性の多様性を表す色として虹色が用いられることが多いが、ほんとに虹色だなあと実感することが多い。
誰一人として同じ性自認・性指向は無いし、同一人物が年代によって虹色に変化する。
作家の松浦理英子さんの文章にうなずくことしきり↓
「私はへテロセクシュアルと呼ばれる人で、特にサディズム、マゾヒズム、各種フェティシズム等々の「逸脱」した性嗜好を持たないとされている人たちだって、まずたいていの固有の性的偏向があるんじゃないか、と思っています。たとえば、「性行為の喜びは征服の喜び」「セックスで得られる一体感が好き」といった比較的よく耳にする嗜好だって、同じ嗜好のない人たちにとっては摩訶不思議なものでしょう。だから自分のセクシュアリティはノーマルだとか平凡だとかいうふうに思っていないで、「すべての人間はセクシュアル・マイノリティである」という自覚を持つべきなんですよ。
振り返ってみれば、孤独だと思っていた我が周辺のヘテロ世界にも、たくさんのセクシュアリティがあることに気づく。
メガネかけた顔に萌えるとか、
恋人が他の異性に見られているのを見るのが好きだとか、
年齢の離れた人を好きになるとか、
外国人が好きだとか、
繊細な指が好きだとか、
手術の跡が好きだとか、
まあ出てくるわ出てくるわ、実に様々である。
そう考えると「女が好き」という自分のセクシュアリティも、大して珍しいものでもないのかもしれない。
いや、本来、そう在るべきだ。
そんなセクシュアリティの一つに「Aセクシュアル」というものがある。
性的欲求そのものが無い、もしくは薄い人。
男女のどちらも性的欲求の対象としない人のことである。
友人の柚子茶さんはAセクシュアルを自認する一人なのだが、先日のNHK「ハートをつなごう」について、「あの特設サイトは恋愛やら結婚やら家族やら、色々な愛や性を肯定するメッセージがあるので、
それらを抵抗感や嫌悪感持っている私らにとっては見るのが辛い」と述べている。
詳しくは柚子茶さんのブログ↓
http://blog.livedoor.jp/jima_ani/archives/cat_50028648.html 私も、この番組の良さを認めつつも、違和感があった。
それは、セクシュアルマイノリティ自身も、「結婚」「パートナーシップ」「恋愛」ということに捕われすぎているということである。
そういうことに価値を置かない人たちの存在を、次回の「ハートをつなごう」ではぜひ期待するところである。
振り返れば我が身も、恋愛感情や性的欲求がまったく無い時期というのがあったし、これからもあるだろう。
人生は虹色、グラデーション。
そもそも常時恋愛・発情していられるほうが異常なのかもしれない。