大学時代。
私の恋人は、坊主頭で、体育会系の野球部員だった。部員といってもずっと補欠で、レギュラーになったことは一度もなかった。代役だか何かで一度だけ公式戦のベンチに入ったことはあったが、その時も試合には出なかった。野球は好きだったが、野球には好かれていなかった。
ひどい土砂降りの夕方、私は彼に新しい会社に連れて行ってもらった。
そこは、古びたマンションだった。
部屋の隅に積み重ねられたコンピュータを背に、彼はいつもと違う表情をしていた。
「俺、野球部だから坊主だったけど、ずっと長髪にしたかったんだよね」
閉め切った窓には激しく雨が当たり、雷鳴が響き始めた。
と、ここまで言ったところで彼は黙ってしまった。
思い詰めたような、それでいてどことなくいたずらっぽい表情を見て、ああ私はやっぱりこの人が好きなんだ、と思い直したりしながら、彼の次の言葉が紡ぎ出されるのを待った。
とぎれることのない雨音が、世界を私たち二人から遠ざけていた。
彼はまっすぐに私の目を見ると、再び口を開いた。
「……俺の髪がさ……」
稲光。
「おまえと同じぐらいになったらさ、け……」
雷鳴にかき消されて聞き取れなかったが、何と言ったのかははっきりとわかった。私は涙ぐみながら、ただ闇雲に、うん、うん、と繰り返し、彼の胸の辺りをじっと見つめていた。
手を握るでもなく、抱きしめるでもなく、私たちはかなり長い間、そのままでいた。
幸せだなと思った。
私はそれ以来、髪を切ってない。