子育てについての記事に、私は、
分離の愛で子育てをしていると書いています。
結論から言うと、私にとっては最高の子育てです。
離れる時間があるからこそ、娘たちのことがよくわかる。
娘たちも私のことがよくわかる。
癒着の愛、すなわち子ども軸の子育てじゃ絶対にわからなかったことが、ありありとわかる。
土曜日、実家に娘たちをお願いして1時間後ぐらいに珍しく母から電話があったの。
すぐに長女にかわったら、長女が泣いていたの。
「ママ、お迎えに来て。ママがいい。今からお迎えに来て。」って。
長女も次女も、実家に預けた時に泣いたことか無いの。
あんなに泣くのは初めて。
さあ、私は何を感じて何を考えるか。
子どもからのサインだとよくあるように受けとると、
「行く必要がない」になる。
お熱だったり、いつも以上にまとわりついてきたりする時、
「そこには行かなくていいよ。必要ないよ。」のサインだから。
でもね、私は違うと思った。
根拠なく違うと思った。
一瞬、これが世で言うお試しか?とも思ったけど、
お試しって、
【それでもあなたは本当にやりたいですか?】ってことだから、
私にお試しが来るはずがないから違う。
だって私、したいことしかしないから。
じゃあ何で長女が泣いたのか。
私ね、お仕事だって言ってたの。
長女に嘘をついたの。
だから原因は、
「私に嘘は通用しませんよ」だったの。
「嘘つかないでいいから!」なの。
嘘をついたまま遊びに行く私と、本当のことを言って遊びに行く私。
どっちがクリアかは、一目瞭然。
これを知らせたかったんだなとわかったの。
長女が泣いても、私は予定を変更するつもりは無かった。
私には絶対に必要な時間だから。
だけどね、なーんかテンションが上がらない私がいたの。
この、なーんかの理由は後でわかりました。
なーんかテンションが上がらない私だから、長女は泣いたのもあるの。
私が楽しそうにウキウキしてたら泣かないもん。
もうね、娘たちの命を信頼しきっていたら、
私がクリアでいることを徹底していたら、
娘たちには私がお見通しなの。
娘たちから見た私の心は、スケルトンなんだよね。
これは、私が私を一番にしているからわかること。
子どもが一番だと絶対にわからないこと。
娘たちから、私を気付かせてもらってる。
分離することで、深く繋がっているから。
娘たちから愛をもらうことで、私の愛が溢れるの。
娘たちがくれる愛は、溢れた愛。
私が娘たちに与えるのも溢れた愛。
長女のサイン、【世界を真逆に見た】から気付いたこと。
私のやりたいことを貫いた結果です。
長女のサインを世界を真逆に見た所から、
もう1度全てを真逆に見てみたの。
これは別記事に書きます。
ずっと一緒にいるのが愛情ではないし、
抱っこをするのが愛情ではない。
どれだけママがママを愛する姿を見せるか。
私はこれを、最高の愛情だと思ってる。
私が出来る子育てってね、
私が教えてあげられることってね、
本当に少ないの。
少ないけれど、これを知ってる娘たちはラッキーだと思う。
私は、
個性を尊重する子育てをしています。
絶対に自己肯定感が伸びると確信したから。
娘たちを既存の枠に入れない子育て。
娘たちが私を選んだのは、きっとこれをさせる為。
企画外のママだから、真っ先に子育てのルールを破壊出来ると知っていたんだよ。
育児書の子育てで、育つ子どもを減らしたい。
娘たちの願いだと思う。
だから、私は、無意識に子育てについては熱くなるんだよ、きっと。
子育てって、究極に命を信頼すること。
私の命と娘たちの命を。
命が続く道を繋いだ命への信頼。
だからね、子どもの将来の為に!なんて、馬鹿らしいこと考えなくていいんだよ。
考えたってムダだから。
子どもには子どもの生き方を選ぶ権利があるんだから。
FBでかみさまから貰った昨日のスーパームーン。
私が私を宇宙一愛していることが、最高の子育てだと、
自信を持って言い切ります♡