洗礼ダイアリー

文月悠光

洗礼ダイアリー

イラスト 惣田紗希

3

山手線号泣

 電車の中で、女の子が泣いている。扉に寄りかかり、頬を真っ赤にして、小さな肩を震わせている。彼女の身に何が起きたのか。周囲の乗客は、その涙に心を傾け、どこか上の空だった――。
 電車の扉を覗き込む。映っているのは、いつも通りのぱっとしない自分の顔。頬はチークが剥げ落ち、重い前髪は一直線に揃っている。目は少し赤いが、肩は震える気配なし。先ほど、ふた粒の涙がつーっと頬を撫でたものの、それきり涙は止まったようだ。試しにじっと目を細めてみる。出ない。ねえ涙、ここで泣かずにいつ泣くの?

 二十一歳の冬の終わり。前の恋人と別れてから、二年が過ぎていた。大学の友達からは「いい加減、彼氏つくれば?」と呆れられ、仕事相手からは、顔を合わせる度に「詩人は恋愛しないと!」と揶揄された。そう言われるほど、私は反発して「恋愛なんて」と意固地になった。
 極めつけは、元恋人が半笑いで口にした一言だった。
「きみにずっと彼氏がいないの、重いし、責任感じちゃうんだよね。早く新しい人をつくって安心させてほしいな」
 余計なお世話だ。「私に振られたお前が言うな!」という言葉が喉元まで出かかった。同時に、少し悲しくなった。誰とも付き合わないって、それほどおかしなことだろうか。
 そんな二月のある日、唐突に知人の男性から食事に誘われた。彼は二〇代後半、出版社で働き始めたばかりの編集者。仕事の話だろうと思い、会ってみたら、「元彼はどんな人?」「その人かっこいい?」「背が高い人がいいの?」と根掘り葉掘り聞かれて、あわあわと動揺した。怒涛の質問攻めに応じることで精一杯で、向こうの話は何も覚えていない。しかし、世の恋愛というものは、案外こうして始まるものかもしれない。少し踏み込んでみようかな。
 一ヶ月後、二度目の食事は私から声をかけた。相手がどんな人なのか、探りを入れるつもりでいた。彼が案内したのは、ビルの地下にあるベルギービール専門店。店内は薄暗く、壁紙は真っ赤で、二人がけの小さなテーブル席は窮屈だった。椅子は無意味に高く(俗にスツールと呼ぶらしい)、靴のヒールが椅子の支柱に当たってカツカツと鳴るのが恥ずかしかった。
 もうすぐ四年生になる私に、彼は「就活するの?」と尋ねた。「書く仕事を続けたいので、大学院に通おうと思ってます」。すると、彼は真顔でこう告げた。
「就活しよう。ちゃんと社会に出て働いてる人の書く言葉じゃないと、たとえどんなに良い言葉でも、心に響かないよ」
 ひやっとした。黙っている私に「『こんなこと書いてるけど、コイツ、働いてないのか』って思う人も少なくないからね」とすかさず言い添える。ぞわぞわ。タートルネックの中に首を縮める。学生とはいえ、自分なりに色んなものを投げ打って、一生懸命に書いてきた。「社会」という言葉で、今までの努力をへし折られた気がした。
 彼は鞄から、厚みのある月刊誌を取り出し、「このページ、俺が書いたんだ」と指さした。招致活動が注目を浴びていた二〇二〇年東京オリンピックに関する記事だった。私が雑誌を読み込んでいると、「今度送るよ」といそいそとしまわれた。何かを誤魔化されたような、もやもやした感覚が胸に残った。
 店を出て、地上への急階段をのぼり出すと、足がふらついた。思いのほか酔っていることに焦ったとき、前をゆく彼から、いきなり手を握られた。あ、と思い、その瞬間に思考が停止した。彼は私の手を引いたまま、「好きなんだ。付き合おう」と告げた。「もう?」と心底驚いた。たった二度の食事で、一体私のどこを気に入ったんだろう。私は彼のことがわからないままなのに。でも知っていくのはこれからだよね、と思い直し、頷いた。途端に抱きしめられ、キスされた。絶句する。キスってこれでいいんだっけ? 正しい息継ぎの仕方は......とキスの形ばかりが頭を巡る。彼は今までの丁寧な態度を崩し、馴れ馴れしくこう訪ねてきた。
「きょうは泊まっていく? このまま帰る?」
 え、泊まるの? 驚きを超えて頭がくらくらした。でも動揺する素振りを見せては、コドモだと思われてしまう。何もかもわからないまま、ひきつりそうな口で「カエリマス......」と呪文のように唱えた。
 帰宅後の電話で、ペースを合わせて欲しい、とやんわり伝える。「大事にしなくちゃいけない人だと思ってる。だから、文月さんを傷つけることはしないよ」と彼は言った。私はその台詞を心の中で繰り返し、「逃げちゃダメ」と自分に言い聞かせた。怖いけど、向き合わなきゃ。ちゃんと恋愛しないと......。あれ? なんで私、恋人のことを考えながら歯を食いしばっているんだろう。なんでこんなに憂鬱なんだろう。

