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産経のコラム

産経新聞が、NHK番組「ハートをつなごう」を叩くコラムを掲載しています。
http://sankei.jp.msn.com/culture/academic/090117/acd0901170336000-n1.htm

この「ハートをつなごう」という番組は、LGBT(レズビアン、ゲイ、バイセクシュアル、トランスジェンダー)などのセクシュアルマイノリティの生き方を応援する番組です。
http://www.nhk.or.jp/heart-net/hearttv/
私を含めて、当事者たちから「こういう視点が欠けている」「ここはおかしいんじゃない?」などの意見も番組に寄せられていますが、番組制作者の方も真摯に対応してくださり(番組ホームページにはさまざまな意見が掲載されているし、制作者とのトークイベントも良い内容でした)、当事者たちの間からは総じて好意的に、そして画期的な番組だと認識されていると思います。

ところが、産経のこのコラムを書いている人は、「不遜(ふそん)なリベラル思想教育を、公共放送が「特設」で担う。なぜ(拙著新刊以外)誰も問題視しないのだろうか。 」と問題視しています。

私は映画「刑法175条」と見た直後に、このコラムを知ったので、とてもがっかりな気持ちになりました。


(以下、転載)
NHKが考える「性のありよう」

 今月のNHKスペシャル「女と男」が面白い。「最新科学が読み解く性」と題し、ドラマを交え「男女の違いは性器だけでなく、脳や寿命にまで及ぶ」と報じる。

 まず、11日放送回で「男女の違いは(中略)無意識のなかに深く根ざしており、日常生活のなかで深刻な影響を与えやすい」と警鐘を鳴らした。

 翌日には「女と男の違いの最新研究を通して人間の歩んできた道筋を辿(たど)るとともに、医学や教育などで始まっている、男女差に注目する新たな潮流」を紹介した。

 18日放送予定の最終回「男が消える? 人類も消える?」が楽しみだ。と言いたいところだが、一抹の不安が残る。

 なぜならNHKが「性のありようをもう一度考えてみる」「LGBT特設サイト?虹色」を掲げているからだ。

 LGBTはレズ、ゲイ、バイ、トランスの略。「いろんなセクシュアリティーのかたちや価値観が社会にはあります。境界線がなくて、少しずつ違っていく色、性ってそんなイメージかもしれない。だから『虹色』と名づけました」と公言する。

 以上は、教育テレビの人気番組から生まれた。不遜(ふそん)なリベラル思想教育を、公共放送が「特設」で担う。なぜ(拙著新刊以外)誰も問題視しないのだろうか。

 人間は男か女に生まれる。性別は選べない。被造物の分際で性の「境界線」をなくすなど、不遜な冒涜(ぼうとく)であろう。「進歩派」を気取るなら「最近科学」も学ぶべきだ。せめて自局番組は見てほしい。(評論家)

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刑法175条

ナチスによる同性愛者迫害の証言を集めた映画「刑法175条」を見た。
現在80、90代のお年寄りたちが、泣くまいと必死になって口を真一文字にしながら証言し、それでも溢れてくる怒りと悲しみの感情を抑えることができず、ブルブルと震えている。
私は「動物農場」に引き続き、またしてももらい泣き。
自分が同性愛者であるということも、「先輩たち」の無念に強く思いを馳せる要因となった。

共和制下のベルリンで、同性愛者たちは生き生きしていた。
クラブやダンスパーティーが華やかに行われていた。
当時から、同性愛を罪とする「刑法175条」は存在していたが、ほとんど形骸化され、廃止運動も起こっていたほどだった。

ところが、ナチスが出てきて、じわじわと迫害を始める。
レズビアンの女性はこう証言する。
「最初は鼻で笑っていた。ヒトラーという変な男を、国民が支持するはずがないって。」

その女性はユダヤ人でもあり、間一髪のタイミングでイギリスに出国することができて、迫害の難は逃れたが、ドイツに残った家族はみんな死んだという。

同性愛者たちは噂や雰囲気でさえも「証拠」とされて、ピンクの三角ワッペンを貼られ、収容所に送られた。
収容所では、ナチスの親衛隊や他の囚人たちからも差別を受けてきた。
ドイツ人でキリスト教の同性愛者は、処刑は免れたものの、医療実験などをさせられ、結局は3分の2くらいは死んだという。

収容所に入れられたゲイの男性は語る。
「逮捕され、拷問され、レイプなんて当たり前だった。300人くらいいる囚人達の前で、友人がシェパードに食い殺された」
「なぜ戦後40年もだまっていたと思う?尻に25センチの棒を突っ込まれて、今でも血が出るんだ。こんなこと恥ずかしくて話せるか?」

また、あるゲイ男性はこう語る。
恋人を収容所から救い出そうとして、外に連れ出すまでは成功した。ところが、恋人は「家族を見捨てられない」と言って踵(きびす)を返した。
男性は失意のまま、反対方向に歩かざるを得なかった。頭の中は真っ白だった。
その日のこと、そのときの場所、忘れられない体験であると言う。

