域には沖縄防衛局がすでにブロックを沈めています
周辺には貴重なサンゴ礁が広がり絶滅危惧種に指定されているジュゴンやアオウミガメの生息も確認されています
政府が沖縄県と集中協議をする1か月の間工事は中断していましたが反対する住民たちは辺野古で監視と抗議の意思表示を続けました
8時15分になります。
黙とうをささげます。
黙とう。
広島に原爆が投下されて70年目を迎えたこの日抗議行動の手を止めた住民たちが広島に向けて黙とうをささげる様子を明記者は取材していました
・どうもご協力ありがとうございました。
今日黙とうをしてたんで朝刊は黙とうがいいですよね。
取材の合間に撮影用の脚立を椅子代わりにして原稿の執筆に取りかかります
まず写真がうまく撮れているかどうかを確認して本社に送ります
入社2年目の明記者
まだすらすら書くというわけにはいきませんが記事の視点は決まっていました
涙流してる方もいらっしゃいましたので黙とうささげながら。
基地に…新しく基地造られるということに反対してるのは戦争に反対したいという思いを持ってる方も多いのでやっぱりそこは沖縄のことだけじゃなくて広島で被爆した方にも黙とうささげるというのを…気持ちをこうまあ…。
なんていうんですか…反映してそこに焦点を当てて書きました。
辺野古問題取材班は毎日原稿を送っています
黙とうの記事は大きな扱いではありませんでしたが翌日の社会面に掲載されました
辺野古での取材は続きます
この日「琉球新報」の編集局に市民から貴重な情報が寄せられました
米軍の動きに関する特ダネです
・政治部からお願いします。
(松永さん)はい。
えっと「津堅島訓練水域で米軍が今日午前通告なくパラシュート降下訓練を実施しました」。
基地問題の取材を指揮するのは…
翌日の紙面を決める夕方の会議で米軍が通告なしにパラシュート訓練を行ったというニュースを大きく扱う方針が決まりました
現場に急行したのは明記者でした
写真撮影に成功したという明記者に松永さんが詳しく尋ねます
はいもしもし。
明?お疲れだったな今日な。
あっお疲れさまです。
それでねあの〜島袋良太が書いた記事で…。
はい。
現場の状況を書いた所でね…。
はい。
「その後兵士が上陸し」ってあるわけ。
はい。
でそこがさあまりにさはしょられちゃっててさ。
ああ…。
一体着水したあとどういうふうに上陸したのか…。
ボートに乗ったの?そうなんだね。
はい。
明記者が到着した時米兵はボートで海岸に向かっていました
情報を提供してくれた市民がその前に撮った写真にはパラシュートが5つ写っていましたがその1つが兵士ではなかったといいます
ボートも落下させたの?はい。
あの〜…。
遠くになんかしぶきが上がってるやつ?はい。
これがボートかもしれないってこと?はい。
ちょっと待ってよ…。
あっこれか!はい。
(松永さん)あっこれがボートかもしれないわけね。
はい。
パラシュートが着水した時の水しぶきが1つだけ大きかったことに気付いた明記者
兵士だけでなくボートも一緒に下ろしたものと考えました
過去のパラシュート訓練では子供が死亡する事故が起きていて事前通告なしに行われた今回の訓練は大きな問題をはらんでいました
ああ〜それって…それが大きいんじゃないの?いや物体をさ…。
はい。
送っちゃってるじゃん。
人間じゃなくて…。
はい。
より…。
うん。
だって危ねぇじゃんそれ制御できねぇんだもん。
人間だったらさ硬くねぇからさまだいいけど。
ああ〜。
細かくさ当時何が起きたのか…。
はい。
それをさ細かくさ社会面で一本さ記事にして書かない?その状況を細かく説明して…。
(松永さん)そういうのをさたくさん書いてよ社会面で。
本記ではさ分かんないから何が起きたかね。
ああ〜。
何行?ええ〜何行でも。
60ぐらい?60…。
50行ぐらい?50行ぐらいにしましょうか。
50行ぐらいでちょっと書いてそれ。
証拠の写真と共に市民の安全を脅かす行為として「琉球新報」は大きく取り上げ米軍を厳しく批判しました
当たり前のことを当たり前に取材をして大事だなと思うことを記事にしてるだけなんですけどね。
