安保関連法成立 何が変わるのか
9月24日 17時35分
通常国会で最大の焦点だった安全保障関連法は、今月19日、参議院本会議で採決が行われ、自民・公明両党と次世代の党などの賛成多数で可決、成立しました。集団的自衛権の行使が初めて可能となり、戦後日本の安全保障政策は大きく転換することになります。
採決をめぐる与野党の攻防や、日本の安全保障がどう変わるのかなどを、政治部の田中泰臣記者が解説します。
安全保障関連法成立
通常国会最大の焦点となっていた安全保障関連法。今月19日の未明、参議院の本会議で採決が行われ、自民・公明両党や、次世代の党、日本を元気にする会、新党改革などの賛成多数で可決、成立しました。
歴代内閣がこれまで認められないとしてきた集団的自衛権の行使を可能にするほか、外国軍隊への後方支援や国際平和協力活動などの分野でも自衛隊の海外での活動の範囲や内容を広げるもので、戦後日本の安全保障政策は大きく転換することになります。
参議院での審議
政府が法案を国会に提出したのは5月。衆議院では116時間余りの委員会審議を経て7月16日に可決。参議院で審議が始まったのは7月27日でした。
衆議院での審議を経ても法案への国民の理解が広がっていないという判断から、安倍総理大臣や中谷防衛大臣兼安全保障法制担当大臣らは、法案への懸念を払拭(ふっしょく)しようと努める姿勢を見せました。
国会の内外からの「戦争に巻き込まれるのではないか」という指摘に対しては、「法案を整備することで抑止力が高まり、むしろ戦争のリスクは下がる」とし、「徴兵制が導入されるのではないか」という不安の声には、「憲法18条が禁止する『意に反する苦役』にあたり、ありえない」などと繰り返し説明しました。
また、中国の軍備増強や北朝鮮の脅威を具体的に訴え、法整備の必要性も強調しました。
しかし、参議院での与野党の攻防は、より激しさを増していくことになります。
民主党などは、礒崎総理大臣補佐官が審議入りの前日の26日、法案について、「法的安定性は関係ない」などと発言したことを問題視。「暴言・妄言にほかならず、更迭すべきだ」と安倍総理大臣を厳しく追及しました。
安倍総理大臣は「法的安定性を極めて重視しているのが内閣としての姿勢だ」などと弁明に追われ、礒崎氏は、参考人として委員会に招致されて陳謝し、発言を取り消すという異例の事態となりました。
外国軍隊への後方支援における武器や弾薬の輸送をめぐって、核兵器の輸送が可能かどうかについても論戦が行われました。
中谷大臣は「法文上は排除していないが、非核三原則があるので、核兵器の運搬は想定していないし、ありえない」と述べましたが、民主党は、法案に明記すべきだなどと強く反発しました。
共産党は、防衛省の統合幕僚監部が法案の成立を前提に作成した、自衛隊の対応を記した文書を入手し、問題だとして取り上げました。
これに対し、安倍総理大臣は「今後、具体化していくべき検討課題を整理すべく、必要な分析や研究を行うことは当然のことと考えている」などと答弁しました。
野党側は、参議院の質疑でも、法案に憲法に反する内容が含まれることや、憲法解釈を変更したやり方が立憲主義の破壊につながることなどを繰り返し訴えて、政府・与党と真っ向から対立したのです。
野党が再び対案・修正協議
ただ、野党側でも、法案をめぐる対応には党によって温度差があり、採決の段階では違いが明確になりました。
維新の党は衆議院と同様に対案を提出。
武力攻撃に至らないグレーゾーン事態に対処するための「領域警備法案」は、民主党と維新の党の共同で提出しました。
また、次世代の党、日本を元気にする会、新党改革の3党は、自衛隊の派遣にあたって国会の関与を強めるべきだとして、例外なく国会の事前承認を必要とするなどとした修正を求めました。
これを受けて、与党側は、維新の党や、次世代の党など3党との修正協議に臨みました。
維新の党との協議は、与党側が、武力行使の要件などでの考え方の隔たりが大きく、修正には応じられないとして、決裂しました。
一方、3党との協議は、自衛隊を派遣する際の国会の関与を強めるため、付帯決議と閣議決定を行うことで正式に合意しました。
これを受けて、参議院の採決では、次世代の党は衆議院に続いて、そして、日本を元気にする会と新党改革も、賛成することになります。
採決へ
与党側は、会期末の27日までに確実に成立させるため、今月16日に締めくくりの総括質疑を行いたいと提案し、特別委員会の鴻池委員長は職権で開催することを決めました。
これに対し、民主党などは「国民の理解が深まっていないなかでの開催は受け入れられない」として強く抵抗。この日の開催は見送られましたが、翌17日、鴻池委員長が委員会の開会を宣言し、直後に、野党から鴻池委員長に対する不信任動議が提出されます。
そして、不信任動議が否決された直後に、自民・公明両党などの賛成多数で質疑の打ち切りが決まり、民主党など野党の議員が委員長席に詰めかけて抗議するなか、直ちに法案の採決が行われて自民・公明両党などの賛成多数で可決されました。
