夜空に輝く月。
月は私たち人類が生まれ進化してきた過程を静かに見守ってきました。
人類もまた自分たちの歴史を映す鏡のような月を見つめさまざまな思いを託してきました。
時には神話や宗教に影響を与え時には科学の発達を促してきた月。
これは長い時の中で紡がれてきた月と人類の物語です。
月は人類に大きな影響を与えてきました。
暗い夜を照らし毎晩少しずつ姿を変えていく月ははるか昔から人々の知的好奇心を刺激する存在でした。
肉眼で簡単に観察できる月は時の経過を分かりやすく示してくれる天体です。
月の動きや満ち欠けで時間を測る事は人類にとって昔から大きな関心事でした。
最も単純な時間の測り方は昼と夜です。
太陽が出ていれば昼で太陽が沈み月が出れば夜。
更に大きなサイクルで「年」があります。
短い単位である「日」ももっと長い単位である「年」も月を見て測る事ができます。
太陽も毎日消えてはまた現れますが月のように満ちたり欠けたりして姿を変える事はありません。
それが大きな違いです。
月ほど見た目が変化する天体はありません。
地球上から見える姿は毎晩必ず変わります。
また季節によっても見え方が変わります。
絶えず変化し続ける月は時の経過を測るのに最適な天体です。
そのため昔から月の変化に基づいた暦が世界各地で作られてきました。
太陽の光を反射して輝く月は地球から見ると毎日変化します。
細い三日月が満ちていきやがて満月に。
満月は月が地球を挟んで太陽の反対側に位置する時の状態です。
満月は翌日から欠け始め最後には2日間闇にのまれます。
この満ち欠けのサイクルはおよそ27日。
月が地球の周りを1周する時間です。
フランスのラスコー洞窟にある壁画はおよそ1万5,000年前の石器時代に描かれたものです。
(アーヌル)ラスコー洞窟の壁画は人類が大昔から夜空を見上げていた証しです。
描かれている点々は夜空に輝く星を表したものだと考えられています。
牡牛の下にはプレアデス星団が描かれ馬の下には月のさまざまな姿も見る事ができます。
夜空に魅了された人々が洞窟の中に夜空を再現したんでしょう。
月明かりではなく火をともし暗い洞窟の中に月の満ち欠けを丹念に描いた人々。
彼らの自然に対する感動が伝わってきます。
月は人類が周りの世界を理解する糸口にもなりました。
初期の人類は月がさまざまな姿を見せる理由について深く考えなかったかもしれません。
前の晩と少し形が違うなと思うだけで受け流していたんでしょう。
しかし次第に月と太陽の関係に気付き始めその規則性について考えるようになりました。
イギリスにある古代の遺跡ストーンヘンジは人類が太陽と月の関係を解き明かそうとしていた証拠の一つです。
ストーンヘンジは天文観測所で巨大な暦の役割も果たしていたと考えられています。
大昔から人は月に思いを託してきました。
満月が暗闇にのまれ再び姿を現すように死後の復活という願いを反映させる事ができたからです。
古代の人々は自分たちの世界観を「神話」という形で表現しました。
どの神話でも太陽と月は重要な役割を占め多くの場合対照的な2つの神として擬人化されました。
古代エジプトの神話では天空の神ホルスは宇宙の秩序を体現する存在です。
ホルスの頭はハヤブサの形をしていて右目は太陽の象徴左目は月の象徴です。
ホルスは別の神との争いで左目を失います。
しかし創造の神トートに左目を復活させてもらいホルスは再び地上に調和をもたらす事ができました。
更にトートはホルスの仕事を助けるため暦も考案しました。
月の満ち欠けに基づいて時の経過を定める暦です。
こうしてトートは時をつかさどる神にもなりました。
5,000年前のメソポタミアでは3つの文化が目覚ましい発達を遂げました。
農業天文学そして文字です。
農業生産を上げるためには太陽と月の動きを把握し記述する事すなわち暦を作る事が欠かせません。
暦は社会生活の形成にも役立ちました。