でもそれが全国から見ると特異に見えたり激しく見えたり先鋭化してるなんて言われたり。
いやそんなことない…普通の日常的な出来事を取材してるだけなんですけどね。
全国とおんなじぐらい平和な社会になれば偏向報道と言われなくなると思うんですけどね。
沖縄にはガマと呼ばれる洞窟が多くあります
戦時中ここに逃げ延びた大勢の住民が非業の死を遂げた場所です
休日には「琉球新報」の若い記者が沖縄戦に詳しい先輩に連れられてガマを訪ねています
このガマの空間ではいろんなうめき声ですね…食料もないものですから「うう〜」とか「ああ〜」とか「アンマーよ〜」と…アンマーというのは「お母さん」という意味ですけど大の大人が「アンマーよ〜」と言ったり訳の分からないことを叫んだりという。
で死体からはうじが湧いてきますのでその臭いとかですねものすごい強烈な臭いだったそうです。
激戦地の糸満市にはこうしたガマが240か所あり集団自決に追い込まれた住民も大勢いました
学徒看護隊が身を寄せたこのガマでは多くの少女たちが命を落としました
兵隊さんと一緒に入ってましたよね?確か。
(志良堂さん)そうそうそう。
学徒がいて…。
(阪口さん)もうここまで入ってたんですか?うん。
でも戦後学徒の人たちが収集しに来た時に大きな大人の人の骨に抱きかかえられるようにして小柄な女学生の骨があったという…。
米軍の火炎放射器で焼かれたとみられる木片や軍人の靴底
70年前の沖縄戦の遺品が今も残っていてそれらに触れることで沖縄戦の悲惨さを肌で感じ取ります
・名前刻まれてるな。
「散錠」…。
薬箱?あっ薬かな。
あっ!あっ薬だ!あっ薬の…。
あっなるほど。
(阪口さん)なんの薬だ?大阪にいた時にその〜沖縄に来て体験者の人の話を聞いたんですよ。
その時になんか何も知らなくて…自分が沖縄戦のこと知らなくてすごい恥ずかしいと思ってそれでこの人たちの体験したことを誰か語り継いでいかないといけないなと思って。
沖縄で新聞記者をやりたいと思ったきっかけです。
住民を巻き込み国内で唯一の地上戦が展開された沖縄戦
当時日本軍は米軍をあえて上陸させ島に引き入れました
本土決戦に備えるために沖縄を防波堤のようにした作戦は捨て石にしたと言われ県民の4人に1人およそ12万人が犠牲となる結果を生みました
沖縄の人々にとって沖縄戦は絶対に忘れることのできない出来事で戦後70年の今も語り継がれています
8月11日名護市辺野古の基地をめぐる国と県の第1回集中協議を翌日に控え翁長知事と菅官房長官が那覇市で顔を合わせました
政治部で基地問題を担当する…
多忙な1か月が始まりました
実家は嘉手納基地のすぐ近くです
今年3月まで「琉球新報」のワシントン特派員でした
アメリカ政府や米軍の要人たちにも取材をしてきました
・改めて明日具体的にどのような協議内容に・話をしようと考えてますか?
(翁長知事)いやもうある意味で…。
この1か月の集中協議で国は歩み寄るのか
島袋記者はアメリカ政府の関係者たちの多くが辺野古の基地問題は日本の国内問題と責任を回避しているため問題の解決は容易ではないと思っていました
12日いよいよ翁長知事と菅官房長官の1回目の辺野古集中協議が始まろうとしていたその時島袋記者の携帯が反応しました
(メール着信音)
(島袋良太さん)まじだ。
午後2時前米軍のヘリが墜落事故を起こしたのです
艦船の甲板で機体が折れたヘリの無残な姿が上空からの撮影で確認されました
翁長・菅会談の取材に追われていた編集局は更に騒然となりました
米軍は情報をまったく出さないため取材は難航しました
もしもし?ちょっと待ってね今見るからね。
伊計島にいちばん近いから。
伊計島とか浜比嘉とかあの辺の。
伊計島とか浜比嘉島がいちばん近いからあの辺の漁民とか…。
漁民とか島民とか。
(松永さん)なんかさあれだな情報錯そうっていうの一本立てた方がいいんじゃねぇの?人数も違うし最初。
ヘリもどんどん機種変わっていくし。
特殊作戦的な感じだな。
米軍は自分たちでリリース出してない?
