思いだすままに……（22）
「教授、軽自動車の前バンパーの地上高と大型貨物車の前バンパーの地上高の関係は、どうですか？ 対向飛出しで正面衝突したなら、軽自動車の前バンパーの中程に大型貨物車の前バンパーが当たり、もっと激しい損壊の痕跡が残ると思いますが……
もし、対向飛び出しで半回転し、滑りながら激突したとしたら軽自動車は大型貨物車から弾きとばされませんか？ まして、息子の顔にも身体にも、一切の外傷も打撲痕も出血もありませんでした。只、左足大腿部の骨折があり、死因は瞬間的な体内出血でのショックという事でした」
私の質問を聞いた嶋○教授の顔に一瞬驚きの表情が浮かんだが、その口から私の考えに対する肯定の言葉は出なかった。
「ええ……、大型貨物車の展開図が手に入らなかったので貨物車側の前バンパー地上高は確認できていません。 が……、それでも……、潜り込み衝突はあるんですよ……。
只……、息子さんの身体に一切の外傷が無かったとは……、今、初めて聞きました……」
嶋○教授の言葉が途切れながら続く。
私は、意気込む気持ちに水を掛けられたような気がした。
これ以上の追求はしないでおこう……。
人間には感情がある。危機管理学専門、工学博士としての嶋○教授の考えを真っ向から否定するのは本人のプライドを考えても良くない。
私は、瞬間的にそう思った。
〔…… 教授、私達夫婦の人間性を見てください。息子の死の原因を、捻じ曲げてまで正当性を主張しようとしているのでは無いのです。只、真実がどうであったのか、知りたいだけなのです。このひた向きな想いを、人なら、親なら……、分かってもらえますよね。子が親よりも先に逝かなくてはならなかった真相を知りたいだけです ……〕
私は、胸を掻きむしる程の苛立たしい想いで嶋○教授を見詰めた……。
振り返ると、家内がハンカチで涙を拭いながら下を向いていた。
フロアーに涙のこぼれた跡がある。
私は、教授の気分を損なわないように最後の質問をした。
「嶋○教授、軽自動車の展開図は分かりますが、大型貨物車の展開図は入手できないのですか？双方の車体前バンパーの位置関係だけでも、事故痕跡の整合性に疑問が生じると思うのですが……」
教授は、言葉を捜すようにゆっくりと答えた。
「ええ……、軽自動車のほうは手に入りましたが、大型貨物車のほうは、何処を調べても資料が無いのです……」
それでいて、潜り込み衝突という結論は確たるものとして、嶋○教授の頭にはある。
「……、……」
私は呆れて返す言葉を見付ける事ができなかった。
もう質問はやめよう……
工学博士嶋○教授の考えの中には、すでに結論があり、それはもう、覆す事のできない確かなものになっているようだった。
はっきりとは分からない……、と何度も言いながら、結論は潜り込み正面衝突であると言い切っている。
あとは、教授の良心と正義に任せよう……。
真意は何なんだろう……？。
何があった……？
工学博士、嶋○教授、あなたの考えを変化させる何があった…… ？
この一週間ほどの間に……。
二時間ほどして嶋○教授に礼を言い校舎を出ると、キャンパスは、来た時には気付かなかった潮の香が溢れ、大海原に沈み行く夕陽が私達三人の顔を赤く染めていた。
それは、おそらく感激する程の美しさだったのだろうが……
一切、記憶に無い……。
