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女工を哀れむ調子で風俗嬢を哀れんでる人、ちょっと来て

風俗嬢と社畜と毒親育ちをひとまとめにしたブログを読んだ。

takasuka-toki.hatenablog.com

これにショックを受けているツイートも見た。

 

わたしは風俗やAVなどいわゆる身体を売る仕事をしているひとにとても興味がある。*1以前はそうした仕事に就く方のことを気の毒に思わずにいられなかった。でもいまは考えが変ったので、今日はいまのわたしの理解の範囲でそのことを書きます。

 

悲惨な生い立ちと性産業をとりまく労働環境の劣悪さ

最初に読んだ本は「AV女優」だった。AV支持層向けのインタビューで作られた「エッチが大好きな淫乱で奔放な女の子が趣味と実益を兼ねて出演してるんですよ」という話ではなく、AV業をなりわいとしたさまざまな女性たちが語ったことを真摯に聞き取った本だと思った。*2

 多くの女性に壮絶な過去があった。こんなおそろしい背景がなければ見ず知らずのひとの欲情煽るために裸体をさらし、もっとも個人的な関係である性交する姿をひとまえに見せる仕事に就くことはなかっただろうとそのときは思った。

 

ただひとり、子供の頃にAV男優の加藤鷹に惚れこんで業界に入ったと書いた女優がいた。いまではAVは知らなくても加藤鷹は性のカリスマとして知っている人もいるけれど、彼女が加藤に注目したころはそうではなかった。

 

加藤の仕事はほかの男優のそれとはまったく違うと彼女は思った。その後加藤見たさに複数のAVをあさり、加藤の出演場面だけを繰り返し見た。憧れて憧れて、ついにAV女優になった。インタビューに答える彼女は幸せそうだった。彼女をとりまくひとたち、家族や友人もあっけらかんとしているように見えた。彼女に関しては「いや、そんな小さい頃からAV男優に入れ込まざるを得なかった病的で特殊な背景があったのでは」と穿って考えることはできなかった。そうか、夢が叶ったのか。よかったな。なんかいい話であった。

 

やがてネットでAV女優のインタビューやブログが読めるようになった。

ここでも過去に筆舌に尽くしがたい経験を持つ女性が大勢いることがわかった。仕事に就くまでの背景もさることながら、アダルトデデオ業界、風俗業界では厳密には違法とされる行為を隠蔽するため、問題がおきても司法に訴えさせまいという圧力がある。

 

ほかの職業であればすぐに新聞沙汰になり、三面記事をにぎわしたに違いない問題が事故として、また「合意の上での契約」として不問にされた話が数え切れないくらいあった。

ところがそういう事件に巻き込まれ、甚大な被害を被った女性たちへの非難は苛烈だった。「そういうリスク込みで高い金をもらっているんだから当たり前」「そんな仕事に就くほうがおかしい」「そのくらいの覚悟がないならはじめからやらなければいい」

 

ちょっとした支払いトラブルや仕事内容の食い違いどころではなく、一生残る障害を抱える羽目になっても、どう考えても不自然な状況で遺体が発見された場合でもそうだった。なぜ誰を搾取したでもなく身体を張って仕事をして、これほど憎まれなければならないのか。あまりにひどい。

こんな劣悪な労働環境だなんてAV業界なんかなくなればいい、風俗業もぜんぶ禁止になればいい、と思った。現場で働く人はそのことをもっと知っているはずなのに、どうして続けるんだろう。やはり心の傷のせいなのだろうか。

 

「つぼみ日記」と「そら模様」

ある日「つぼみ」という名のAV女優がけいおん!の澪のコスプレAVを撮影中のひとこまをブログに上げた。それがまとめサイトに出て、その日からつぼみ日記を断続的に読み続けている。わたしはつぼみを知ってAV女優に対する見方がずいぶん変った。*3

 

つぼみは自暴自棄でもなければ性を礼賛してひけらかす様子もなかった。制作中の作品を紹介する様子はパン屋が新しいパンを紹介するくらいのテンションで、もちろん気持ちもこもっているし、熱意もある。でもパン屋はパンをことさらタブーだと騒ぎ立てたりしない。激辛カレーパンのときは目を白黒させながらいたずらっぽく、フルーツデニッシュのときは甘い期待をさせるような調子で宣伝する。そのくらいの調子でパンについて書いて、あとは日常のあれこれ、最近読んだ本のこと、旅のこと、買っている犬や挑戦している料理のことを書いていた。

