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プロローグ
フィーメリア王宮の迎賓棟。その最上階の一室に、音楽が流れていた。
音源は、窓際に置かれたテーブルの上にある、大地の宝珠。音と映像を記録出来る魔法の宝石だ。その特性によって録音された曲が、再生されている。
宝珠の上で、音楽を奏でる小さな人影。部屋の中央には、その調べに乗って、軽やかなステップを踏む若い男女が一組。
少年の名はアインセルダ・ユル・フィーメリア様。フィーメリア王国の王子様だ。金髪碧眼、眉目秀麗。甘い微笑みを浮かべてパートナーたる少女をリードする姿は、まさに王子。
そのアイン様に手を取られ、頬を赤く染めているのは、イーメルディア・フィーア様。アイン様に恋い焦がれ、婚約者候補筆頭の座を維持すべく、努力を重ねる公爵家のお嬢様である。
ダンス中にアイン様に見とれていても、複雑なステップを難なくこなす姿は、さすがと言えよう。
何故この二人が迎賓棟で踊っているのかと言うと、来客をもてなすためじゃない。この建物は四日前から、魔力を暴走させた高魔力保持者――ミラこと私の隔離棟と化していた。
いやー、魔力があり過ぎるのも考えものだよね。
半年前まではごくフツーの六歳児だったのに、ちょっとした事故で前世の記憶の一部を思い出して以来、色々あり過ぎだよ、本当に。
私は思わず遠い目をして、過去を思い出した。
前世の記憶を取り戻したその日は、三年に一度、フィーメリア国内を巡回する騎士様達が、イルガ村にやって来る日だった。
彼らの役目は、国立魔術学園の試験。
その試験に使われる魔道具――精霊達の宿る水晶に触れた結果、私には地・水・風・火の四属性すべてに適性があり、高魔力保持者である事が判明したのだった。
通常、大半の魔力保持者の適性は、一つの属性のみ。二重属性でも珍しいのに、私は四重属性。おかげで学園に通うにあたっての支援者は、王家になった。一人じゃ寂しいだろうと、火属性で試験を合格した幼馴染み――ガイも一緒だ。
魔獣・魔力喰らいに襲われるなんて災難を経験しながら王都に来てみれば、住居は学生寮ではなく、支援者となった王家のお城。高魔力保持者を王家の血筋に加え、王家と国を繁栄させたいと望むアイン様に求婚されたり。学園の先輩とトラブったガイが崖から落ちて、それを助けようと空を飛び、結果、高所恐怖症になったり。つい先日は、この国のお姫様――フィルセリア・ミル・フィーメリア様共々誘拐された。
あれはヤバかったね。偶然ヴィル様が通りかかって助けてくれなかったら、暴走馬車から落ちた私達は大怪我だったよ。
私は左隣に座る青年を見上げた。
彼の名はヴィル様。本名アーヴィル・ウェスティン様。長い黒髪に紫紺の瞳の美青年である。
彼は八百十余年前、当時大陸を支配していた帝国の皇帝によって、魔石を体内に埋め込まれた。それはドラゴンに匹敵する魔力と不老不死を得ようと目論んだ皇帝の、残虐な実験。しかも彼は、皇帝が実験のために攫った女性に無理やり産ませた子供だと言う。まったくもって、ひどい話だ。そしてそんな犠牲者は、当時多数いたらしい。
魔に隷属する者――魔属と呼ばれ、日々実験材料にされていた彼らは、ヴィル様が四個目のドラゴンの魔石を埋め込まれた夜、遂に皇帝に反旗を翻した。
ヴィル様が皇帝を討ち、彼の仲間は実験に荷担した貴族や魔術師を根絶やしにすべく、帝都に散った。この時既に、街は炎に包まれていたらしい。ヴィル様達と同じく囚われていた魔獣や魔物が檻を破壊して逃げ出し、帝都の人々を襲っていたのだ。
こうして帝都は一夜にして滅び、以来彼らはその名を音のみで聞いた人々によって魔族――魔の眷属と伝えられ、まとめ役のヴィル様は、人々に魔王と認識されたのである。
そんなある日、帝都で行方知れずとなった辺境伯の父と弟を探しに来たフラルカ様と出会ったのが、ヴィル様の人生、百八十度転換のきっかけだ。
皇帝の所業とその復讐である帝都襲撃事件の最中、彼女の家族が第七皇子に殺されていた事実を知ったフラルカ様は忠誠心を放り投げ、「魔獣や魔物が増えた原因は皇帝」と世間に喧伝しつつ、勇者に仕立て上げた魔王を連れて、自作自演の魔王討伐の旅に出たのだ。
魔獣や魔物を退治しながら、帝都陥落以降迫害を受け始めた人族以外の種族に、ユグルド山に隔てられた旧帝都に移住を勧めたフラルカ様。帝国中を巡り終えたフラルカ様は、「魔族を人に戻せる人を探す」とヴィル様に約束し、魔族達は自主的封印の眠りについた。
それが最近異常な魔力を感じる様になってヴィル様は目覚め、私達は出会ったのである。にしても、誘拐犯の馬車から落ちた瞬間を見つけて貰えるなんて、凄い偶然だよね。
フラルカ様の子孫に話があると言って国王様と謁見したヴィル様は、フラルカ様の遺言――大暴露――が録音された大地の宝珠を再生し、現王家は帝国滅亡の裏歴史を知った。
