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第2話 予想以上
カイル達一行は帝都の目抜き通りにあるマルニコ商会の支店に併設された倉庫へと向かう。
荷車が開け放たれた扉をくぐり倉庫にはいったあと周りの目を避けるように急いで扉が閉められる。
倉庫内からも最小限の人員しか居なくなったのを確認した後、クラウスの指示により細工した石材の蓋を外し、隠れていたアンジェラが出てくる。
「ふう、思ったより疲れましたわね」
それほど長い時間ではなかったとはいえ、石の中でじっとして身体が強張ったのか、思い切り伸びをするアンジェラ。
活動的な彼女にとって、じっと大人しくしているのは苦痛だったのだろう。
「ご不便をおかけしました。一番顔が知られておりますアンジェラ様ですと万一がございますので」
クラウスが労りの言葉をかける。
「ええ、解っています……面倒をかけましたね。この御礼はいずれ必ず」
「いえいえ、これぐらい大したことではありません。それにそれほど危険な橋ではありませんし」
苦笑するクラウス。
実際皇女であるアンジェラの身を守るとう大義名分があるため、発覚したとしても言い訳はいくらでもできる。
クラウスからしてみればこれでアンジェラ皇女に貸しを作れたと思えば安いものだった。
「それに私はあくまで帝都へ入るお手伝いだけですので……」
クラウスはちらりとカイルを見る。ここからは彼らの仕事だと言わんばかりに。
「皆様にも改めて御礼を言います。護衛をひきうけてくれまして……」
アンジェラがカイル達の方を向き、感謝の意を表す。
長兄の訃報を聞いたアンジェラは、迷った末に帝都に戻る決意をした。
自分に何ができるか解らないが帝国の危機を放っておけなかったからで、カイル達に戻るまでと帝都内での護衛を改めて依頼したのだ。
アンジェラからしてみればこれから起こるだろう帝国内の騒動に巻き込む形になるのだが、即座にカイルが引き受けてくれたので、長兄を失ったばかりの自分を気遣ったものと受け取ったようだ。
「……本当にカイル様も皆さんも英雄と呼ばれるのに相応しい高潔な精神をお持ちなんですね」
アンジェラの高評価に少し困り顔になるカイル。
「いえ私としましても、この件は放っておけませんので……」
カイルのこの発言は紛れもない本心だった。
アンジェラの護衛は元々この件に介入する気だったカイルからしてみれば渡りに船で、むしろ自分の目的の為に利用する気なくらいだ。
「それに皆も、どんな状況だろうと苦にしませんからね」
カイルは仲間達の方を見る。
「ふう、変装するというのも中々気を使うな」
顔につけていた汚れを拭いながらウルザが安堵のため息をついた。
「ウルザなんか目立つから大変よね。それに比べてあたしはこういうのが似合っちゃうのよね、悲しいことに」
リーゼは自分の下働き姿を見ながら苦笑している。
「俺なんかどんなに隠しても内面から輝きがにじみ出てしまうから……って聞けよ」
セランのいつもの戯言はいつものように無視されている。
今まではカイルの英雄になるという目的上、一行は常に目立つように行動してきた。
なのでこのように人目を忍ぶのは旅が始まって以来無かったことで、少々戸惑ったが新鮮でもあり楽しんでいたようだ
そんな仲間を横目に見ながら、カイルは積み荷の中に隠していた自分の愛剣を取り出すと鍔元の宝玉が光りだす。
『妾も変装してみたかったのだが……』
そうぼやくシルドニアだが、あくまで本体は剣で、魔力で作りだした分身をひっこめればいいだけの彼女に変装の必要は勿論ない。
(しかし、これから帝国のお家騒動に首を突っ込もうと言うのに皆元気だな)
どんな状況でも余裕がある態度を崩さない、いつも通りの仲間達に少しだけ呆れるが、だがそれが方針を決める自分に対する信頼を表してもいる。
(何も文句を言わずについてきてくれる皆に、俺は何が出来るんだろう……このままでいいのだろうか?)