(松永さん)まだ出してないでしょ?・出してない。
断片的な情報をつなぎ合わせ電子版の速報記事を次々に更新する作業が続きました
しかしやはり米軍からの正式な情報は出てきません
沖田ドキュメント?まとめ…ドキュメント。
じゃあ沖田にドキュメントまとめて渡してもらえる?
米軍から救助の要請を受けた海上保安庁の発表でケガ人が出ていることが分かってきました
基地担当の島袋記者は集中協議の取材を同僚に任せて沖縄県庁の記者クラブで取材に当たりました
すぐに嘉手納基地などに英文のメールで質問状を送りましたが事故発生から5時間余りがたってようやく米軍のリリースが届きました
どっから出てるの?陸軍?在日米軍…USFJだから在日米軍横田。
横田から。
ところが米軍のリリースに「墜落」という言葉は一切なく「ハードランディング」激しい着陸と説明してあったのです
米軍機の墜落は一つ間違えば大惨事になるにもかかわらず日本側は一切タッチできないブラックボックスそのものです
一部情報でこの事故の機体に自衛隊員が乗ってたという話があります。
(松元さん)コンテナ船の関連でテロ対策の訓練だったんじゃないかという情報もあると。
(松永さん)ああ〜。
だからコンテナ船着艦しようとしてるわけ?
(松元さん)コンテナ船が乗っ取られたとかコンテナ船が…そういうやばい現場に自衛官が乗り合わせていたということだよね。
1959年にうるま市の小学校に米軍機が墜落
児童ら17人が犠牲となった事故をはじめ本土復帰後も毎年のように墜落事故が起きています
幼い子供を抱えて編集局に駆けつけた記者もいました
翌日の朝刊は翁長・菅会談をおいて米軍ヘリ墜落事故で大展開です
・うぅ…うわぁ〜ん!・うわぁ〜ん!
(松永さん)大丈夫よ。
お母さんいるよ。
うわぁ〜ん!・大丈夫?・怖いね怖いね。
ごめんね。
うわぁ〜ん!
(松永さん)怖いよね。
寂しいよね。
・びっくりしたね。
ごめんごめん。
うぅ〜…。
(松永さん)ねえ〜怖いよね。
怖いね。
怖いおっちゃんばっかりだね。
原稿がなかなか上がってきません
ちょっと早めに出して。
よろしく。
まだ時間あるけど…あいつ遅いんですよねいつもね。
島袋記者は締め切りが近づくなか情報収集に時間を取られまだ一行も書けていませんでした
あっ課長度々すみませんもうほんとに遅い時間に。
確認したら防衛局が連絡したっていうのは…。
取材を進めるなかで米軍ヘリの定員に注目しヘリに乗っていた人数との照合を進めて貴重な情報を入手しました
その間にも本社の松永部長はしびれを切らしていました
松永さんに電話した方がよさそう?ああ〜やばい絶対そろそろ…。
電話したくない。
あっえっと…ああ〜この状況ですよね?はい。
はい。
ええ〜自衛隊が乗ってたということと定員オーバーのやつですかね…。
可能性があって。
定員オーバーか。
ああそうか。
なるほど。
うん。
あっそれも入れた方がいいな。
うん。
分かった。
島袋記者は墜落したヘリには定員を超えて米兵や自衛隊員が乗っていたことを突き止めました
分かった分かった。
それリード入れるわちゃんとな。
独自ネタです
うんうん。
いいよいいよ。
はい。
オッケー。
はいお疲れさん。
怒られなかった。
そろそろどなられるかと思った。
米軍のブラックボックスに針の穴を開けるように取材するのが基地担当の役割です
くしくもねヘリの基地を造る辺野古移設協議を国と政府が協議する日に起きてるわけですからまさに沖縄の象徴的な出来事がね起きたというか。
そういう基地を抱えなきゃいけない沖縄の現実だと思うんですよね。
(松永さん)印刷しなきゃだめだなもう。
ちょっと電話するわ。
良太本記入れなきゃだめだよ。
もう時間だよ。
あとどれぐらいで入れれるの?5分以内ね。
社会部だ。
よろしく。
滝さん5分後。
・5分後?
