NHKスペシャル「老衰死 穏やかな最期を迎えるには」 2015.09.20


(呼吸音)93歳の女性です。
長い人生を間もなく終えようとしていました。
女性はあえて点滴や胃ろうなどの延命治療を受けず静かに息を引き取りました。
老いによる自然な死老衰でした。
誰もが願う安らかな死。
人は積極的な治療を受けなくても穏やかな最期を迎える事はできるのでしょうか。
今老いによる死の謎が徐々に明らかになってきています。
最新の研究で見えてきたのは緩やかに命を閉じていこうとする細胞のメカニズム。
更に人は亡くなる時苦しみを感じているのか解き明かそうという研究も進められています。
いつか必ず訪れる人生の終わり。
苦しみのない安らかな最期はどうすれば迎えられるのか。
老衰死を見つめました。
東京・世田谷区にある…平均年齢90歳。
認知症やさまざまな病を抱えた高齢者100人が暮らしています。
私たちは本人や家族の了承を得て今年の春から施設の日々を撮影させてもらう事にしました。
45…。
桜井さんこんにちは。
おはようございます。
おはようございます。
お変わりないですか?これまで200人近くの入居者をみとってきました。
失礼します。
この日一人の入居者が最期の時を迎えようとしていました。
はるちゃん聞こえた?87歳の女性です。
食事がとれなくなって1週間がたっていました。
施設では本人や家族の意思に沿って点滴や胃ろうなどの延命治療は行わない事にしています。
女性が大好きなリンゴジュースで口を湿らせます。
甘いよ。
少しの水分で口の乾きを抑えながら見守ります。
この日の夜女性は眠るように息を引き取りました。
死因は老衰でした。
老衰死とは病気が全くない事を指す訳ではありません。
病気を抱えていてもそれが直接の死因とならず老いによって亡くなる自然な死の事をいいます。
戦後一貫して減り続けてきた老衰死の数は高齢者人口の増加とともに10年前から急増。
去年初めて7万人を超え過去最高となりました。
最後まで徹底した治療を行うよりも自然な死を受け入れるという考え方の広がりが背景にあると見られています。
石飛さんはかつて日本有数の外科医でした。
命を長らえさせる事を何よりも優先し徹底した治療を行ってきました。
しかし多くの高齢者と向き合う中で医療の力ではあらがえない死の存在を感じるようになりました。
それが老衰でした。
老いに逆らう事なく自然の摂理を受け入れる。
施設での取り組みは今年で10年目を迎えました。
おいしい?おいしいわ〜。
よかったね。
おいしい。
よかったね。
石飛さんは老衰にはある共通した特徴があるといいます。
食べるという機能の変化です。
イトさん?イトさん?は〜い。
あっは〜い。
ごはんだよ。
ごはん。
いきますよイトさん。
この施設に入って3年。
最近食事の量が減ってきました。
はいリンゴ味のプリンです。
通常の食事から介護用のプリンにメニューを変更しました。
食べ始めて5分。
何かゆっくりになってきたね。
なりましたね。
うん。
口に入れたプリンをなかなか飲み込む事ができません。
食事の途中でも眠ってしまうようになりました。
石飛さんはこうした時無理に食べさせる事はしません。
老衰が進んだ時に見られる傾向で本人も空腹を感じていないと考えているからです。
入居者の食事の量などを記した記録です。
ほとんどの人が亡くなる1週間ほど前から食事をとらなくなっています。
最期に食べなくなるのは当たり前のような気もしますが実はその前から不思議な特徴が見られるといいます。
どう?おいしい?ちょっとだよ。
ちょっとだけおいしいの?当時は出された食事は全て自分で食べていました。
しかしこの時から体重が減るようになっていたのです。
分かんないよ。
まるで体が食べる量や体重をコントロールするかのような現象。
石飛さんは最期に向かう人が発する合図なのではないかと考えています。
老衰の過程で体に何が起きているのか。
お食事ですよ。
国内の介護保険施設では今食事が寿命に及ぼす影響を調べる大がかりな研究が行われています。
