入院すると装着を求められる識別用のブレスレッド。人間を品物扱いするのか、合理的な手口なのか

| コメント(0)


世の中の仕組みのあれこれに疑問を持ち好奇心を抱くのは人類の性(さが)みたいなものだから仕方が無いし当然のことではあるのだけど、相応の立ち位置にあり、それに連動する形での発信力を持つ人が、その肩書からは想像もできないようなアレでナニな奇怪な話をされると、色々と凹んでしまう。特にそれが電波的な話で、論理的に首を傾げる内容だと。

不正リスクはどのような業界にも存在してはいるけれど、そのリスクとトレンドワードの「ビッグデータ」を兼ね合わせ、あたかも全人類の危機到来みたいな感じで騒ぐのはどうだろうか。まるでベクレルの味がするお弁当話を想起させられる。

で、結論からいえばこのベルトは日本でも似たようなものが使われている。病院の支払いの手続きではむしろプライバシーの問題からナンバリング化された上で管理され、番号で呼ばれることも多い。乳児は見た目がそっくりで自我としての個体としての意思表示も不可能だから、この類のベルトをつける事は多い。当方も入院時、特殊な検査をする際に、似たようなベルトを装着された経験がある。そりゃ確かに品物扱いという印象はぬぐえないけれど、リスクを減らす手段として用いられている、合理的なものであるのだから、むしろありがたさを覚えねばならない。兵隊さんが持っている識別プレートも概念としては同じ。


相対のみでの対応の方が、確かに感情的には人間味を覚えるかもしれない。でもそれって地域の町医者で、誰もかれもが知り合いで、人違いが起きえないような状況との前提がある。不特定多数が出入りする普通の病院では、そんなことはまず不可能。さらには指摘の通り、認知症の患者さんの場合もあるし、その他にも似たような名前でつい反応してしまう可能性もゼロじゃない。

データの悪用がしやすくなる云々って懸念は確かにあるけれど、そのデータの悪用をするためのコストと、それで得られる便益を考えたら、特定の著名人物に対するアクションか、病院あるいは社会全体に対する悪影響を目的とした、反社会活動ぐらいしか動機にはならないんだよなあ(単にびっくりさせたかった、騒がせたかったなどの愉快犯は、どのような状況でも行動をし得るので、特定事案に対する行動起因としては想定から外れる)。

            

コメントする

            

最近の記事30件

Powered by Movable Type 4.27-ja
Garbagenews.com

この記事について

このページは、不破雷蔵が2015年9月29日 07:39に書いた記事です。

ひとつ前の記事は「ウェブ上の白書は無料閲覧、紙媒体化されると有料、ならばキンドル版は...!?」です。

次の記事は「ミッシングリンクは1980年代後半から1990年代前半に限った話なのか」です。

最近のコンテンツはインデックスページで見られます。過去に書かれたものはアーカイブのページで見られます。

* * * * * * * * * * * * * *


2015年9月

    1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30      
QLOOKアクセス解析