 

前後して蒼井そらが出した本がTUTAYAに平積みされていた。

こちらもそれまでのAV女優像からは外れたものだった。それまでのポルノ女優の告白といえば壮絶な過去を持つ女性がやむにやまれぬ事情でポルノ稼業に入り、認められるまで歯を食いしばって奮闘するようないじらしい路線か、*4*5性のタブーをエロティックに描いて扇情をそそるようなものだった。*6

 

でも蒼井そらはやはりちょっと変ったパン屋くらいのテンションだった。もちろん本を出すほどのネームバリューを獲得するくらいなのでパンにはこだわりがあるけれど、製パン業は日常の一部であって、蒼井そらの人生そのものではなかった。

このころからわたしは自分の見方を修正しはじめた。パン屋もいろいろ、AV女優もいろいろだ。

 

パン屋にもドラマがある。安定した企業や官職につとめず、自営業を選んだのはなぜか。米の国に生まれながらパンを焼き続けるのはなぜか。早朝に大量のパンを焼き続ける人生はきつくないか。いろいろ聞いてみたいことはある。

でもサラリーマンになれなかったような人間がパン屋になるとか、官職をあえて蹴ったのは親との確執によるものだとか、パンへの執着は米への嫌悪からだとはふつう考えない。もしかしたらそういうパン屋もいるかもしれないけれど、一事が万事そうではない。

忘れられないパンを食べ、パン職人に憧れてパン屋になる人がいるように、加藤鷹に憧れてAV女優になる人もいるのだと思った。 

 

AV女優のアイドル化は問題か

AV女優がセックスと関係ない仕事で人気を博す様子を「AV女優のアイドル化」と呼ぶ人がいる。紋舞らんが松浦あやそっくりの衣装やPVで歌って踊る様子はまさにアイドルだった。*7大人数で歌って踊るというAKB系アイドルを踏襲した恵比寿マスカッツもそうだ。ゴッドタンのキス我慢選手権での演技が高く評価されたみひろはドラマや映画に出演し、その後「アラサーちゃん」にゆるふわちゃん役で登場する。*8二匹目のドジョウをねらっているのか、27時間テレビ明石家さんまで工場女子をキャッチフレーズに紹介された紗倉まなもゴッドタンに参戦。TOYOTA公式で連載を持ったこともあった*9

 

「説教おやじ」でおなじみの及川なおは2008年に炎神戦隊ゴーオンジャーにケガレシアとして出演し、「AV女優が子供向け番組に出るな」と大批判をくらった。あれから7年、2015年5月に鈴木一徹が「ごきげんよう」に出たときは特に否定的な騒ぎはなかった。*10いまなら一徹がドラマに出てもかえってシルクラボの売り上げが上がる程度で済むんじゃないかと思う。シミケンはSASUKEで予選通過したあと出場を拒否されたそうだけど、一徹は花王愛の劇場くらいはいけるんじゃなかろうか。こういこと書いてるときりがないからこの辺にしておく。

 

AV業界に関していえば確かにアイドル化はすすんでいると思う。ただそれを問題視する理由が「アイドル感覚の軽い気持ちでAV業界に入る人が増えたら問題なのではないか」となると疑問がある。AV女優はセックスに関する仕事だけしておけ、というのは差別だと思うからだ。*11

 

パン屋がパン以外のもの焼いたらダメですか。米屋になっても、ディーラーになってもいいじゃないですか。それともパン屋はかつての肉屋のように触ったらいけない仕事なんですか。

ただ「パン屋になんかならないほうがいいと思っておいた方がいいんだ」と思う人の気持ちもわかる。わたしがそう思うのは安易な起業をすすめないのと同じ理由だ。

 

プロの仕事を誰でもできると思っちゃうこと

それだけ頭がいいなら、顔がきれいなら、恵まれた家に生まれているのに、何もパン屋なんかにならなくても、といいたくなる気持ちはわかる。かつての肉屋のように扱われる仕事に就くのはたいへんだ。もはやアイドルそのものであるAV男優の鈴木一徹には子供がいるが、就学時期になったら学校や父兄にどう対応したらいいだろうと有吉ジャポンで悩んでいた。AV業界、風俗業界への風当たりは差別的で厳しい。