100人余りの高齢者を対象に一日に摂取したカロリー量と体重の変化を亡くなるまで記録しました。
41.6です。
はい。
調査を行った…6年分のデータを解析したところ知られざる老衰の一面が見えてきました。
調査の対象となった人たちの摂取カロリーの変化です。
死が近づくと大きく摂取量が減る傾向は芦花ホームで確認された状況とも一致します。
川上さんが注目したのはその前の時期。
数年間にわたって一定量が保たれていました。
このデータにBMIと呼ばれる体格指数を用いて体重の変化を重ね合わせます。
すると実は一定のカロリーをとっていた時から体重が減り続けていた事が分かったのです。
老いとともに体が食べ物を受け付けなくなっていくのはなぜなのか。
老衰のメカニズムを研究しているジョンズホプキンス大学の…フェダーコさんは老化によって体の中で起きるある変化が関係していると指摘します。
細胞の減少です。
フェダーコさんは細胞の数が減る事でさまざまな臓器の萎縮が引き起こされると指摘します。
食べたものを消化吸収する小腸。
腸内には栄養素を体内に取り込むじゅう毛がひしめき合っています。
細胞の減少によってじゅう毛やその周りの筋肉が萎縮すると栄養素をうまく吸収する事ができなくなります。
まさに食べたものが身にならない状態になっていくというのです。
食べる事が難しくなった…この日イトさんの今後について家族が呼ばれ話し合いが行われました。
2人の子どもを育てその後寝たきりになった夫を献身的に介護してきたイトさん。
夫と同じように自然な最期を迎えたいと息子の孝さんに伝えていました。
食事をとれなくなって3日。
イトさんは一日の大半を眠るようになっていました。
失礼します。
水を飲み込む事もできなくなり水分を含ませたスポンジで口を湿らせてもらうようになりました。
はいイトさん終わりました。
もう少ししたらまたやりに来ますね。
食事をとれなくなって1週間。
(呼吸音)イトさんの呼吸の様子が変わりました。
(呼吸音)肩を使いながら大きく息を吸っていました。
(呼吸音)イトさ〜ん。
こうした呼吸は亡くなる前に起きる自然な変化のため施設では酸素の吸入はせず静かに見守る事にしています。
その日の夕方。
息子の孝さんに寄り添われながらイトさんは最期を迎えました。
93歳老衰死でした。
静かに命を閉じていく老衰死。
老いがもたらす死とは何なのか。
明らかにする研究が進められています。
アメリカで行われた大規模調査からは老衰死のある特徴が浮かび上がってきました。
対象は65歳以上の高齢者4,000人余り。
歩行や食事などの日常生活をどの程度行う事ができるか。
病気やケガなど健康状態はどうか。
亡くなるまで追跡調査し身体機能のレベルがどのように変化していくか計測しました。
その結果死に至る過程は大きく3つのパターンに分類される事が分かりました。
亡くなる2か月ほど前から急速に機能が低下して死に至るガンなどのタイプ。
心不全などの臓器疾患では病状の悪化を繰り返しながら機能低下していきます。
そして老衰死。
機能が低下した状態が長く続き徐々に死に近づいていきます。
ほかの死因にはない緩やかな過程。
長寿化が進む中老衰の経過をたどる人が増え続けているといいます。
緩やかに死に向かう老衰の過程はどのようにもたらされているのか。
ジョンズホプキンス大学のニール・フェダーコ教授は細胞が老化した時に起きるある現象に着目しています。
活発に細胞分裂を繰り返す若い細胞。
しかし老化が進むと分裂をやめ細胞の形が崩れていきます。
この時老化した細胞の中ではある物質が大量に作られます。
炎症性サイトカインと呼ばれる免疫物質などです。
これらの物質が老化細胞の外に分泌されると周囲の細胞も老化が促され慢性的な炎症状態に陥る事が近年明らかになりました。
慢性的な炎症は体のさまざまな機能を低下させる可能性が指摘されています。
例えば筋肉の炎症は運動機能を衰えさせ体重の減少を引き起こします。