 次の週、彼から「今夜会える?」と電話がかかってきた。会う時刻を尋ねると「十一時ごろ」。十二時に終電がなくなるのに? という心の声が漏れた。「明日は予定ある?」と聞かれ、「ないです」と返すと、彼は嬉しそうに「そっか」と相槌を打つ。その声に薄ら寒い気持ちになり、慌てて告げた。「今日は遅いので、また今度」。そんなやり取りの過程で、関係はぎくしゃくしていった。「俺が信じられないの?」と届いたきり、メールは途絶えた。私は気が重いのを振り切って「ごめんなさい。直接お会いして謝りたいです」と返事を送った。
 日曜日の夕方、新宿駅東口の改札口で彼を待った。季節は春先、桜の咲き始める頃だったが、緊張のためにとても寒く感じた。手袋がないことを悔やみつつ、冷え切った手を握り、立ち尽くしていた。
 やがて彼は来た。改札の中に私を呼び出し、足早に十五番線ホームへの階段を上りはじめる。訝しく思い、「どこかに行くんですか?」と尋ねると、「いや、どこにも行かないよ」と低い声で返される。花粉症防止の厚いマスクに覆われ、彼の表情は読み取れない。私は焦りながら、その横顔についていくほかなかった。
 ホームの半ばまで来ると、彼は鋭い目で私を見下ろし、「俺の何が嫌だったの?」「何が信用できない?」と矢継ぎ早に問う。違う。私は怖いのだ。好意の奥に透けて見える、あなたの欲望が怖い。まごつく私に、彼は語気を強めた。
「何が言いたいの? はっきり言ってくれないとわからない」
 私は恥ずかしさで死にたくなりながら、声を絞り出した。
「異性と寝るためのお付き合いだったら、嫌だなあと思って」
 彼は光のない目で私を見た。
「――わかった。帰ります」
 そう告げると、彼は駅のプラットホームを引き返していった。帰るって? 呆然とする内に、彼の背中は人ごみに消えた。「こんなときって、追いかけるものなのかな......」とホームの端までのろのろと歩く。すでに彼の姿はない。ホームの突端で途方に暮れたとき、電車がライトを灯し、こちらに迫ってきた。車輪の軋む音と、身を切るような風を連れて、黄緑色の山手線が走り込む。私は彼に置いていかれたのだ――。遅れてやってきた実感に、手が震えた。
 電車を何本か見送ったあと、池袋行きの山手線に飛び乗った。扉の横の手すりを握り、車窓の景色に目を向ける。夜の新宿が滲んで、熱い涙がふた粒こぼれた。どうして「大事にする」と約束した人が、こんな仕打ちをするのだろう? それはきっと、私が彼を怒らせ、傷つけたから。悪いのは私? ぎゅっと舌を噛み、扉に映る自分の顔を見つめる。涙に溶けたアイラインが、頬にふた筋の黒いあとを残していた。

 電車の中で泣いている女の子。そのイメージに、私はえも言われぬ憧れを抱いていた。十五歳のとき、親友が彼氏に突然別れを告げられた。帰りの地下鉄の中で泣きじゃくる彼女に、知らないおばあさんがハンカチを渡し、慰めの言葉をかけたという。彼女の話を聞き、私は羨ましさで震えた。なんて甘美なんだろう。女の子の涙の力はすごい、と思い知った。人前ではばかりなく泣いてしまうほどの恋を、私もいつか経験するのだろうか。その予感に、たまらなく胸が躍った。
 私は泣けない子どもだった。一〇歳を越えたあたりから、感情を表すことが苦手になり、人前で涙が出なくなった。子どもらしい素直さに欠ける強情な女の子。叱られようと、いじめられようと、その場をぼうっとしてやり過ごした。周囲は単に、鈍感でぼんやりした子どもだと思っていただろう。だけども、内心では泣きたい気持ちでいっぱいだった。友達や先生の寵愛を受ける女子は「そんなことで?」と唖然とするタイミングで泣き出した。教室中の同情を一身に集めた選ばれし女子たち。彼女らへの憧れは今も尽きない。私も涙によって、みんなの関心を、やさしさを浴びてみたかった。