 

でも変えていかなきゃならないのは業種ではなく、そういった仕事に就いているいじょう何をされても仕方がない、どういわれても当たり前という風潮なんじゃないのかな。毎日パン食ってる人は特にね。

 

アダルト産業、風俗業界の問題は二つある。ひとつは社会的に最底辺としてくくられ、差別される職業だということ、もうひとつは適性がないと続けられない仕事だということだ。

これをいっしょくたに考えて、後者に気づいていないか軽視している人が性風俗に関する仕事を「誰にでも出来る最底辺の仕事」「貧困層セーフティーネット」呼ばわりをしているのだと思う。

 

風俗嬢講師の水嶋かおりんという人がいる。

 

水嶋さんは風俗業は単におっぱい出してニコニコしてればいいようなものではなく「常に機転を働かせて人の気持ちを察しながら、身体全体を使ってする親密なサービスだから、誰にでもできることではない」と警告している。*12

synodos.jp

まいかい違う人と親密な関係になることのストレスはもちろんある。それだけでなくマットプレイの体重移動のこつ、ローションで転落して怪我をしない方法など、人の身体を扱う仕事には細やかな神経がいる。緊縛師の有末剛、青山夏樹らは神経や血管を圧迫させない、怪我させない縛り方について語っていた。高額なお金のやりとりもある。いろいろな意味で適性がある人にしかできない、続かない仕事だ。虐待される子供のように乖離状態でぼーっとよそごと考えているようでは商売がなりたたないと思う。

 

こうしたプロフェッショナルの現場で働く特別な才能を持つひとに対して「そんな汚い仕事をしていて凄いねえ」というのは、かつての肉屋に死体をさばかせながら、自分は解体新書を書いているつもりくらいの上から目線だ。そういったプロフェッショナルの方々には相応の敬意をこめた文章を書いたらどうかと思うよ。

 

性産業はなくならない。隠しても仕方がない。それよりお涙頂戴でも、妄想の補完でもない現場がもっとあきらかになって、「ベンチャー!起業!」とそそのかされてノリでパン屋を開いたり、保健所通さず手売りでパンを売りさばこうととする人たちが「ちゃんと頭と身体を使って続けていけるだろうか」と冷静に考えるようになればいいなと思う。

そして「しょせんは最底辺、劣悪なのは当たり前」という認識があらためられて、現場で問題が起きたときに「こういう仕事だから仕方がない」と泣き寝入りしたり、逃げ遅れたりすることが減っていけばいいと思うよ。

*1:自分の知らない仕事で世間にあまり出てこない仕事全般興味がある。

*2:こういったAV女優の悲惨な告白は同情をひこうと思ってついた嘘だ、と「はてこはだいたい家にいる」の方に何の根拠もなく書き込んできた人がいた。AV監督さんへ おたく社会はレイプと無縁か

*3:ほかにも風俗業の方のブログやストリッパーの方のブログなど読んでいましたが、AV女優はメディア露出も多くてので見つけやすい。

*4:映画出演を記念してプレイボーイに掲載された桜木ルイのインタビューとか。

*5:知り合いのAVライターは桜木ルイが当時のAV女優の中で群を抜いて性格がよく礼儀正しいことを絶賛していたので、映画出演の話を聞いたときはやっぱりそういう人はさすがだなと思った。

*6:五月みどり黒木香が男性向け週刊誌にしばしば登場して答えたインタビューとか。

*7:出来はともかく扱いが。

*8:そもそも女優志望だったんだよね。

*9:いうほど車好きじゃなかったらしくすぐ終わった。

*10:「子供」と「毎週」がポイントだったのかもしれないけどね。

*11:こういうことを言う人は芸能界に限らず、AV引退後に消えなかったAV女優のことも「アイドル」に含める傾向があり、漫画家、コラムニストの峰なゆかもそうした「AV女優に憧れるものを増やす女」として槍玉にあがる。

*12:ふつうの仕事は出来ないけれどこれだったら誰でもできると思って入ってくるとたいへんなんだって。教えてくれる人もいないしね。時間いくらでお金がもらえるわけじゃなく、お客がつかなかったらそれまでの実質自営業だからね。