そして私はこの話を聞いたのがきっかけで、新谷結良として生きて死んだ前世の記憶をすべて思い出した。
理不尽な理由で通り魔に殺された事も、死者を転生させる世界――冥府にいたフラルカ様に出会い、魔族を人に戻す手伝いをすると承諾して転生した事もすべて。
前世の死の瞬間を思い出したショックで魔力を暴走させた私は、部屋を破壊し、死にかけた。そんな私を救ってくれたのが、ヴィル様。
六万もあった私の魔力は、器である体とのバランスが崩れて制御を失っていたらしい。
ドラゴンの魔石から知識を継承していたヴィル様は、私に仮の体を与える魔法をかけて、魔力を安定させた。それが今現在、私が二十歳前後の大人の姿をしている理由である。
魔力を制御できるようになるまで、本来の年相応の姿には戻れない。二十歳前後はあくまで目安に過ぎず、もし三十歳過ぎてから制御可能になれば、二十歳前後の姿から一気に老ける。
それが嫌な私はさっそく実戦訓練に入った。結果わかったのは、精霊と合一した状態なら、魔法が安全に使えるって事。
デスビーに襲われているメルディ様一行に出会ったのは、この時だ。
彼女達を助けてデスビーに刺された人の治癒をしている最中に、一定以上魔力を使えば、今の私でも制御可能な魔力量になって、一時的に子供姿に戻れる事もわかった。
どうも子供時代に未練があり過ぎて、無意識がヴィル様の魔法に干渉してしまったらしい。
いやー、はっはっは。二度目の子供時代が楽しかったからだね。
そんな風にヴィル様にお世話になりっぱなしな私だったけど、魔族を人に戻すお手伝い以外にも出来る事が見つかった。
夏至祭に参加するヴィル様の、虫除け役。
パーティーに出れば、ヴィル様は勇者の花嫁の座を狙うお嬢様達に、まず間違いなく囲まれる。しかしヴィル様は、ロリコンのレッテルが張られた過去をお持ちだそうで……
いや、公式にはそんな記述一切なかったよ? ヴィル様に振られたご令嬢が腹いせに言っていたらしいから、当の貴族家にとっても恥だし、広めなかったんだと思う。でも万が一にも、勇者にロリコンのレッテルが貼られるのはマズイ。
ってなわけで、私は大人姿で夏至祭に参加し、ヴィル様のパートナー兼虫除け役を勤める事にしたわけだ。
アイン様も私の意見に賛同し、私の夏至祭参加の条件を、大臣達からもぎ取ってくれた。その条件とは、大人の姿のまま魔法を使い、魔力や魔法を暴走させない事。
私一人だと難しい条件だ。でもヴィル様や精霊達に協力して貰っちゃ駄目なんて言われなかったから、やりようはある。
多少の魔力暴走なら周囲に被害が出ないようにヴィル様が抑えてくれるし、精霊と合一して魔法を使えば、魔法の暴走はしないとわかってるんだもの。
私は見届け役である魔術師長のグリンガム・イルーダ様とメルディ様の目の前で、一つ目の試験――訓練後の騎士様達にクールドライミストをかける――をクリアした。
二つ目の試験は、水脈に異常が発生した町の原因調査。
原因は魔物である可能性が高いと言われていたけど、地下を調べて水脈から引きずり出したら、カエル型の水棲魔物だった。
本当なら私が討伐すべきだったんだろうけど、馬鹿げた大きさのカエルが気持ち悪くて咄嗟に動けなかったため、倒してくれたのはヴィル様だ。私はその死骸を燃やして片付けたのみ。それでも一応、試験合格で終了と思われたその時、緊急伝令が私達の元に駆けつけた。
平原にカエル型の魔物が大量発生。
討伐に参加して、大臣達が定めた条件をギリギリクリアした私は、夏至祭の参加権を勝ち取ったのだけど……。暴走した日を含め、たった三日で周囲に被害のある暴走は早々起こらないと判断が下されたのは、運が良いのか悪いのか。
魔物とのエンカウント率的には、運が悪いと思う。
とにもかくにも夏至祭の参加許可は下り、私は疲労で寝オチした。お城まで運んでくれたのは、たぶんヴィル様だろう。精霊達がヴィル様に運んで貰うから寝なさいって勧めてくれたしね。
そして今朝、条件を整えておけばそうそう魔力暴走を起こさないとわかったので、以前の部屋――王家の子供達が住む離宮――に戻っても良いと言われたのだけど、辞退した。
夏至祭の参加を認めた以上、いつまでも隔離しているわけにはいかないから許された気がしたってのもあるけれど、なんとなく、こちらにいた方が都合がいいような気がしたからだ。
私が離宮に戻れば、万が一魔力暴走が起こった際の対処をするために、ヴィル様も離宮に住む事になる。でもヴィル様も私も、秘密があるんだよ。彼が魔王だとか、私は魔族を人に戻すために、フィーメリアの初代女王陛下に頼まれて転生してきた異世界人だとか。
大勢の使用人がいる離宮だと、うっかりそれがバレかねない。
そんなわけで自主的隔離を継続した私とヴィル様の元へ、仕立屋さんがやって来た。夏至祭用のドレスと礼服作成のための採寸である。
王家の手配、早すぎる!