(松永さん)5分後に入れるって。
日付が変わろうとしているのに一面にはまだ空白が残っていました
印刷に回す締め切り時間が目の前に迫ってきました
しかし正確な情報を入れ込もうと原稿の手直しが続いていました
整理部ではデスクが紙面の最終チェックに入り社会部のデスクたちも加わって緊張感はピークに達していました
うんオッケー。
2社行って。
・はい。
お願いします。
米軍ヘリ墜落は最大級の見出しで報じられました
島袋記者の定員オーバーの記事はテロ対策訓練中だった事実と合わせて続報として報じました
紙面からは米軍をチェックする使命感がにじんでいました
4年前「琉球新報」は防衛省の出先機関沖縄防衛局に激震を走らせました
トップの局長が記者たちとの懇談の席で「辺野古の埋め立て計画を進めるための書類をいつ提出するのか」と聞かれ「犯す前にこれから犯すと言いますか」と発言したのです
女性へのレイプになぞられた問題発言でその場には9社の記者がいました
しかし非公式取材つまりオフレコとされていたため発言を記事にしたのは「琉球新報」だけでした
政治部記者としてその席にいた内間健友さん
書くには少しためらいはあったとしながら当時を振り返ります
やはり自分の中でもう聞いた瞬間頭が真っ白になったというか怒りが込み上げてきてですねでこれ…こういう発言許されるのかと思ってですね。
県民の反発が非常に強いなかでああいう発言したもんですから何かその…ほんとにちゃかされてるっていうか…。
内間さんから連絡を受けたのは当時政治部長だった松元剛編集局次長です
オフレコの席での発言だと聞かされました
3分だけ時間をくれと言って電話を一旦切ってちょっと内間待っとけという話をして少し腕組みをして考えて。
この暴言を伝えないという判断をするならば読者への背信行為にもなるんじゃないかとまあそういうことをやはり考えましたねその時は。
その夜内間さんは防衛局に通知したうえで原稿を書きました
そのまま一睡もできず朝を迎えたといいます
「琉球新報」の報道後東京の大手紙が追いかけて報じその日のうちに局長が更迭される事態へと急展開しました
内間さんが書くことを決断しなければ闇に消えていた発言でした
僕はこの暴言の問題が大きいことでそこに問題意識持ってたんですけどもそうすると今度全国紙とかでは…全国の報道ではオフレコを破ったっていうのに焦点が当たってですねそこはとてもなんか発言自体の問題っていう意識だったんで僕にとってはちょっと…なんか違和感がありました。
その後ほかのメディアからは取材先との信頼を損ねるなどの批判も浴びました
一方で「琉球新報」には読者から2日間で100本近く激励する電話が寄せられました
そのオフレコの発言にとっても応援してますよっていう反応が…こういう反応が結構あってですね。
(スタッフ)読者から?読者からですね。
自分の中ではこんなに読者から激励の声をもらったっていうのは初めてですね。
だから間違ってなかったんじゃないかなというふうに思ってます。
県外への基地移設の話に立ちはだかるのが「抑止力」としての必要性です
しかし地政学的に沖縄でなければならず海兵隊が抑止力に不可欠という説には米軍を含む軍事専門家からも否定する声が上がっていて翁長知事も同様の反論を続けています
沖縄にはもう一つの地元紙「沖縄タイムス」があります
「琉球新報」とはシビアなライバル関係にありますが米軍基地をめぐって政府を真っ向から批判する紙面作りは共通しています
米軍の施政権下にある時から一緒なんですけれど一方に絶対的な権力を持っている権力者がいるわけですよ。
で一方にはその基本的人権すら守られてない人々がいると。
その時にまあよく…公平な報道中立でどっちの言い分も言えということがほんとに公平なのかと。
やっぱり明らかな力の不均衡がある場合には弱い側の声をより大きく取り上げるべきじゃないのかっていうことです。
まあこのへんがだから偏向だと言われるんでしょうけどもう力の不均衡がある以上は弱者っていうか弱い者に肩入れする。
弱い者の声を代弁することこそメディアの方からは責任っていうかあるべき姿だというふうに思ってます。
沖縄本島からフェリーで30分ほどの離島5000人余りが住む伊江島です
基地反対運動の原点はこの小さな島にあるといわれています
沖縄戦では米軍の上陸を阻もうとして1500人もの島民が命を落としました
米軍占領下の1950年代やっとの思いで家や畑をよみがえらせた島民に対し米軍は銃口を突きつけブルドーザーで強引に家や農地を奪ったのです
基地建設のために島全体の63%が米軍に強制接収されました
島民たちはたった1台のカメラで闘いを記録し続けました
奪われた土地
座り込んで抗議し米軍の横暴を訴えました
非暴力を基本とした抵抗を続けました
この島ぐるみ闘争は今も沖縄の人々の心に受け継がれています
辺野古のゲート前では出勤する前に1人でプラカードを掲げる人たちがいます
デモに参加できなくてもやめることなく基地反対を訴え続けているのです
自由を守ろう!
