「誘う女」(原題:To Die For)は1995年公開のクライム・サスペンス/ブラック・コメディ映画です。1990年5月に起こった22歳の女性講師が15歳の少年をそそのかして夫を殺害させた事件を題材にしたジョイス・メナードの長編小説「誘惑」をガス・ヴァン・サント監督、ニコール・キッドマン主演で映画化したもので、テレビで有名になるという野望に向かって突き進み、ついには夫を亡き者にした悪女の姿を、ヒロインはもとより様々な関係者たちによる証言で物語を再構成する語り口で描いています。主演のニコール・キッドマンは、ゴールデングローブ賞主演女優賞を受賞しました。
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監督:ガス・ヴァン・サント
脚本:バック・ヘンリー
原作:ジョイス・メナード「誘惑」
出演:ニコール・キッドマン(スザーン・ストーン)
マット・ディロン(ラリー・マレット)
ホアキン・フェニックス(ジミー・エメット)
ケイシー・アフレック(ラッセル・ハインズ)
イリーナ・ダグラス(ジャニス・マレット)
アリソン・フォーランド(リディア・マーツ)
ダン・ヘダヤ(ジョー・マレット)
ウェイン・ナイト(エド・グラント)
カートウッド・スミス (アール・ストーン)
スーザン・トレイラー(フェイ・ストーン)
ティム・ホッパー(マイク・ウォーデン刑事)
ほか
【あらすじ】
物心がついた頃からテレビに出て有名になることが夢だったスザーン・ストーン(ニコール・キッドマン)は、大学でテレビ報道を専攻、卒業後、父親の経営する地元ニューハンプシャーのイタリアン・レストランで働くラリー・マレット(マット・ディロン)と結婚します。彼の姉ジャニス(イレーナ・ダグラス)はスザーンのことを冷たい女と言って結婚に反対しますが、彼女にベタ惚れのラリーは耳を貸しません。ハネムーンは彼女の希望でフロリダに行きますが、それは現地のホテルでテレビ界の大物たちが会合を開くと聞いていたからでした。夫の目を盗んで熱心に売り込みを始めたスザーンは、ハネムーンから帰るとフロリダで仕入れた知恵を元に地元のテレビ局に就職します。雑用係のつもりで彼女を雇ったボスのエド(ウェイン・ナイト)に、スザーンは次々と企画書を提出します。とうとう根負けしたエドは、渋々ながら彼女をお天気キャスターに起用します。ラリーはそんな妻を自慢に思いますが、お天気キャスターでは飽き足らないスザーンは、さらにエドを説得して、高校生たちの実態を描くドキュメンタリーを制作する許可を得ます。彼女は恰好の素材として落ちこぼれの3人組、ジミー(フォアキン・フェニックス)、ラッセル(ケイシー・アフレック)、リディア(アリソン・フォランド)と出会います。一緒にハリウッドへ行こうと夢を語る上昇指向の彼女に刺激され、反抗的だった3人も次第に心を開いていきます。ラリーはスザーンに深い理解と愛情を示していましたが、仕事に夢中で家庭を省みないスザーンに、「子供を持ち、将来はレストラン経営を手伝ってほしい」と持ちかけます。夫の言葉にショックを受けたスザーンは、夫がが目的達成の邪魔になると考え、一計を案じてジミーを誘惑、官能的なセックスで虜にします。リディアも彼女を崇拝、彼らはスザーンの言のままに動く様になります。彼女は夫が暴力を振るうと訴え、ラリーに殺害をそそのかします。結婚1年目の記念日、リディアが持ち出した銃を使って、ジミーとラッセルはラリーの殺害を実行、番組を終えて帰宅したスザーンは嘆き悲しむ悲劇のヒロインを演じます。かけつけた報道陣のカメラの行列に注目されるスザーンに、うっすらと恍惚にも似た表情が宿ります。3人の素人による犯行は見破られ、スザーンにも殺人教唆の容疑がかかりますが、彼女は裁判で無罪となり、取材陣の前で彼女の夫は不良高校生たちに麻薬中毒にさせられたと発言します。やがてスザーンは、念願だったハリウッドのプロデューサーに会いますが、それは息子の死を無念に思うラリーの父親が依頼したマフィアの殺し屋(デイヴィッド・クローネンバーグ)でした。湖に誘い出されたスザーンは、厚い氷の下に沈められます。
主演のニコール・キッドマンの好演が光る映画です。強いテレビ出演への願望を持つ主人公スザーンを可愛らしく、コミカルに演じる一方、それを邪魔された時に見せる冷酷さの二面性は、見事です。スザーン役には、パトリシア・アークエット、ジェニファー・コネリー、ジョアン・キューザック、ブリジット・フォンダ、ジョディ・フォスター、メラニー・グリフィス、ダリル・ハナ、ホリー・ハンター、ジェニファー・ジョンソン・礼レイ、テイタム・オニール、メアリー・ルイーズ・パーカー、サラ・ジェシカ・パーカー、ミッシェル・ファイファー、ユマ・サーマンらが検討され、 一旦は、メグ・ライアンに決まりましたが、その後、彼女が辞退し、ガス・ヴァン・サント監督は、映画のお蔵入りの恐怖を味わいました。
