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みなさんは試合に負けた監督が選手を集めて声を荒げているシーンを見たことはありませんか?
「お前らはたるんでいる!気合が足りない。そんなことでは試合になんて勝てない!!」
怒りが収まらない監督は子どもたちを並ばせると何本もダッシュを繰り返させ、ベンチ際では観戦に訪れたお父さんお母さんがその様子を黙って見守る。そして監督はこんなことを口にします。
「これもお前たちのことを思ってやっているんだ」
ひょっとしたら日常茶飯事の出来事なのかもしれません。私が日本でコーチをしていたのは17年前ですが、その時にもそうした光景を目にすることはよくありました。でも当時の自分にはそれがどうした意味を持つのかはわからず、強くなるためにはそうした厳しさも必要なのかも、という何となくの感覚しかありませんでした。でも今ははっきりということができます。罰走の日常化は選手にネガティブな要素しかもたらさないと。試合後の罰走が選手にとって有害であることは科学的に証明されているのです。今回は、その理由についてご紹介したいと思います。(取材・文 中野吉之伴 写真 )
■罰走が選手にとって有害であることは科学的に証明されている
まずは身体的な側面から考えてみたいと思います。
(編集部注:以下の専門的な内容をあなたが理解する必要はありません。一度目を通し、もし、あなたの目の前で罰走が行われた場合、それを行ったコーチとの話し合いの場が持てたときに、議論の題材にしてもらえたら幸いです)
私たちの筋肉は、体内でどのように作用しているかご存知ですか。筋肉は筋肉の束の集まりで、それぞれの束はまたさらに細かい束の集まりでできています。体を動かす仕組みの秘密はその最小単位になる筋細胞に隠されています。筋細胞は外からの刺激を受け取るとATP(アデノシン三リン酸)というエネルギー源を利用した収縮作用を行い、これらが連続的に絡み合うことで我々の体は動くわけです。エネルギー源となるATPは筋肉内にあらかじめ貯蔵されているものと、酸素を体内に取り入れることで生じるものがあります。
筋肉内ATPはすぐに力のあるエネルギーとして活用できますが、持続性がなく、長時間は持ちません。最長でも10秒とされています。一方の酸素性ATPはエネルギーになるのに少し時間はかかりますが、長時間持続して使用することができます。我々は主にこの二つのエネルギー供給システムを使い分けることで、運動を行っているわけです。
さて、全力ダッシュのような高負荷の運動を行うためには十分な筋細胞の耐久力が必要になります。激しい連続した運動が要求されると、身体には様々な負荷がかかり、筋細胞は消耗し、壊れてしまう。効果的に酸素を体内に取り入れることで筋細胞の回復や復旧を促すことが重要であり、つまり持久力をつけるとは、こうした筋肉内の疲労回復能力を高める点を度外視してはならないということなのです。基礎持久力となる有酸素運動能力をアップさせるためには60-80%の負荷で20-40分間の運動を行うのがよいとされています。特に小・中学生の間は体への負担が大きくなりすぎないように、高負荷のダッシュのやりすぎはご法度とされています。
■罰走のないドイツで育ったドイツ人は、気合が足りないだろうか
ただでさえ試合で疲弊しているところに「罰」として、あるいは「気合をつけるため」として、試合後に何十本のダッシュを行うというのは、体内の筋細胞をどんどん破壊しているということになります。ダッシュをしている段階では酸素を取り入れることも困難になります。体内のエネルギーは枯渇し、補給するエネルギーも足りていない。車にガソリンが入っていないのにアクセルを踏み続けておいて、「気合が足らないからだ!」と動かないことに激高したりしますか? 体は休ませることで回復し、強靭になっていくのです。ただ、やみくもに厳しい練習を課しても、体は鍛えられるどころか、壊れていくだけということを忘れてはいけません。ぼくはドイツでコーチを15年間していますが、これまでに一度も試合後の罰走をしているコーチに会ったことがありません。精神力やボールの奪い合いばかりを強調するコーチはたくさんいますが、負けたことを理由にその場で罰を与えようとするコーチは皆無です。
では、どうでしょう? ドイツ人選手は気合が足りないですか?
弊害をもたらすのは肉体に対してだけではありません。精神面にも悪影響を及ぼします。試合でどんなに頑張っても、負けたら走らなきゃいけないとわかっている子どもたちが力を出し切ることができるでしょうか? いえ、それどころか試合後に備えて、無意識に走るための体力を温存するようになります。深く考えなくてもこれは自然な反応と言えるでしょう。
心理学者のヤン・マイアーは、「コーチに求められるのはチームがうまくいかないときにどのような立ち振る舞いをするのかだ」と話していました。サッカーでも学業でも人生でも、すべてが思い通りに行くことはありません。やればやるほど右肩上がりに成長し続けるということはないのです。長期的な目で見ると、成長期と停滞期を繰り返しながら緩やかな成長曲線を描くものなのです。コーチやお父さんお母さんは、負けたという結果だけを見るのではなく、自分たちが今どのプロセスにいるかの視点を失ってはいけないのです。そして「今日は残念ながら負けちゃったけど、大丈夫だ。そのために監督の私がいるんだ。また明日から練習を頑張ろう」という大人の存在が、子どもたちの支えになるのです。
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