成立阻止に向けて「あらゆる手段で対抗していく」としていた民主党は、参議院に安倍総理大臣や中谷大臣に対する問責決議案などを相次いで提出。さらに、衆議院では、民主党、維新の党、共産党、社民党、生活の党と山本太郎となかまたちの5党が共同で安倍内閣に対する不信任決議案を提出します。
野党側は、国会前に集まった、法案に反対する人たちの後押しも受けて、趣旨説明と討論での長時間にわたる演説や、いわゆる牛歩戦術を行うなどして抵抗しましたが、いずれも自民・公明両党などの反対多数で否決されました。
そして、19日の未明、参議院本会議で法案の採決が行われ、自民・公明両党や、次世代の党、日本を元気にする会、新党改革などの賛成多数で可決、成立しました。
安全保障関連法とは
法律によって自衛隊の活動はどのように変わるのでしょうか。
最も大きな論点になったのは、集団的自衛権の行使を容認するかどうかです。
集団的自衛権の行使は、自分の国が攻撃されていなくても同盟国などへの攻撃に対して反撃することで、歴代内閣はこれまで憲法9条の下、行使は許されないとしてきました。
法律では、集団的自衛権の行使が可能となる事態を「存立危機事態」と定義し、内容は「わが国と密接な関係にある他国に対する武力攻撃が発生し、これによりわが国の存立が脅かされ、国民の権利が根底から覆される明白な危険がある事態」としています。こうした事態が起きた際には、自衛隊が防衛出動し、武力の行使ができるとしています。
政府は、あくまでも日本の防衛のために限定的に集団的自衛権の行使を可能にするものだと説明していますが、法案に反対する野党は「憲法違反だ」と指摘してきました。
外国軍隊への物資の補給や輸送といった後方支援も大きく変わります。
周辺事態法を改正して重要影響事態法とし、日本の平和と安全に重要な影響を与える事態を「重要影響事態」と位置づけて、地理的な制約のないことを明確にしました。
周辺事態法では、自衛隊の活動期間を通じて戦闘行為が行われることがない場所を「後方地域」として活動場所を限定していましたが、改正によって「戦闘行為が行われている現場以外」での活動が可能となります。
支援の対象もアメリカ以外の外国の軍隊も認め、新たに弾薬の提供も認めるとしています。
さらに、国際貢献のための後方支援については、新法の「国際平和支援法」を制定。これにより、政府は、必要に応じてそのつど特別措置法を作らなくても済み、自衛隊を迅速に派遣できるようになるとしています。
また、武力攻撃に至らないグレーゾーン事態での外国軍隊に対する防護を可能にします。
一方、国連のPKO活動での任務や武器使用権限を拡大し、他国の部隊などが武装集団から危害を加えられそうな場合に、自衛隊が武器を使って救援する、いわゆる「駆け付け警護」や、住民の安全を確保するため、巡回や警護、検問といった活動も新たに可能になります。
このほか、海外での邦人救出を可能にすることも盛り込まれています。
日本の安全保障はどうなるのか
では、日本の安全保障政策は具体的にどう変わるのでしょうか。
日米同盟がより強化され、その中での日本の役割が増すことになると言えます。
集団的自衛権の行使が初めて可能になり、限定的とはいえ、アメリカなどが武力攻撃を受けた際、日本が武力攻撃を受けていなくても武力の行使が可能になります。
また、いわゆるグレーゾーン事態でも、アメリカをはじめとする外国軍隊を武器を使って防護できるようになります。アメリカ政府の関係者も、今回の法整備によって、警戒監視活動などの面で日本の役割が強化されることに大きな期待を寄せており、日米の安全保障面での連携がより強まることになると言えます。
ただ、この点をめぐっては、国会審議で、安倍総理大臣が、法整備により日米同盟が強化されることで抑止力が高まり、紛争に巻き込まれるリスクは下がると繰り返し主張した一方で、法案に反対する野党は、逆に戦争に巻き込まれるリスクが高まると指摘しています。
国際貢献という点でも大きく変わることになります。
日本が20年以上前から自衛隊を派遣してきた国連のPKO活動。任務と武器使用の権限が拡大され、これまでは、主にみずからの身を守るための必要最小限の武器の使用のみ認められていましたが、任務を遂行するための武器使用まで認められることになります。
防衛省は、南スーダンで国連のPKO活動に参加する陸上自衛隊の部隊に対し、「駆け付け警護」などの任務を新たに追加する方向で検討に入ることにしています。実績を積み重ねてきた自衛隊による国際貢献のための活動も新たな領域に踏み出すことになります。
成立後も国民の理解を
今回の法律をめぐっては、国会周辺で、連日、「法案は憲法違反だ」、「戦争に巻き込まれる」などとして反対集会やデモが行われました。
安倍総理大臣自身、国会審議の終盤、国民の支持が広がっていないことを認めていましたし、特別委員会の鴻池委員長が、採決後、「政府の答弁には不備が目立った。これからも謙虚に説明を尽くしてほしい」と言っていたのが印象に残っています。
安倍総理大臣は、成立後、「今後も国民に粘り強く説明を行っていく」と述べましたが、政府・与党には、成立をもって「議論は決着した」とするのではなく、法律をどう運用し、それが日本の安全保障にどう資するのか、丁寧に説明し、国民の不安や懸念の払拭に努める責務があると思います。