ちょうどそんな時に脚本を読んだニコール・キッドマンは、ガス・ヴァン・サント監督の自宅に電話を電話かけ、40分に渡って自分がどの様にスザーンを演じたいか語りました。彼女は、15歳からテレビや音楽ビデオなどに出演、オーストラリア映画で実績を積み、1988年に出演した映画を目にしたトム・クルーズに招かれてハリウッド入りしました。彼が主演する「デイズ・オブ・サンダー」で共演、1990年に結婚しましたが、ハリウッドではトム・クルーズ夫人としての側面が強く、いわゆる美人女優として平凡なキャリアに甘んじていました。しかし、この映画では2001年公開の「ムーラン・ルージュ」や、2002年公開の「めぐりあう時間たち」に向けて開花していく彼女の才能をかいま見る事ができます。ガス・ヴァン・サント監督は二時間後にニコール・キッドマンに電話、彼女の採用を伝えました。ちなみに、メグ・ライアンの出演料500万ドルに対して、ニコール・キッドマンの出演料は200万ドルでしたが、11年後の2006年にはニコール・キッドマンは最も出演料の高い女優としてランクされるまで上り詰めました。
撮影に先立ちニコール・キッドマンは三日間、ベッドに籠もり、テレビ漬けの生活をしてリアリティ番組にどっぷりと浸り、まるで催眠術にかかったかのように魅せられる体験をしました。この映画では、メディアで注目を浴びたい主人公をブラック・コメディとして描いていますが、モデルとなった女性が存命で服役中であるのに対し、映画では主人公が殺されてしまうなど、映画は事実ではなく、フィクションとなっています(原題の「To Die For」は死ぬほどテレビで注目されたいという意味と、テレビ注目されることによって死んでしまうという意味をかけたものと思われます)。
ホアキン・フェニックスがちょっと危ない感じがする少年ジミーを個性的に演じています。妹のサマー・フェニックスもノン・クレジットで出演しており、共演のケイシー・アフレックと後に結婚しています。共演のケイシー・アフレックの兄、ベン・アフレックとマット・デイモンも、ラッセル役の候補でしたが、ベンもマットもボストン訛りが抜けていたのに対して、ケイシーはまだ抜けていなかった為、採用となりました。ケイシーは兄とマット・デイモンが書いた脚本を監督のガス・ヴァン・サントに持ち込み、後に有名な「グッド・ウィル・ハンティング」が映画化されました。アリソン・フォーランドも、何処にでもいそうなちょっと冴えない女子学生をうまく演じています。夫の姉を演じるイリーナ・ダグラスも印象的です。
この映画は、1990年5月、当時22歳のパメラ・スマートという女性が、15歳の少年を教唆して彼女の夫を殺させた事件が基となっています。ニューハンプシャーの高校で開かれた「Project Self-Esteem」で講師を務めたパメラは、ボランティアで来た少年ビリーと知り合い、深い仲になります。「夫さえいなければずっと一緒にいられる」と、パメラはビリーを唆し、ビリーは友人二人とパメラの夫のグレッグを殺害します。共犯の少年の証言もあり、ビリーの犯行が明るみに出ますが、パメラが計画を立てたとするビリーと、容疑を否認し無罪を主張するパメラの証言は真っ向から対立します。警察はパメラと親しかったある女生徒の協力により、彼女自身の口からその計画を立てた事を引き出し、パメラは1991年3月に仮釈放なしの終身刑を宣告され、服役中です。殺害を実行したビリーは約25年を刑務所で過ごした後、2015年6月、仮釈放されました。
この事件では、開廷から閉廷まで裁判の一部始終が放映され、アメリカ国民の目がテレビに釘付けになりましたが、2014年のサンダンス映画祭のコンペティション部門でアメリカ代表としてプレミア上映された「Captivated: The Trials of Pamela Smart」というドキュメンタリーでは、「パメラはセックスで誘惑し、15歳の少年に夫を殺させた悪女」というイメージをメディアが作りあげ、裁判の量刑を重くしたと問題提起しています。日本では未公開ですが、この映画を観た女性は次のように語っています。
必ずしも無罪とは思わないが、仮釈放なしの終身刑は重すぎる。若干22歳の女性にセックスで少年を意のままに操るスキルがあるとは思えない。パメラのビキニ姿の写真がメディアに出回ったが、話を聞く限り彼女は聡明な女性。一方、少年たちはかなりのワルだった可能性もあるが、彼らは裁判ではうまく立ち回っている。証拠として提出されたテープも不明瞭で、弁護士にお金をかけることができればこのような判決は出なかったはず。
「セックスで誘惑し、15歳の少年に夫を殺させた悪女」などと、メディアが偏った人間像を描くことは珍しい事ではありません。クリントン大統領の不倫相手として世界中にその名を知られたモニカ・ルインスキーも、若干24歳の女性にメディアが作り上げたイメージに随分とつらい思いをしたようですが、「Captivated: The Trials of Pamela Smart」に登場するパメラ・スマート本人も、「誘う女」で描かれているスザーンは「私ではない」と語っています。
1975年公開の「オーソン・ウェルズのフェイク」という映画で、オーソン・ウェルズは「芸術はひとつの嘘である」と言ったピカソを引用、「真実を理解するための嘘である」とつけ加えて結んでいます。リチャード・リンクレイター 監督の「バーニー/みんなが愛した殺人者」のように服役囚の刑期短縮の圧力となった映画もありますが、映画はひとつの芸術表現であり、ニコール・キッドマンの好演もあくまでも芸術の領域で評価するべきものです。彼女の演技に観て「実際はどんな人だったのだろう?」と考えることができれば、オーソン・ウェルズの「真実を理解するための嘘である」の意味がわかります。
当時のメディアを強烈に風刺するシーン〜「誘う女」
BROADCASTER: The point is, Miss--
SUZANNE: Stone.
