病室に入った私は母親になんと声をかけたのか覚えていない。もしかしたら声もかけずにただ立っていたのかもしれない。そんな私に母は賢そうなお坊ちゃんですねと言った。普段、片付けをしろだの宿題をやったのか?だの口うるさい母親が静かにそう言ったのだ。今日はわざわざ来てくれてありがとうとも言った。普段なら母親が言う言葉にいちいち感情をあらわにして反発してきたのだが、その日の母の言葉は、すっーと体をすり抜けていくように感じた。私は大人びた少年だったので、お母さんお母さんと泣き叫ぶことはしなかった。そうすれば母が戻るのであればやったのか?それはわからない。ただ、他人になってしまった母をじっと見ていた。
実の子供でも忘れる時にはあっさり忘れるんだなと思う。冷静に考えるとどんなに腹を痛めようが血が繋がっていようが母も他人なのだ。母が私を他人だと思っている間は私も母を他人のように感じてしまう。言葉が本当の意味で伝わらない。賢そうなお坊ちゃんですねと言った言葉が本心なのか?来てくれてありがとうと言った言葉が本心なのか?それさえもわからない。
それからしばらくして母の記憶喪失は治り、また口うるさい日々が始まった。いちいち反発した。まるで母親がふかふかのベッドで私はその中のスプリングのようである。
今でも母という存在は基本的には他人という気持ちに変わりはない。しかし母が子供を思う気持ちが母親であり、それに反応する子供の気持ちが親子関係を作っているように感じている。
親子とは血ではなく気持ちで繋がっているものなのだ。壊れやすい気持ちで繋がっている大切な宝物なのだ。