(住民たち)自由を守ろう!自由を守ろう!
(住民たち)自由を守ろう!
(松永さん)おはようございます。
8月29日辺野古の基地建設をめぐる4回目の集中協議がこの日予定されていました
政治部長の松永さんは休日出勤です
もしもし「琉球新報」です。
あっああ〜もしもし島袋です。
おお〜良太。
うんお疲れさん。
ああ…おはようございます。
あの…えっと〜…。
早速電話を掛けてきたのは基地担当の島袋良太記者
速報記事の打ち合わせでした
あの…土曜日ですけど菅さんが来たんでいろいろなんかあちこち回る日程を組んでますんでその視察の場所を見ても政府の意図というかそういうものを感じる旅だと思いますね。
菅官房長官は那覇空港から自衛隊機に乗り海兵隊の北部訓練場や普天間飛行場を視察した後に翁長知事と協議することになっていました
基地担当の島袋記者は協議が行われるホテルの前で原稿の準備に追われていました
菅官房長官は知事との協議を前に自民党沖縄県連や保守派の市長らと面談し情報交換をしていました
そこで菅長官が話したというある決定的な発言を彼はつかんでいました
大詰めとなってきた4回目の集中協議
東京の政治部記者たちも官房長官に随行してきて会場はごった返していました
冒頭撮影は僅か数分
記者たちはすぐに追い出されます
翁長知事は硬い表情を崩しませんでした
電話は松永さんでした
もしもし。
あっはい今送ります。
この日重要な局面にさしかかっていました
実は官房長官は知事と会う前に「辺野古の工事を再開する」と保守派の市長らに発言していたのです
残る1回の協議を待たずしてもう結論は見えていました
もうちょっと明日からはほぼ交渉決裂みたいなトーンを少し強めてった方がいいかなと。
あと1回…あと1回しかないのにもうこういう発言が出てきているんで。
で今日も平行線みたいになって…あと1回なんで。
分かった。
いっぱい書いていいよ。
ああ〜分かりました。
あの…全文でもいいよ。
ああ〜はいはいはい。
入ると思うから。
分かりました。
よろしく。
はい。
失礼します。
島袋記者は菅長官に直接なぜ辺野古を抱える名護市長や普天間飛行場がある宜野湾市長に会わないのかと問いただしましたがはぐらかされました
翌日の一面の見出しは菅長官のこの発言でした
今日の新聞を見て沖縄県民ほんとに怒ったと思います。
この1か月間の集中協議っていうのはなんだったのか。
この1か月間辺野古の工事を止めて行われた集中協議は記者たちの予想どおり物別れに終わり政府と沖縄県の対立は決定的になりました
協議決裂後すぐに辺野古の海では工事が再開されました
本格的な埋め立てを目指し事前のボーリング調査が急ピッチで行われます
私はありとあらゆる手段を講じて辺野古に基地を造らせないというそういった意味での第一歩であります。
翁長知事は前知事が行った埋め立て承認の取り消しを表明しました
辺野古埋め立ての必要性はないと述べて国との全面対決への決意を表しました
県庁前で配られた号外には「法廷闘争に入る可能性が高い」として基地をめぐって沖縄県が国に闘いを挑むことが示されていました
(一同)・我らは叫ぶ沖縄よ
(一同)・我らのものだ沖縄は
(一同)・沖縄を返せ
(一同)返せ!