集団の動きを系統立てる基準がなくては社会生活は成り立ちませんからね。
月の動きや満ち欠けに規則性がある事は昔から分かっていたはずです。
でも人類がそれを時間の単位として利用しようと考えたのは農耕生活を始めた時でした。
種をまく時期や収穫に適した時期を知らなくては農業はできません。
そのために暦が必要になったんです。
時の単位を定めるのに最も簡単なのは空を見る事です。
夜空に輝く天体を観察して日付の目安にするんです。
そして人類は月の満ち欠けの1サイクルを「1か月」と定めました。
昔の人々にとって太陽は季節を知る目安で月は「日」と「月」の経過を知る目安でした。
この月の満ち欠けを基準にした暦が「太陰暦」です。
太陰暦の1年は12か月で354日。
太陽暦より短いため季節とズレが生じます。
そのズレを補正するため太陰暦に太陽の動きを組み合わせた暦もできました。
3年に1回うるう月を1か月加えて帳尻が合うようにしたものです。
どの文明もさまざまな方法で太陰暦に補正を加えてきました。
太陰暦からこぼれた時間を付け加えないと地球が太陽の周りを1周する本当の1年からどんどんズレていってしまうからです。
それでは不都合が生じます。
現在世界で標準的な暦として採用されているのは「太陽暦」です。
1582年にローマ教皇グレゴリウス13世によって導入されたためグレゴリオ歴と呼ばれています。
しかし宗教とは無関係に今では世界中で使われています。
人間は月の動きを基に暦を作り活動のサイクルを決めてきました。
また月が自然界に大きな影響を与えている事にも昔から気付いていました。
月が自然のサイクルに与える最も分かりやすい例は潮の満ち干です。
潮の満ち干は月の引力によって海面が引っ張られる事で生じます。
時間によって陸地になったり海水に満たされたりする「干潟」は潮の満ち干が生み出すものです。
生物の多様性に富んだ干潟を人間はさまざまな形で利用してきました。
月は地球の自然環境に大きな影響を及ぼしていて私たち人類を含むさまざまな生物がそれを利用しています。
月からの直接的な影響はなくても潮の満ち干や光の状態の変化など間接的な影響がたくさんあります。
例えば潮の満ち干に合わせて繁殖を行う生物がいます。
カブトガニも潮の満ち干に合わせて繁殖を行う生き物の一つです。
春。
満潮になるとカブトガニは海岸でパートナーを見つけ繁殖を行います。
渡り鳥のシギは何千キロもの旅をしながらカブトガニの繁殖時期を正確に見極め産み落とされた卵を食べにきます。
カブトガニにとっては迷惑な話ですがシギもまた月のサイクルを利用して食べ物を見つけているのです。
内陸でも月は生物の行動に影響を及ぼしています。
多くの捕食動物が毎晩変化する月の光に合わせた狩りの技術を発達させてきました。
(ヒーブ)ライオンは月明かりの状態に合わせて狩りの戦術を変えます。
例えば満月が明るく輝く夜は狩りを避けます。
最も暗い時間帯つまり太陽が沈んでまだ月が昇りきらない頃を見計らって狩りをします。
進化の過程でライオンは暗いところでも目がよく見える能力を発達させてきました。
かすかな月明かりを利用して効率的な狩りをする事でライオンなどの捕食動物は食物連鎖の頂点に君臨しているんです。
私たち人間もさまざまな形で月から影響を受けています。
月は男性のイメージで捉えられる事もあれば女性のイメージで捉えられる事もあります。
月は世界各地の神話や伝説昔話などに登場しますがそういった話に共通する大きな特徴があります。
ほとんどの場合月は性的な要素と結びついているんです。
月は徐々に膨らんで満月になり欠けて消えまた満月になるというサイクルを繰り返します。
その光景は妊娠した女性のイメージに重なります。
また女性の生理周期はおよそ28日。
月が地球の周りを1周するサイクルとほぼ同じです。
ですから月は男性と女性どちらのイメージで捉えられていても大昔から出産豊じょう男女の関係といった要素と結びつけて語られてきました。