死が近づくと呼吸が弱くなるのは肺を動かす筋肉が機能しなくなる事が要因だとされています。
脳細胞の炎症は眠る時間が多くなるなど意識レベルの低下につながる事が確認されています。
炎症によって機能が低下した臓器が互いに影響し合い少しずつ生命の維持を困難にしていく状態。
老化がもたらす炎症は今インフラメイジングと呼ばれ老いによる死の謎を解く上で重要なテーマとなっています。
老衰の研究が進む事で終末期の延命治療の在り方にも変革が起きています。
アメリカ老年医学会では胃ろうなどによる経管栄養についてある指針を打ち出しました。
老衰の高齢者の多くが当てはまる認知症末期の患者に対しては経管栄養は適切ではないと表明したのです。
胃ろうなどの経管栄養の有効性を調べた世界各国の研究では…高齢者が人生の最後の時を過ごす芦花ホーム。
老衰と向き合う時多くの人が抱えるのが最期は苦しくはないのかという不安です。
話す事ができなくなった母親の榮子さんが苦痛を抱えているのではないかと気がかりでした。
この日茂樹さんはその不安を石飛さんに打ち明けました。
今は母がああいう穏やかな状態なんでいいんですけどこれがだんだんね息が苦しくなってきたりするのを見るとちょっとすみませんどうなるか…。
いや分かりますよ。
相談させて下さい。
最期までそれはいろいろ迷われていいんだと思いますよ私は。
それをここで一緒にみんなでお母さんそれからご家族の方それを支えるのがここの施設の役目だと思いますので。
幼稚園ですかね…。
いつも自分の事よりも家族の事を思いやる母親だったという榮子さん。
(茂樹)ただ優しいだけですよね。
本当に…文句を言わない。
あんま怒られた記憶ありませんから。
体力が衰え始めた榮子さんに介護が必要になったのは8年前。
茂樹さんは会社に勤めながら自宅で介護を続けてきました。
少しでも長く生きてほしいとさまざまな治療を受けさせてきた茂樹さん。
しかし回復は見込めず榮子さんは治療の負担を訴えるようになりました。
最期は延命治療に頼らず安らかに送ってあげたい。
茂樹さんはそう考えるようになりました。
施設に泊まり込むようになった茂樹さんが毎朝している事がありました。
(茂樹)顔の色がちょっと濃くなってきた。
はい。
分かる?海外で暮らす孫の写真を見せて話しかける事です。
「よく眠って元気出して」って言ってたよ。
はい。
孫の成長を何よりの楽しみにしていた榮子さん。
写真を見せた時には表情が穏やかになるように感じたからです。
死が迫った時人は痛みや苦しみを感じているのか?高齢者の意識状態について研究を行っている…マクルーリッチさんは死が迫った高齢者の体内を調べる事は倫理的に難しくメカニズムの解明には至っていないと指摘します。
しかし患者の状態をつぶさに観察する事で苦痛を感じているかどうか確かめる事ができるといいます。
その中でオランダで行われたある研究が世界的な注目を集めました。
亡くなるまで記録しました。
その結果です。
上に行くほど不快感が強い事を示します。
生存期間が2日以内5日以内そして9日以内いずれのグループでも死が近づくにつれて不快感が下がっていく傾向が見られ長期間生存したグループでも不快感が低い状態が最後まで保たれていた事が分かりました。
マクルーリッチさんは死が迫った高齢者の脳は炎症や萎縮を起こし機能が低下しているため苦痛を感じる事はなくなっていると指摘します。
緩やかな最期の時を刻む老衰。
それは家族が死を受け入れていく時間を生み出していました。
母親を見守る井川茂樹さんにこの日看護師がある提案をしました。
ああそういう事ね。
冷たさとかね。
ああそれいいアイデアですね。
用意したのは榮子さんが大好きだったバニラアイスです。
目線が…。
(茂樹)おお〜!どう?無理やり…。
怒られると思って口開いてんじゃ…。
そんな事はないですよ。
違いますよ。
目もしっかり動いてる。
すごい。
家族に少しだけ笑顔が戻りました。
額のしわが気になる…。
孫の真一さんです。
この日勤務先の海外から急きょ帰国しました。
分かる?大丈夫?