(一同)・沖縄を返せ
(一同)おお〜!
工事が再開された辺野古で取材を続ける明記者です
この先何年辺野古での取材が続くのでしょうか
この1か月間私たちが見つめてきた記者たちに「ペンの力を信じますか?」と聞いてみました
何がいいのかっていうのは新聞が決めるんじゃなくて…県民が決めるしこれまでも決めてきたから今の2紙が残って。
県民があの…より判断できるような記事を書きたいなと思って書いてます。
故郷にずっと骨をうずめるつもりで生きてきてますしあの〜やっぱり…。
そういうことでいうと郷里の新聞というかですねふるさとの新聞でありたいと思ってますし。
何十年後の未来のために何かを書きたい気がしますね。
・いけた?ほんと?いい感じ?どうだ?えっ?分かった見てみます。
はいお疲れさん。
はい。
なんのために仕事をしてんのかなんで記者をやってんのかといういちばん大切なところだと思うんですね。
それはやっぱり沖縄戦を体験した沖縄でやっぱり戦争を繰り返しちゃいけないという…平和な島をまた戦争の島にしてはいけないというそういう言論をするために沖縄の新聞社は存在してると思うんですね。
ですから戦争から続いてる米軍基地の存在についてはしっかり向き合わないといけないわけで。
ましてや今戦争へと進みつつある日本政府日本の集団的自衛権行使だとかそういうことについて我々はしっかり向き合っていかなきゃいけないと思うんですね。
だからちょっとほかの新聞社と異質って言われても我々にとってはそれは基本中の基本。
当たり前の作業。
偏向報道と言われたってそれは別に我々は偏向なんかしてなくて。
先輩なんか言ってたんですけど沖縄戦の体験者に話を聞いたりとか結局…。
沖縄の新聞社っていうのは…。
その…。
取材することをですね…。
先輩から学ぶんじゃないんですよ。
沖縄戦で…つらい思いした人から取材を学ぶんですね。
私もそうでしたし。
だから沖縄の新聞社は沖縄戦のこと忘れちゃいけないと思います。
この郷里から二度と戦争の犠牲者を出してはならない
基地のいらない島を未来に託したい
多くの県民が抱くその思いを踏みにじる相手にはどこまでもペンの力で対抗する
沖縄の新聞記者たちは書き続けます

(咲雪)うぅ…うっ…。
2015/09/28(月) 01:05〜02:05
MBS毎日放送
映像’15「なぜペンをとるのか〜沖縄の新聞記者たち」[字]

沖縄で最も古い新聞『琉球新報』に密着。いま政権与党から敵視される新聞はどんな思いで、何を目指して記事を書いているのか…。新聞が本来果たすべき役割とは何かを考える

詳細情報
番組内容
今年6月、自民党の勉強会で安保法制をめぐって、講師として招かれた作家の百田尚樹氏が「沖縄の新聞2紙は絶対潰さなあかん」と発言、長尾敬衆議院議員も「沖縄は左翼勢力に乗っ取られた新聞の牙城で世論がゆがめられている」と述べていたことが発覚し、報道への圧力として批判を浴びた。名指しされたのは「琉球新報」と「沖縄タイムス」…米軍基地に対しては一貫して縮小を主張、辺野古移設についても反対の論陣を張っている。
番組内容2
「報道は公正中立であるべき」といわれるが、そもそも報道における中立とは何なのだろうか。メディアは誰のため、何のために報道するのか、その根本が今問われている。本土ではほとんど知られていない沖縄の新聞。番組では、今回の「潰せ」発言を機に、「琉球新報」の1か月を密着取材。新聞社の内部に入り込み本土との温度差を浮き彫りに、本来メディアに求められる役割を問い直し、日本の民主主義のあり方に直結する問題を考える
出演者
【ナレーター】
宮城さつき
おことわり
番組の内容と放送時間は、変更になる場合があります。

ジャンル :
ドキュメンタリー/教養 – ドキュメンタリー全般
ドキュメンタリー/教養 – 社会・時事
福祉 – 文字(字幕)

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