スリランカキャンディの町で行われるペラヘラ祭りは8月の満月の日を最終日としておよそ10日間にわたって開催されます。
仏教の祭りですが作物の生育を助ける季節風の到来を願う意味も込められています。
ペラヘラ祭りのクライマックスでは古代から伝わるブッダの歯を納めた容器がゾウの背に乗せられて登場します。
満ちては欠け欠けては満ちる事を繰り返す月のサイクルは仏教における輪廻の思想に通じるものと言えるでしょう。
世界各地に伝わる神話は単なるおとぎ話ではなく哲学的なテーマが込められています。
私たちはどこから来てどこへ行くのか?人生にはどんな意味があるのか?人の運命とはどのようなものなのか?そんなテーマを含む神話の多くに月や太陽が登場します。
月や太陽といった天体がきっかけで神話が生まれたとは限りませんが天体と神話には深い結びつきがあります。
人は天体や自然現象に思いを巡らせ多くの物語を生み出しました。
古代メソポタミアでは月を擬人化した神シンがあがめられていました。
シンは季節の変化をつかさどり豊じょうをもたらす神でした。
天に浮かぶ船のようにもまた雄牛の角のようにも見える月は特に地中海沿岸地域で豊じょうのシンボルと見なされてきました。
メソポタミアは現在で言うとイラクの一部に当たり世界最古の文明が誕生した地域の1つです。
古代のメソポタミアでは月の象徴である神シンに対する崇拝が広まっていました。
メソポタミアの南部で始まった信仰はやがて北部にも広まり月に対する信仰は強固なものとなりました。
メソポタミアと接点があったアラビアの人々もその影響を受けました。
月はイスラム社会で特別な役割を担っています。
理由の1つは砂漠を旅する時しゃく熱の太陽を避けて夜に移動していたからです。
その時旅人が道しるべとしたのは天に輝く月と星でした。
そのため月は今もイスラム社会において重要なシンボルになっているんです。
イスラム教の祭礼は現在も月の満ち欠けを基準にした暦太陰暦に基づいて行われています。
太陰暦は1年354日なのでイスラムの暦は毎年12日ほど早くなります。
月のイメージはキリスト教にも影響を及ぼしています。
聖書に収められたヨハネの黙示録には聖母マリアを思わせる女性が太陽をまとい星の冠を頂き月の上に立った姿で登場します。
聖母マリアが太陽星そして月言わば天空全体を身にまとっている訳です。
これは非常に強力なシンボルです。
聖母マリアは私たちと同じ人間ですが神に非常に近い存在です。
月に聖なるイメージが託されていた事が分かるでしょう。
神話には英雄などが人生のサイクルを繰り返す話がしばしば登場します。
誕生し偉業を成し遂げ死ぬ。
そしてよみがえる。
期間はまちまちですが再びこの世で生を得るんです。
イエス・キリストも死の3日後によみがえったとされています。
2日間姿を消し3日目に再び姿を現す月は生と死のサイクルを繰り返す象徴的な存在で地上の世界と天空の世界の境目に位置すると思われています。
常によみがえりや復活などのイメージがあるんです。
満月の時期になると出産が増えるというのは科学的な裏付けのない迷信です。
なぜそのような迷信が今でも信じられているかと言えば月には昔から豊じょうのイメージがありさまざまな神話や伝説と結び付いているからです。
例えばギリシャ神話に登場する女神アルテミスは月の女神であると同時に出産の守り神でもありました。
多くの伝説で月の不思議な力は女性と結び付いています。
月に明るい部分と暗い部分があるように月の不思議な力は善の場合もあれば悪の場合もあります。
悪の力を体現した存在が「魔女」です。
古い時代魔女というのは聡明で物知りな若い女性たちを助ける良き存在でした。
特に性に関する知識を教える役割を担っていました。
また女性が妊娠すると出産の手伝いもしました。
しかし中世になると魔女のような存在は不謹慎なものと見なされ疎外されるようになりました。
