奈良:陸自「空白県」に誘致展開 「防災」「安保」で揺れ

毎日新聞 2015年09月01日 15時04分(最終更新 09月01日 18時52分)

 陸上自衛隊の駐屯地が全国で唯一ない奈良県で、県と五條市が「防災」を前面に出して駐屯地の誘致活動を展開している。だが、安全保障関連法案の議論を通じて「防衛」を担う自衛隊の役割に焦点が当たる中、地元では「有事やテロの際に標的になる危険性はないのか」と誘致を懸念する声が出始めている。

 陸自駐屯地は2012年に徳島県阿南市に新設され、奈良が全国唯一の「空白県」となった。奈良県と五條市は、安保関連法案が衆院で強行採決される直前の7月11日、県選出の国会議員や防衛省への要望活動をし、候補地として同市の阿田峯公園と民間ゴルフ場の周辺約110ヘクタールと140ヘクタールの2カ所を具体的に提示した。

 県は奈良で14人が死亡し10人が行方不明となった4年前の紀伊半島豪雨などを挙げ、災害対応の必要性を強調しており、誘致要望の資料には防衛拠点という観点での記述は皆無だ。荒井正吾知事は「県南部の地形は険しい。土砂災害などが起きれば迅速な救命救助、孤立集落の救援活動が展開できる」と言い、五條市の太田好紀市長は「隊員が住むことで地域が活性化する」と経済効果を口にする。

 だが、自衛隊の主たる任務はあくまで「防衛」で武器を持つ実力部隊のため、誘致を疑問視する声も出ている。

 旧北宇智村(現五條市)では終戦1週間前の1945年8月8日、国民学校が米軍機に爆撃され、児童と教師の計3人が死亡。近くに旧海軍の飛行場があったため、軍事施設と間違えた誤爆だったとも言われている。

 この時の爆撃で足を負傷した元教師の辻本艶子さん(89)=同市=は「駐屯地がなくて困ったことはない。誘致の話は新聞記事で知ったが、市の説明会もない。安保関連法案もそうだが、よく分からないままに決められていくのが一番怖い」と訴える。

 駐屯地の候補地は五條市中心部まで約3〜4キロの至近距離にある。市内の主婦(52)は「誘致の話は知らなかった。案外自宅から近いと思った」と不安を抱く。

 防衛省側は既に2014、15年度予算にヘリポート建設の調査費を計上した。太田市長は「騒音など多少の問題が起こる可能性はあるが、国内で戦争が起きることはまずあり得ない」と強調。誘致に反対している市民団体「県平和委員会」の河戸憲次郎事務局長は「災害時は周辺からの応援で対応できるはずだ。駐屯地がないのは弱点ではなく、不戦をうたう憲法の体現だ」として反論している。【伊澤拓也、皆木成実】

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