BROADCASTER: That's a good name. Now, that's a name you can remember. The point is, Suzanne... if you want it bad enough you'll get it... but you gotta really want it. You gotta be able to do things that ordinary people wouldn't do. You see what I'm saying?
SUZANNE: I think so.
BROADCASTER: How about another of those?
SUZANNE: I don't know about that.
BROADCASTER: Sweetheart? Give us another all around.
BROADCASTER: Anyway, when I was at the network... there was this gal from some ten-watt station in the Midwest... where she did the weather. The weather. So she comes up to New York... in her best Donna Karan dress-for-success knockoff... blonde hair all done up in a French twist... and an audition tape in her imitation leather briefcase... along with a letter of introduction from her station manager. And it says... "Please give your most serious consideration... to the bearer of this letter--" Miss So-and-so. "Who is of moderate intelligence... who has some experience in broadcasting... and, more importantly... who can suck your cock until your eyes pop out." And you know who that gal is?
SUZANNE: Who?
BROADCASTER: (whispers into Suzanne's ear)
SUZANNE: Is that true?
BROADCASTER: It's true. And here comes the best part.
SUZANNE: Yes?
BROADCASTER: This is the best part. About ten years ago, I'm at some TV conference somewhere... and I run into that station manager... and I congratulate him on his letter-writing skills. And he doesn't know what I'm talking about.
SUZANNE: Why doesn't he?
BROADCASTER: Because he didn't write the letter.
SUZANNE: Oh. Who did?
BROADCASTER: She did. She wrote it herself.
SUZANNE: Oh, I see.
BROADCASTER: It's good, isn't it?
SUZANNE: I watch your show all the time.
BROADCASTER: Everybody does. So... what do you think, Suzanne?
SUZANNE: What do I think about what?
BROADCASTER: Well--ブロードキャスター:ポイントは・・・
スザーン:ストーン
ブロードキャスター:いい名前だ。とても覚えやすい。いいかい、スザーン、心から望めば夢はかなう。但し、努力せねば。普通ならできないこともする覚悟がいる。わかるかな?
スザーン:ええ。
ブロードキャスター:おかわりは?
スザーン:どうかしら。
ブロードキャスター:ちょっと、みんなにおかわりを。
ブロードキャスター:私が局にいた頃、ある若い娘に会った。中西部の地方局で天気予報をやっていた子だ。お天気だよ。彼女はニューヨークに来た。ダナ・キャラハン風の安手の勝負服に、金髪をキリッとアップにまとめ、合成皮革のかばんにオーディション・テープと、局長からの推薦状を入れてね。それにはこう書いてあった。「この手紙を携えた女性に最大限の配慮を願います。彼女には程よい教養と、テレビ出演の経験があります。そして何よりも、フェラチオの腕にかけては超一流です。」誰のことだと思う?
スザーン:誰?
ブロードキャスター:(耳打ちする)
スザーン:ほんと?
ブロードキャスター:ほんとさ。これにはオチがある。10年ほど前、私はある会議でその局長に会い、推薦状のうまさを褒めた。ところが、彼は何の話かわからなかった。
スザーン:なぜ?
ブロードキャスター:書いてないからさ。
スザーン:じゃ、誰が?
ブロードキャスター:彼女が自分で書いたんだよ。
スザーン:なるほどね。
ブロードキャスター:おもしろい。大笑いだ。
スザーン:彼女の番組は?
ブロードキャスター:大人気さ。きみなら、どうする?
スザーン:何をどうするの?
ブロードキャスター:そりゃ・・・
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