そして悪魔とつながりがあり夜だけ現れホウキに乗って空を飛ぶといった邪悪なイメージを植え付けられました。
魔女は月の暗い側面を象徴する存在になりました。
月には人の不安や心配悪意を刺激するイメージもあります。
特に満月は人間に強い影響を与え悪い事を引き起こすと信じられていました。
狼男や吸血鬼といった怪物も月の力と結び付いています。
月と同様姿を変えるという特徴もありました。
太陽の光と月の光には大きな違いがあります。
太陽の光は物の輪郭をはっきりさせ色彩を鮮やかにします。
一方月の光は物の輪郭を曖昧にし色彩をそぎ落とします。
世界の全てが薄暗い灰色の中に沈みます。
しかしそのぼんやりとした光景は人間の想像力をかきたてます。
人はふと目にしたものからさまざまな連想をします。
そこに明確な論理性があるとは限りません。
ですから月が及ぼしている影響について考える時どこまでが科学的なものでどこからが単なるイメージなのかを正確に見極める必要があります。
月の影響は確かに存在しますが思ったほど強くはないようです。
例えば月は植物に悪い影響を与えると言われていますが科学的な証拠はあまりありません。
影響はゼロではないにせよ考えられているよりも弱いようです。
問題は神話に科学的な部分があるとすればどこかという事です。
自然科学と直接関係しない部分が多いのは確かですがその中に科学的な真実もある程度含まれているはずです。
神話や宗教などさまざまな精神文化に影響を与えてきた月は一方で自然科学の発達も促す事になりました。
古代から14世紀以降のルネサンス期に至るまで天文学者の主な仕事の一つはホロスコープを作る事でした。
権力者が占星術で未来を知りたがったからです。
多くのホロスコープには占星術で重要な12の星座の間をぬうように動く惑星と月が描かれています。
ホロスコープを描くには惑星の動きを把握しなくてはなりません。
そのために観測用の機器が作られ惑星の位置を予測するための方程式が考え出されました。
天文学は言わば占星術の道具として古代から発展してきたのです。
占星術の基本原則を書き記したのは古代ローマの天文学者プトレマイオスです。
特に「アルマゲスト」という著書は天文学の基本として長い間大きな影響力を持ちました。
占星術の教科書となった「テトラビブロス」という著書には人が生まれた時の星の位置とその人の未来との関係が書かれています。
プトレマイオスは月食や日食がいつ発生しどれくらい続くのかを予測する理論を確立していました。
ある特定の場所である時間に発生するのが皆既日食なのか部分日食なのかといった事まで正確に予測できました。
日食は月が太陽の正面を横切り太陽を覆い隠してしまう現象でおよそ6か月に1度世界のどこかで発生します。
太陽全体が隠される皆既日食の場合最長で7分間世界は闇に包まれます。
天文学の知識がない人々はそれを怖ろしい災厄の前兆と捉え恐怖におののきました。
ある人物が明日太陽を消してみせると言ってそのとおりの現象が起きれば人々はその人物の前にひれ伏すでしょう。
科学的な知識が権力に結び付く事を知っていた王たちは自らの権力を高めるために天文学を利用したんです。
(サヴォワ)中国では竜が太陽や月を食べる事で日食や月食が生じると考えられていました。
竜を追い払うためそこら中で太鼓をたたきました。
お抱えの天文学者は日食や月食を予知して皇帝に知らせる義務があり間違えれば死刑になりました。
昔の天文学者は危険な職業だったんです。
今はそこまで危険じゃありませんがね。
一般の人々にとって日食や月食は理解し難い現象でした。
自然の法則から外れるものに思えたはずです。
そのような奇妙な現象を何とか受け入れるため神々に答えを求めました。
日食のおよそ2週間前か2週間後に必ず月食が起こります。
月食は地球が月と太陽の間に来るために起きる現象です。
起きるのは満月の時。
日食のように月が消える事はありませんが色が赤っぽくなります。
