VW社は、ドイツ北部のニーダーザクセン州に本社を持つ大コンツェルンだ。フォルクスワーゲンのフォルクは民衆、ワーゲンは車。ヒトラー政権下で立ち上げられた。
戦後は、あやうくソ連に接収されそうになったが、イギリス軍の管理を経て、49年、ドイツの手に戻る。以後、VWは経済復興を果たしたドイツ人の国民車となったばかりか、全世界で大成功を収めた。
有名な「カブトムシ」は、戦前から2003年まで生産が続き、2153万という生産台数を誇る。今でも、オールドタイマーとしては貴重品。その設計者が、前述のピエヒ氏の祖父、フェルディナント・ポルシェ氏だ。
VW社は、中国への進出も早かった。84年に上海汽車との合弁会社を作り、中国市場で大成功を収めている。最近では、販売台数の3分の1以上が中国向けなので、中国の景気減退の影響を受けるリスクも非常に高い。
それだけに、アメリカ市場に力を入れ始めていたのだが、しかし、VWはこれまでもアメリカで成功した試しがなく、今回、その悪夢がさらに増幅されたというしかない。
VWの醜聞は、ドイツ人自身の醜聞
いずれにしてもこの事件は、株式市場を見てもわかる通り、問題が一企業に留まらず、ドイツ全体に波及する恐れがある。だから、ドイツ人が戦々恐々としているのはわかるが、一つ気になったのは、22日のZDF(第二テレビ)のニュースに出てきた経済専門家という人の話。
「我々の車が世界中で認められていたのは、安いからではなく、その高品質のせいであった。今回の事件でその品質に傷がつけば、他国のメーカーが力を増す」
そこまではわかる。問題はそのあとだ。
「そうなれば、"ワンダフル!"と言いながら、他のメーカーがその隙間に入り込む。たとえば、トヨタ!」
と、トヨタを名指しで、しかも憎々しげに語ったのだった。
これは非常に示唆的だ。すでに日本企業は、人の災いを喜ぶ悪者にされている。しかし、言っておくが、日本車も安いから売れているわけではない。安くて、しかも品質がよいから売れているのである! 私はドイツでも日本車に乗っている。
ドイツ人は、おそらく私が日本車を誇りに思うのと同じく、ドイツ車に対してアイデンティティーを感じている。特に国民車VWはドイツの技術であり、ドイツ人の誇りであった。VWの醜聞を、ドイツ人は自分自身の醜聞と感じている。
だから私の勘では、ドイツ人はこの危機を抜け出すため、ドイツの成功を妬んでドイツを陥れようとする国(←アメリカ)や、ドイツの不幸を利用する姑息な国(←日本)といった敵を見出し、久々に一致団結するような気がする。
ドイツの雇用の7分の1は、自動車とその関連産業で支えられている。23日、ヴィンターコーン社長は早くも辞任。この事件が、これからまだまだ深刻な問題に発展していくことは間違いない。
著者: 川口マーン惠美
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