 そうした少女時代を経て、私はとうとう〈電車の中で泣く女の子〉になったのだ。かすかな興奮を覚えて、電車の扉に映る自分の顔をじいっと見つめた。唇をしきりに結びなおし、鼻をすすってみる。濡れた目で、ゆっくりとまばたき。だが、そうして待ち望んでみても新しい涙は出てこない。不思議だった。ようやくできた恋人らしき彼が、付き合いはじめた矢先に去ったのに、なぜ中途半端にしか泣けないのだろう。私はどこかおかしいのだろうか。
 自宅の最寄り駅に着く頃には目も乾き、特異な状況に笑いがこみ上げてきた。「ねえ、こんなことってある?」と空元気で、地元の女友達に電話をかける。事件のあらましを喋りながら、二十四時間営業のスーパーに勇ましく来店し、缶チューハイとたこ焼きとコロッケを勢いよくかごの中へ。女友達は面白半分にこう言った。
「どうして電車の中で泣くの。その人を追いかけて、泣きつけば良かったじゃん」
 咄嗟に泣きつくなんて、私にはとても無理だ。向こうにも恥をかかせるだろう。第一、相手を追いかけなかったのは、向こうを思いやってのことじゃない。相手など私には必要なかったからだ。〈電車の中で泣く女の子〉という物語に、いっときでも酔ってみたかった。「わたし」というヒロインを演じることで、お粗末な現実から逃避を図ったのだ。そんなものに涙を使うべきではないのに。
 本当に「お粗末」なのは、彼に置き去りにされたことではい。恋の幻想に焦がれた挙句、「今なら泣ける」と妄想世界に逃げ込んだ自分自身だろう。
 それから件の彼とは一度も会っていない。告白されてから、駅で置き去りにされるまでわずか一週間。そんな恋愛、「数の内にも入らない」と友人たちは一笑するだろう。でも、甘ったれの私を打ちのめすには、十分な出来事だった。
 私は焦っていたのかもしれない。経験の乏しい自分が、青くさい幼虫みたいで不安だった。仕事で恋愛の詩を書き、「すてきだね。きゅんとしたよ」と嬉しい感想をもらう。そのことを誇りに思いながらも、寂しい気持ちが拭えなかった。だって現実の私は、詩になるような「すてき」な恋愛は一つもしていないんだ。「きゅんと」することより、異性を前にオロオロすることの方が多いんだ。そんな詩人、がっかりだよね。
 私は滑稽なランナーだ。いつでもやる気満々で、スタートの準備も万端なのに、走り出す前から転んでいる。いざとなると怖気づき、頭をくらくらさせて、逃げ出してしまう。
 山手線の中で号泣したとしても、この世のヒロインにはなれない。私はどこにでもいる冴えない二十一歳。でも数はささやかながら、愚痴を聞いてくれる女友達がいて、大好きな書く仕事があり、詩を聴きに朗読会へ来てくれる人がいる。転んでいる場合だろうか。幼虫みたいな私でも、書けることはあるはずだ。
 この平成の時代、東京で、私はたくさん転ぶだろう。だけど、後戻りはしない。私の歩いていく先に、きっと「詩」がある。私だけの「詩」の道を見つけ出したい。だから次に恋をするときは――プライドのためでも、寂しさを癒すためでもなく、まっすぐに人を愛そう。

 もしかして、と予感のようなものがひらめく。こんな情けない出来事の繰り返しが大人になることなのだろうか? 先生に怒られたり、親に口答えしたり、上司に頭を下げたり、お酒を飲み過ぎたり。あの山手線の中にも、やりきれない思いの人がいただろう。
 でも、その人はきっと泣かない。この街のどこにも、泣く人を見ない。私だけじゃない。みんな自分を強く見せたいんだ。情けなくても、傷ついても、「これが自分」と引き受ける。ぱっとしない、ありふれた自分自身と、死ぬまで付き合っていく。
 それが東京で暮らすってこと? 生きていくってこと?
 そう思いながら、学生寮のドアに鍵を差し込んだとき、再び涙がこみ上げてきた。これは悲しい涙じゃない。美しい涙でもない。「私って馬鹿だなあ」という涙だ。
 帰宅後、机の上に置かれた雑誌に目がとまった。編集者の彼が手がける男性向けカルチャー誌だ。それをビリビリに破いて屑かごに押し込むと、缶チューハイをぷしゃっと開けた。両手で仰々しく酒を煽り、無言でたこ焼きをほおばる。レンジで温めすぎたたこ焼きは、噛めないくらい熱くて、涙目になった。
 ばか。
 舌を火傷しながら、もう一回、ちゃんと一人で泣いた。

Profile

文月悠光

詩人。1991年北海道生まれ、東京在住。中学生の時から雑誌に詩を投稿し始め、16歳で現代詩手帖賞を受賞。高校3年の時に出した第1詩集『適切な世界の適切ならざる私』で、中原中也賞、丸山豊記念現代詩賞を最年少受賞。近著に詩集『屋根よりも深々と』。雑誌に書評やエッセイを執筆するほか、NHK全国学校音楽コンクール課題曲の作詞、ラジオ番組での詩の朗読など広く活動中。
http://fuzukiyumi.com/

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