月食は地球上の夜の地域ならどこからでも見る事ができます。
昔の天文学者にとって月食は重要な観測対象でした。
月が赤くなる前やあとに月面に丸い影がかかる事がヒントとなり地球は丸いという結論も導き出されました。
遅くとも紀元前4世紀には地球は丸いと分かっていました。
古代ギリシャの哲学者アリストテレスも「天体論」という著書の中でそのような見解を述べています。
時代が進むと科学的な宇宙観よりも宗教的な宇宙観が力を持つようになりました。
天空は神の領域であり人間はその運命に従うしかないと考えられるようになったのです。
大昔の人々が見ていた月太陽星などから最初の宇宙モデルが生み出されました。
当時地球は宇宙の中心に位置する不動の存在だと思われていました。
星は肉眼で見ても動いているのが分かりますが地球は全く動いていないように感じられます。
ですからそのような宇宙観が生まれるのも無理はないでしょう。
いわゆる「天動説」。
地球が宇宙の中心にあり月や太陽や他の星々が地球の周りを動いているという宇宙観です。
古代の天文学者や哲学者は宇宙は完璧な秩序に基づいて動いていると考えていました。
古代ギリシャの学者は宇宙を完璧な秩序と調和に満ちたシステムとして捉え「コスモス」と呼びました。
宇宙は完璧で美しい存在なのに対し人間は非常にちっぽけで今にも押し潰されそうな無意味にも思える存在そのような見方が長い間支配的なものになりました。
自分や家族の人生民族の運命など哲学的な問題を考える時そのような価値観が常に根底にあったんです。
古代の宇宙観では月は地球と天空の境界上に位置していました。
アリストテレスは世界を2つに分けていました。
1つは月の軌道の内側にある世界。
地球はもちろんさまざまな天体は全てその中に存在すると考えました。
もう一つは「天上界」と名付けられた月の軌道の外側にある世界。
こちらは永遠に変わる事のない完璧な世界だと考えました。
7世紀後半イスラム文化の黄金時代が始まりました。
科学と芸術が目覚ましい発達を遂げ天文学も大きな進歩を見せるようになりました。
しかし地球が宇宙の中心であるという考え方は変わりませんでした。
イスラムの人々も地球が宇宙の中心であり他の天体は地球の周りを回っているという考え方にとらわれていました。
タマネギの皮のような宇宙にさまざまな天体がくっついていると考えていたんです。
天文学者たちは肉眼での観察に加えいろいろな道具を使って天体の位置をかなり正確に計測していました。
14世紀ごろにぜんまい仕掛けが発明されると天文学者たちは天体の運行時間をより正確に計算できるようになりました。
歴史の大きな転換点となったのはコペルニクスが「天体の回転について」という著書を発表した年です。
コペルニクスはそこで地球の方が太陽の周りを回っているという「地動説」を唱えました。
従来の考え方を完全に覆す説でした。
それまでの古い宇宙観を打ち砕く革命的な考えでした。
この説が唱えられてから人々は以前とは違う目で夜空を見上げるようになりました。
「永遠に変わる事のない天上界」という概念も薄れ宇宙の神秘的なベールが少しずつ剥がされていくようになったんです。
地動説が更に決定的なものになったのは17世紀の事でした。
1609年11月30日。
これは天文学の歴史上極めて重要な日付です。
イタリアの天文学者ガリレオ・ガリレイが自分で作った望遠鏡を夜空に向けました。
そして最も観測しやすく宇宙の入り口とも言える天体月の観測を始めます。
彼は月面に山や丘谷のようなものがあるのを発見しました。
続けてガリレオが木星に望遠鏡を向けると木星の周りにも月が見えました。
それは木星の衛星でした。
地球の周りを月が回っているように木星の周りを回る天体が存在したんです。
ガリレオは天体観測によって宇宙の神秘を次々と解き明かしていきました。
しかしガリレオの地動説は当時のローマカトリック教会の教えと対立する危険な考えでもありました。