このところよく考えてしまう、結論のでない自問自答を繰り返してしまいそうになるカイルに、迎えたマルニコ商会の店員の中に紛れるようにいた、一人先行して一日早く帝都に潜入していたミナギが話しかけてくる。
「無事に入れたようね」
「……そっちこそ何も問題はなかったのか?」
「ええちょっと面倒だったけど、私一人なら何とかなるって言ったでしょ」
なんでもないことのようにミナギは言うが、どこかその声にはどこか誇らしげな響きがあった。
ミナギの役目に先行して情報収集があるのだが、今回は封鎖され警戒厳重な帝都に入れるかどうかが不安で、カイルは事前に難色を示していたのだ。
その心配をミナギは笑い飛ばしたのだが、どうやら本当に杞憂だったらしい。
「いや、腕の方は信頼しているんだが、ミナギは時々妙な不運に見舞われるからな」
カイルの指摘に少し自覚のあるミナギは整った眉をぴくりと動かした。
「う、うるさいわね……とりあえずざっとだけど情報収集してきたわ」
ミナギは半年前まで帝都に長期潜入しており、この地に慣れている。
その為一日である程度だが精査された情報を手に入れることが出来たのだ。
「わかった、じゃあ早速で悪いが報告を頼む」
カイルの言葉にミナギは軽く頷いた。
クラウスに用意してもらった部屋は会議等を行うためにある一室で、長いテーブルに全員腰を掛けている。
その場に居るのはいつものカイルと仲間達のほかにはアンジェラ皇女と、クラウスも同席していた。
「さて、これからどうするかを決めるためにも詳しい情報を聞きたい……頼む」
カイルが言うと、ミナギは皆を前に見回した後ゆっくりと口を開く。
「はっきり言えば、帝国はこのまま内戦になってもおかしくない状況ね」
「すでにそこまでいっているか……」
ミナギの予想以上の悪い報告にカイルは額に手をやりながら嘆き、アンジェラも表情を硬くする。
「まず、公式にはエルドランド皇子はあくまで急死で、暗殺されたと言うのは噂にすぎないけど、その直後から帝都は出入りを軍が完全に封鎖しているのは犯人を逃さないようにするためだとほぼ確定事項のようになっているわ」
「あの警戒ではそう考えるのは当然の流れだな……」
ウルザが門の警備を思い出しながら言った。
「それで……アンジェラ皇女に関しても行方不明だけど、ほぼ死亡したものとして伝わっているわね」
ミナギはちらりとアンジェラの方を見ながら言う。
「私に関してはそのほうがいいでしょう。同じように命を狙われていたのですから」
身を守るためには死んだと思われている方が都合が良い。
「で、誰が殺したのかもそうだけど、同じくらい話題に上って問題になっているのが、皇帝の後継者がどうなるかね」
後継者という言葉に、カイルの顔が険しくなる。
カイルが何よりも恐れているのはこの後継者争いから発展する内戦だからだ。
「候補になっているのは三人ね、第二皇子コンラート、第三皇子マイザー、そして第一皇子の遺児でもある皇太孫ノルド……そして、この三人のうち誰かがエルドランド暗殺犯の可能性が高いと言われているわね」
アンジェラの顔を見て少し言いにくそうになるミナギ。
共に連携して戦った仲だ、裏世界の住人であるミナギも多少なりと気遣っているのだろう。
「当然そうなりますね」
だがアンジェラも解っていたようで、すんなりと頷いた。
暗殺の動機として一番考えられるのが帝位に関してで、エルドランドが死んで最も得をする者、つまり時期皇帝になろうという人物が疑われるのは自然の流れだ。
もしかしたら自分の兄弟達が長兄を殺したかもしれない、そんな事態を受け入れているのだ。
「ですが私を襲った者とエルドランドお兄様の暗殺犯が同じだとしたら三人のうちの誰かの可能性は薄いです。帝位が目的だとするならば、私を襲う意味はありませんから」
アンジェラに帝位の継承権は無い。ガルガン帝国には女性の皇帝、女帝は存在しないのだ。
もっともこれは帝国の前身であるガルガン王国に女王と言う風習が無かったためで、ベネディクスが建国したガルガン帝国では実力主義で女性でも高い地位になれるので将来的には女帝が生まれるだろうと言われている。
「継承権の無い私を暗殺したところで意味はありません。それもエルドランドお兄様より先に狙えば警戒を強めるだけです。それに帝位をつぐのは本来なら嫡子筋にあたるノルドが妥当でしょうがあの子は帝国を背負うには幼すぎます……そして犯人であることもまずありえません」
アンジェラにとって甥で、皇帝の孫に当たるノルドはまだ四歳だった。
四歳のノルドが帝位を狙い自らの父親を暗殺するのはどう考えてもありえない。
「……で、この混乱に拍車をかけているのが、未だに皇帝の正式な発表がないのよ」
ミナギが理解できないと頭を振る。
現皇帝であるベネディクスが三人のうち誰かを後継者として正式に指名すれば少なくとも表向きの混乱は収まるはず。
早期の収拾を図るためには当然すべきことであるのに、未だにエルドランドの葬儀の日程すら決まっていないとのことだ。
「それが解らない、何故なんだ?」
カイルも納得できない顔になる。
カイルの知っている歴史では、ベネディクスは後継者にマイザーを指名している。
だがそれは本当に死の間際で正式な手順を踏んでおらず、また捏造だという者もいれば、ベネディクスが正常な判断が出来なかったせいでそれは無効だと言い張る者も居たので、出来る限り早く指名をしてもらいたいのだ。
その疑問に答えたのはアンジェラだ。
「発表しない理由はあります、おそらくお父様はまだこのことを知らないのでしょう」
「知らないとはどういうことです?」
カイルは思わず聞き返してしまう、帝国の存亡にさえかかわる事態だと言うのに皇帝が知らないと言うのはありえない。
「……お父様は最早床から身を起こすことさえ困難で、医者の話ではあともって二月か三月で、それまでは意識が混濁することも多く数日間意識不明もあるとのことです……」
現在帝国が最も秘密にしている事を、沈痛な面持ちでアンジェラは語った。
六章第二話です。
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