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2015.9.25 FRI
TEXT BY YOSHIKI ISHIKAWA
PHOTOGRAPHS BY TODD JORDAN
2015年4月、前代未聞の料理本が発売された。驚くなかれ、65を超えるレシピを考案したのは、シェフ・ワトソンという人工知能が搭載されたコンピューターなのだ。
「コンピューターに創造ができるのか?」という問いは、人工知能研究における「最後の地平」とも呼ばれ、機械創造学(Computational Creativity)という新たな学問分野を築きつつある。具体的には、料理、詩、音楽、ファッション、研究など、いわゆる創造的な活動をコンピューターに実行させることを目的としている。
もちろん、コンピューターに創造性を発揮してもらうのは、決して簡単なことではない。しかし、近年、この難問に対して見事な道筋をつけた男がいた。彼の名は、ラヴ・ヴァーシュニー。IBMでシェフ・ワトソンの開発を率いた、若き天才である。
少し歴史を振り返ると、シェフ・ワトソンの開発がはじまったのは、2011年のことだ。IBMは、人工知能分野でビジネスの新たな先鞭をつけたいと考えており、白羽の矢を立てたのが、当時わずか29歳のヴァーシュニーだった。
ある試算によれば、わたしたちはまだ、「0.0000001パーセント」の料理にしか出会えてないという。そもそも、世界中の食材がこれほど身近に手に入る流通網ができたのは、最近のことだ。それこそ無限とも思える食材の組み合わせが、まだほとんど試されていないのは当然のことだろう。だからこそ、いまでも日々新たなレシピが誕生し、わたしたちの舌を喜ばせているのだ。
しかし、料理はきわめて創造性が求められる分野であり、ランダムに食材を組み合わせるだけで、新しい味が誕生するわけではない。そこで求められるのが、「創造のできる人工知能」である。
例えば、一流シェフの思考プロセスを模した人工知能ができれば、これまで誰も思いつかなかった「健康的でおいしい」レシピが誕生することになる。そうすると、わたしたちの食生活はきわめて健全なものになり、肥満や糖尿病といった、食生活に関連する課題が一気に解決できるかもしれない。
もちろん、ビジネス上のインパクトも無視できない。フードビジネスは、世界経済のなかで大きな割合を占めている。人工知能によって、そこに少しでも食い込むことができれば、企業にとって新たなビジネス創造の機会になる。
以上のような背景をもとに、2011年、若きヴァーシュニーは「シェフ・ワトソン」の開発にとりかかった。
シカゴ郊外にあるイリノイ大学のヴァーシュニーの研究室。
ヴァーシュニーがまず取り組んだのは、「いかにして創造性を数式で記述できるか?」という問いだった。というのも数式で表現できない限り、コンピューターに創造的な活動を実施させることができないからだ。
彼が見事だったのは、きわめてシンプルに創造性を数学的に定義したことだ。具体的にいうと、「質」と「新しさ」というたった2つの変数を用いれば、コンピューターに創造的な活動をさせることができると提案したのだ。例えば料理の場合、「質」とはおいしさであり、「新しさ」とは味わったことのない驚きとして定義される。
このアイデアをもとにして、ヴァーシュニーらはわずか数年の間に、新しくておいしいレシピを提案する人工知能(シェフ・ワトソン)を開発した。実際に提案されたレシピを、プロのシェフに見てもらったところ、「この食材を組み合わせてもうまくいくはずがない」と最初は思われたという。しかし、「とにかく試してみませんか?」と促されて実際につくってみると、「ワォ! これは…すごくイイ!」と高い評価を得た。
そしてプロジェクトの開始から3年後の2014年、米テキサス州オースティンで開かれたSXSWで、シェフ・ワトソンはお披露目された。実際にシェフ・ワトソンが提案したレシピが味わえる屋台も設置され、雨にもかかわらず長蛇の列ができ、大成功を収めた。
こうしてシェフ・ワトソンは、コンピューターに創造性を発揮させるという、人工知能の新たな地平を切り開いた。次はどこに向かうのだろうか? 現在はIBM社を辞し、イリノイ大学で研究を行うヴァーシュニーに、直接話を聞いた。
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