1632年にガリレオは「天文対話」という著書を発表。
地球は太陽の周りを回っているというコペルニクスの地動説を引き継ぎ更に発展させました。
しかし彼は代償を払う事になりました。
カトリックの教えに反した異端者として裁判にかけられ生涯軟禁の刑が下されたんです。
ローマカトリック教会が地動説を認めガリレオの裁判は誤りだったと公式に認めたのは何と1992年の事でした。
ガリレオとほぼ同時代に生きたドイツの天文学者ケプラーもコペルニクスの理論を発展させ惑星の運行法則を独自に導き出しました。
ケプラーは惑星がどのように運行するのかを解き明かしました。
月の観測をしていて軌道を回る月の動きが速くなったり遅くなったりする事に気がつき楕円軌道の法則を発見したんです。
それまでずっと惑星の軌道は完全な円形だと思われていましたがケプラーは軌道を楕円ではないかと仮定して計算してみました。
すると実際の観測結果にはるかに近い結果が得られたんです。
しかし月の運行はケプラーの法則に合わない面が数多くありました。
それを解明したのがニュートンです。
ニュートンは1687年に出した「自然哲学の数学的諸原理」という著書で月の運行について述べています。
逸話によればニュートンはリンゴの実が落ちるのを見てリンゴの実は落ちるのになぜ月は落ちてこないのだろうと思い「万有引力の法則」を発見しました。
月と地球は何かの力で結び付いているに違いないそう考えたニュートンが発見したのが「引力」でした。
地球は引力によって月を引き寄せます。
しかし動いている月は遠心力によって地球から離れようとします。
その2つの力が釣り合う事で月は地球の周りを回り続けているんです。
ニュートン以降も多くの科学者が高度な数学や物理学を駆使して月と地球の関係を解き明かしてきました。
月は地球に対して常に同じ面を見せています。
それは月の自転周期と月が地球の周りを回る周期が全く同じだからです。
ほとんどの時代において神話は科学の先を進んできました。
今後も神話は必ず生き続けるはずです。
1968年12月。
アポロ8号の乗組員は月の周りを10周し月の向こうから地球が現れる様子を目にした最初の人類となりました。
クリスマス・イヴの日彼らは宇宙で聖書の一節を朗読しました。
(アンダース)「地球で待つ皆さんに私たちアポロ8号の乗組員からメッセージをお送りします。
『神は最初に天と地を造られた。
地はまだ形が定まらず空っぽで闇が深えんを覆っていた。
神の霊が水面で動いた。
そして神は言った。
光あれ。
すると光があった。
神はその光を見て良しとされ光と闇を分けた』」。
(ラヴェル)「『神は光を昼と呼び闇を夜と呼んだ。
日が沈み朝が来て1日目が終わった』」。
2015/09/26(土) 19:00〜19:45
NHKEテレ1大阪
地球ドラマチック「神秘の天体 月〜神話から科学まで〜」[二][字]
最も身近にして神秘に満ちた天体、月。神話や信仰が世界各地に存在するだけでなく、時間の概念など科学にも影響を与えてきた。人々をひきつけてやまない月の魅力を紹介。
詳細情報
番組内容
月は、先史時代のラスコー壁画にも描かれているほど、古くから人々の関心を集めてきた。また、その動きから時間を正確に測る技術が発達し、農作業の暦などとして使われてきた。太陽と比して「悪」ととらえられることも多く、逸話や迷信も少なくない。砂漠で月明かりを頼りにしてきたイスラム文化圏では、今も太陰暦が使われる。歴史的、文化的見地から月と人間の関係をひもとき、その神秘を見つめる。(2015年フランス)
出演者
【語り】渡辺徹
ジャンル :
ドキュメンタリー/教養 – 宇宙・科学・医学
ドキュメンタリー/教養 – 自然・動物・環境
ドキュメンタリー/教養 – カルチャー・伝統文化
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