八百年前にヴィル様が皇帝に填められた犯罪奴隷の首輪は、まだ外せていなかった。首輪自体は薄いチョーカーみたいな物だし、ヴィル様はハイネックのアンダーシャツを着て採寸を受けていたけど、職人さんにバレれないか、気が気じゃなかったよ。
ヴィル様曰く、職人さんは顔色一つ変えずに採寸していったらしいから、バレたのかバレていないのかわからない。
あーっ、気になる! でも、もういいや。考えても胃が痛くなるだけだから、止めよう。
悩むのを止めて、目の前の優雅なダンスに集中する。アイン様とメルディ様が踊っているのは、私のためだ。
私の出身地であるイルガ村では、お祭りで踊るダンスは、オクラホマミキサーやマイムマイムに近い。だけど王宮舞踏会のダンスは、社交ダンスっぽい。
新年祭の時は子供姿だったから、こんな本格的なダンスをしなくても良かったけど、大人姿で――しかも勇者様のパートナーとして参加する以上、踊れなくては虫除けにならない。でも私の前世である新谷結良にも、社交ダンスの経験はない。ってわけで、習う事になったんだけど……
曲の終了とともに足を止めた二人に、私は拍手を送った。
「基本的なステップはこの様な感じですけれど、いかがですか、ミラさん」
「壁と仲良くしていたいです」
「それでは、虫除けになりませんわ」
メルディ様の問いへの答えは、すげなく却下された。
心からの願いだったんですけど、やっぱダメですか?
「でもあんな複雑なステップは無理ですよ。絶対に足がもつれて転けるか、相手の足を踏んでしまいます」
「そこは慣れですわね。誰もが最初に通る道です」
そう言ったメルディ様の靴には、凶悪な高さのヒールが存在する。そして同じものが、私の足元にも。
「踏まれる男性方に、同情を禁じ得ないですね」
思わずこぼれた感想に、アイン様が笑う。
「そうだね。ダンス教師は地属性が最適なんて言われるくらいだよ」
なるほど。地属性が身体強化したら、膂力だけじゃなくて、硬化の補正もつくんですね。踏まれても痛くない人が、教師に最適ってわけだ。
納得していたら、目の前にアイン様の手が差し出された。
「だから気にせずに踏んでしまって構わないよ」
ああ、そーいえば地属性だったよこの王子様。
でも、パーティーで私のパートナーとなるのはヴィル様だ。本番まで一ヶ月を切っているのだから、本番と同じ相手で慣れていた方がいいと思う。
ヴィル様も踊れなかったら、二人して壁の花でいられただろうに。なんて詮無い事を考えながら、私はヴィル様を見上げた。
ヴィル様にダンスを教えたのは、フラルカ様だ。曰く、「覚えておいて損はない。無愛想でもダンスさえ出来れば、スポンサーは釣れる」との事。
なんというか、身も蓋もない。ヴィル様の容姿を最大限に利用する手段だ。
私の視線に応えて、ヴィル様は私に手を差し出す。
「踏まれても問題ない事が条件ならば、最初から俺が相手でも問題ないな」
「ですよね」
生半可な刃じゃ傷もつかず、体長三メートル近い魔獣・魔力喰らいを蹴り上げる頑強さを備えたヴィル様なら、小娘の体重が乗ったヒールなんぞダメージにもならないだろう。
私はヴィル様の手を取って、部屋の中央へ移動した。アイン様の手には、メルディ様の手が重ねられる。
「もう一曲、お相手をお願い致しますわ」
アイン様と踊れる機会を逃さないメルディ様。積極的に行きますねぇ。その心意気や良しです!
私は恋愛経験なんてないから、具体的なアドバイスなんて出来ない。それでも、彼女の行動をサポートするくらいなら出来る。……うん、たぶん的外れな事はしないと思うよ? 恋人いない歴イコール年齢(前世含む)だけどね!
自嘲の笑みを浮かべる私を、ヴィル様は不思議そうに見下ろしながら、ダンスの基本姿勢をとる。
アイン様がもう一度大地の宝珠を再生し、音楽が流れ出した。
曲とヴィル様のリードに合わせて一歩踏み出した私は……むぎゅっとさっそくヴィル様の足を踏みつける。
「す、すいません」
「ミラは軽いから問題ない」
それを本気で言えてしまうヴィル様は凄いと思う。でも踏まないに超した事はない。
「頑張ります」
決意を新たにステップを踏み直し、出来たと思った瞬間、またもや彼の足を踏んだ私だった。
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