そして驚くべきなのが、刑法175条は、戦後になっても東西のドイツで生き続け、有罪判決が出されていたという。映画では、戦後も3回も逮捕されたゲイ男性も登場する。法律が廃止になったのは1994年(映画パンフレットより)。2008年になってようやく、ベルリンのホロコースト記念碑のそばに、同性愛者の慰霊碑が建立されたという。

証言する同性愛者たちは、「過去のことだ」とは言うけれど、まなざしから怒りと悲しみは消えていなかった。圧倒的な不正義の前に、「和解」だの「赦し」だのという言葉は出る幕ではない。
怒りを怒りのまま持ち続け、「落とし前」をつけること、私はそれを、暴力や報復ではない手段でやらなければいけないと思った。

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「虹色」とは言い得て妙なり

性の多様性を表す色として虹色が用いられることが多いが、ほんとに虹色だなあと実感することが多い。
誰一人として同じ性自認・性指向は無いし、同一人物が年代によって虹色に変化する。
作家の松浦理英子さんの文章にうなずくことしきり↓

「私はへテロセクシュアルと呼ばれる人で、特にサディズム、マゾヒズム、各種フェティシズム等々の「逸脱」した性嗜好を持たないとされている人たちだって、まずたいていの固有の性的偏向があるんじゃないか、と思っています。たとえば、「性行為の喜びは征服の喜び」「セックスで得られる一体感が好き」といった比較的よく耳にする嗜好だって、同じ嗜好のない人たちにとっては摩訶不思議なものでしょう。だから自分のセクシュアリティはノーマルだとか平凡だとかいうふうに思っていないで、「すべての人間はセクシュアル・マイノリティである」という自覚を持つべきなんですよ。

振り返ってみれば、孤独だと思っていた我が周辺のヘテロ世界にも、たくさんのセクシュアリティがあることに気づく。
メガネかけた顔に萌えるとか、
恋人が他の異性に見られているのを見るのが好きだとか、
年齢の離れた人を好きになるとか、
外国人が好きだとか、
繊細な指が好きだとか、
手術の跡が好きだとか、
まあ出てくるわ出てくるわ、実に様々である。
そう考えると「女が好き」という自分のセクシュアリティも、大して珍しいものでもないのかもしれない。
いや、本来、そう在るべきだ。

そんなセクシュアリティの一つに「Aセクシュアル」というものがある。
性的欲求そのものが無い、もしくは薄い人。
男女のどちらも性的欲求の対象としない人のことである。

友人の柚子茶さんはAセクシュアルを自認する一人なのだが、先日のNHK「ハートをつなごう」について、「あの特設サイトは恋愛やら結婚やら家族やら、色々な愛や性を肯定するメッセージがあるので、
それらを抵抗感や嫌悪感持っている私らにとっては見るのが辛い」と述べている。

詳しくは柚子茶さんのブログ↓
http://blog.livedoor.jp/jima_ani/archives/cat_50028648.html

私も、この番組の良さを認めつつも、違和感があった。
それは、セクシュアルマイノリティ自身も、「結婚」「パートナーシップ」「恋愛」ということに捕われすぎているということである。

そういうことに価値を置かない人たちの存在を、次回の「ハートをつなごう」ではぜひ期待するところである。

振り返れば我が身も、恋愛感情や性的欲求がまったく無い時期というのがあったし、これからもあるだろう。
人生は虹色、グラデーション。
そもそも常時恋愛・発情していられるほうが異常なのかもしれない。

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投稿が掲載されました

一つ前の日記に書いた件で、
NHK「ハートをつなごう」のサイトに、
投稿したメールが掲載されました。

http://www.nhk.or.jp/heart-net/message/07/07_0017.html

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理想主義者と言われようとも

もし我々が空想家のようだと言われるならば、
救い難い理想主義者と言われるならば、
出来もしないことを考えていると言われるならば、
何千回でも答えよう、「その通りだ!」と。
(チェ・ゲバラ)

turibito.jpg

NHK「ハートをつなごう」第2弾を見た。

1日目は、近々結婚式を挙げるレズビアンカップルが登場した。
彼女達が今に至るまでに、悩み苦しんだ経緯も語られた。
いい番組だ。

でも、パートナーシップについては私はひとこと言いたいことがあり、
それを書いて、「ハートをつなごう」番組サイトにメールした。
それは、同性愛者が異性愛者の制度にのっかるのではなく、
異性愛者の特権制度そのものを解体すべきではないか、ということである。
さて、この投書が取り上げられるかどうか…

↓↓

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レズビアンです。
このかん「ハートをつなごう」では同性パートナーについて取り上げられてきましたが、
私は、同性のパートナーシップ制度の充実を求めるよりもむしろ、
誰もがシングル単位で生きやすい社会を目指すべきだと思います。
同性愛者が、異性愛者の制度(結婚)に近づくのではなく、
結婚制度そのものを考え直した方がよいと思います。
介護の問題にしても、家族の力に頼るのではなく、
もっと公的なサービスを充実すべきです。
同性愛者は、なかなかパートナーとの出会いが少ないという現状もあり、
特にレズビアンは、女性という社会的地位にあるので、
ゲイ男性よりも貧困率が高いです。
パートナーがいてもいなくても、同性愛者でも異性愛者でも、
男でも女でも、誰もが生きやすい社会でありたいです。

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