(茂樹)分かる?目線合ってるの?
(真一)合ってる合ってる。
大丈夫大丈夫よ。
(真一)大丈夫?元気にしてた?よかったね〜。
起きられたね。
今起きてたの?2年ぶりだからね。
ごめんね随分時間あけちゃって。
(真一)ゆっくり休んでね。
ずっとここで寝てて大丈夫だから。
茂樹さんが泊まり込むようになって4日がたちました。
大丈夫?大丈夫だから。
落ち着いて落ち着いて。
ゆっくり休んでゆっくり休んで。
不安になった茂樹さんは石飛さんを呼びました。
石飛さんは榮子さんの最期が近づいていると感じました。
ああそうですね。
だいぶ色が変わってきたね…。
そして今の状態について茂樹さんに伝えました。
だって…。
今一生懸命なんですよね母親はね。
それを考えると本当に…。
いやなにもねなにも一生懸命じゃないの。
一生懸命だと思うから…。
すいません…。
一生懸命じゃないんですよ。
一生懸命じゃないんですよ。
お母さんゆっくり休もうとして休もうとして実際に休んで向こうの世界へ行くんですよね。
静かに最期に向かおうとする榮子さんをそばで見守ろうと話しました。
その日の夜。
しっかりはしてるけど…
(榮子さんの呼吸音)大変だったね。
(榮子さんの呼吸音)茂樹さんは榮子さんを見送る覚悟を決めました。
(榮子さんの呼吸音)大変だったね…。
(榮子さんの呼吸音)冷たくなっちゃいましたね。
榮子さんの最期が訪れました。
92歳。
老衰死でした。
老い衰えたその先に確実に訪れる命の終わり。
欧米諸国では今死を遠ざけるのではなく死の質クオリティー・オブ・デスを高める事に注目が集まっています。
国際調査で世界で最も死の質が高いと評価されたイギリス。
終末期医療の現場では限りある寿命を受け入れる事が残された時間をよく生きよい最期を迎える事につながると教育されています。
老衰死を見つめた半年。
7月芦花ホームの七夕です。
短冊にそれぞれの願いを込めました。
何て書いたの?
(男性)「手足がよくなりますように」。
(職員)よくなりますように。
どうもありがとうございます。
大好きなものをいっぱい食べたい。
好きな趣味を満喫したい。
ささやかな願いとともに暮らす芦花ホームの人たち。
老いを受け入れながらその日々を重ねています。
はい。
持てる?すごい。
ねえすごいきれいね。
すごいきれい…。
きれいだわ。
誰もが願う安らかな最期。
人には生きる力とともに穏やかに人生を閉じる力もあるのかもしれませんね。
2015/09/20(日) 21:00〜21:50
NHK総合1・神戸
NHKスペシャル「老衰死 穏やかな最期を迎えるには」[字]

誰もが願う“穏やかな最期”はどうしたら迎えられるのか。知られざる「老衰死」の秘密に迫る。自然な死を支える現場に長期密着。世界最前線の研究を紹介する。

詳細情報
番組内容
俳優の樹木希林さんと共に「老衰死」の秘密に迫る。人生の終末期、どうしたら安らかな最期を迎えられるのか。最新のデータで、戦後最多となった「老衰死」。今回、入所者の平均年齢が90歳を超える都内の特別養護老人ホームを取材し、半年間に渡って自然な最期を支える現場を記録。さらに世界最前線の研究を訪ね、老いがもたらす穏やかな死の謎と老衰のメカニズムに迫った。
出演者
【語り】樹木希林,近田雄一

ジャンル :
ドキュメンタリー/教養 – 社会・時事
福祉 – 高齢者
ニュース/報道 – 報道特番

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音声 : 2/0モード(ステレオ)
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