日本の安倍晋三首相が今月22日、4人の故人に会った、と日本メディアが報じた。19日から23日までの大型連休に合わせ、山梨県の別荘で静養した安倍首相が、官邸に戻る途中でのことだ。安倍首相はまず、静岡県にある母方の祖父・岸信介元首相と父親の安倍晋太郎元外相の墓を訪れた。そして東京に戻り、昨年死去した岡崎久彦・元駐タイ大使と小松一郎・前内閣法制局長官の自宅を訪れ、安全保障関連法の成立を霊前に報告した。この2人は安倍首相にとってどのような存在なのだろうか。
岡崎氏は東京大学と英国ケンブリッジ大学を卒業した保守派の論客で、1952年から40年にわたって外務省に勤務し、退職後は相次いでベストセラーを出した。現実主義者として知られ、イラク戦争の際には小泉純一郎首相(当時)が米国を支持したのに対し「日本が唯一指針とすべきことは、評論家的な善悪是非の論ではなく、日本の国家と国民の安全と繁栄だ」と絶賛した。1973年から2年間、ソウルの日本大使館に勤務し、ペク・ソンヨプ将軍などと交流があった。韓国についての著書もあり「日本人が『安重根(アン・ジュングン)はテロリストではなく、韓国の愛国者』だと言えるくらい成熟しなければならない」と主張した。その一方で「旧日本軍の慰安婦とは基本的に『売春婦』だった」とも主張した。岡崎氏は「歴史には流れがあり、その流れの中で戦争も平和もある」との見方を示していた。
岡崎氏は1990年代以降、日米同盟の強化や集団的自衛権の行使容認を主張した。安倍首相とは第1次政権(2006-07年)以来、共同で勉強会を主宰した。安倍首相が官房副長官を務めていたころ、対談集を出版したこともある。昨年、安倍首相が憲法解釈を変更して集団的自衛権の行使を容認した際には、安倍首相が祖父の岸元首相から3代にわたる悲願だった集団的自衛権の行使容認をついに実現したとたたえる詩を書き、読売新聞に自ら寄稿した。
岡崎氏が安倍首相にとって「師匠兼ブレーン」だったとすれば、小松氏は「功臣」だ。安倍首相は「平和憲法」を維持したまま、憲法の解釈だけを変更することにより、集団的自衛権の行使を容認した。その過程で中心的な役割を担ったのが小松氏だ。1972年から外務省に勤務した国際法の専門家で、第1次安倍政権下では集団的自衛権の行使容認に向けた基礎的な作業に関与した。2012年末に安倍首相が再登板した後は、外務省出身者として初の内閣法制局長官に就任した。小松氏は国会で「集団的自衛権の行使は憲法違反」という野党の論理に対し一つ一つ反論し、がんの宣告を受けた後も最後まで本を書き続けた。