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6.発見
ひたすらに森の中を歩く。
時折モンスターが襲いかかってくるが、カウンター気味の攻撃で急所を抉り、ほとんどを一撃で仕留めて進んだ。
一体どれほど歩き、どれほどモンスターを狩っただろうか。短期間とはいえ集中して敵と戦い続けていたおかげで、このダンジョンのモンスターにはかなり精通した気がする。元々ここのモンスターの動きは単調であるし、その動きの癖もほとんど理解した。戦闘になっても半ば無意識に仕留めることができるようになっている。
なんだかんだで、もうダンジョンに篭もって一週間ほど経っていた。さすがにこれだけ経っていると、いかに広大なダンジョンと言えども持参した地図に描かれていた範囲は全て調査を終えていた。最前線のダンジョンであったならば、とてもこんな短期間で調査は終わらなかっただろう。しかし、俺の適正ランクを下回るダンジョンで、地図もしっかり持っていればこんなものだ。
それでも、やはり手掛かりはない。
装備、というより武器の耐久度の問題から、そろそろ近くの街まで戻るべきかなということも最近考え始めた。さすがにAランクユニークアイテムの『迅剣テュルウィンド』にも刃こぼれが目立ってきている。現実と違って『エデン』では耐久度が僅かでも残っていれば、どんなにボロボロの状態でも鍛冶士の手による修理で元通りにはなる。その肝心の耐久度が大幅に削れているのが、【鑑定】スキル持ちではない俺でも容易にわかった。
シシルク大森林の入口には、出張してきている鍛冶士の露店が確かにある。だが、彼らのような生産系流派プレイヤーの技能は高価でしっかりとした設備ありきのものなのだ。だからこそ、自分専用の設備を整えられる店舗の獲得に彼らは必死になっている。
ダンジョン入口に陣取る彼らが用意しているのは、あくまで簡易的な設備だ。街から離れたこんな場所ではしっかりとした設備など望めない。
作ろうと思えば作成自体は可能だ。それは先日の強盗プレイヤーの拠点を見てもわかる。あそこには、連行してきた生産系流派プレイヤーの手によって様々な設備が整えられていた。
しかし、大きな問題があるのだ。セキュリティの問題である。例の拠点のように、多数のプレイヤーによって集落として成り立っているならばともかく、通常はフィールド上にそんな場所が作られることはほとんどない。何故ならば街として設定されているエリアの中の方が、断然便利で安全だからである。フィールド上では警備のための衛兵NPCも雇えない。無法がまかり通る現在の『エデン』で、大金を投じて高価な設備を建設するには少々リスクが大きいだろう。
簡易的な設備では、当然その効果は限定的だ。確実なメンテナンスは見込めない。あくまで一時しのぎの耐久度回復に過ぎないと考えた方が良いだろう。
そういった装備の問題に加え、別の問題もある。今回の遠征の本来の目的だ。
これだけ探しても手掛かりがないとなると、少し考えを変える必要があるかもしれない。とりあえずもう少し情報を集め直すべきかなと考えている。
レアモンスターのゴールデンボアが大量にいるだなんてうまい話、そう簡単にいくとは思っていなかったがそれでもまだ認識が甘かったのかもしれない。
確かに簡単に見つかるのであれば、今頃は情報屋にも情報が流れるだろうし、何より市場にも肉といったゴールデンボア関連の素材アイテムがもっと流通するだろう。
考えるに、基本スキルしかないような純戦闘職の俺が調査なんていうのが無理があったのか。儲けが分配されることを差し引いても、索敵や罠発見などのスキルに長けた弓術士なんかの助けを借りるべきだったのかもしれない。まあ、悲しいことにそんな知り合いはほとんどいないのだけど。
一応弓術士の知り合いというと、先日知り合ったギンがいる。しかし、彼を呼ぶとなると絶対ハヤトたちも付いてきそうな気がする。さすがに攻略最前線で戦うトッププレイヤーのパーティが、ゾロゾロ歩き回るようなダンジョンでもないだろう。
そうなると、わざわざ俺に付き合ってくれそうな弓術士など思いつかなかった。思わずため息を付いてしまう。
無い物ねだりをしても仕方がない。もう少し探索してダメならば一旦戻ろう。
俺がそんな思考に至った時だった。それは起こった。
俺はボスの間付近のとある通路に立っていた。シシルク大森林の中でも奥地となるエリアで、地図の上では一番外周の端に位置する通路だ。壁となる木々の向こう側には岩肌の高い崖が見える。この崖はシシルク大森林の奥地をぐるっと囲んでいて、この通路からボスの間までずっと岩肌が続いていた。
俺が通路を進まず、突っ立っているのには理由がある。それは、俺が先ほどからずっと見ている視線の先にあった。
ちょうどその時、俺の前方では一つのパーティが戦闘を行っていたのだ。
比較的広い通路で、プレイヤーとブラックハウンドが入り乱れて戦っている。きちんと隊列を組んで戦えていないということは、プレイヤー側が索敵に失敗して奇襲でも許してしまったのかもしれない。
しかし、危険な状況かというとそうでもない。多少の混乱は見受けられるものの、乱戦の中でもお互いをカバーする動きがわかった。
こんな状況では真っ先に沈みかねない魔術士らしき後衛組には、盾を持った前衛系プレイヤーがしっかり張り付いている。回復と火力を兼ねる魔術士が確実に守られているならば、パーティはそう簡単には崩れない。この様子ならば手助けは必要ないだろう。
俺が見ている間にも、ブラックハウンドの数は順調に減っていった。敵の数もあと僅かだ。もうすぐ戦闘も終わる。
その時、プレイヤー側の魔術士の一人が魔術攻撃を行った。
掲げられた杖の先から、一瞬空間が歪むと同時に十本ほどの炎の矢が飛び出す。放たれた炎の矢は、残ったブラックハウンドへと向かって雨のように殺到した。
ブラックハウンドは迫る炎の矢を避けようとするも、広範囲にばらまかれているせいで全ては避けきれない。いくつかの矢を受けて悲鳴をあげた。
恐らく使われた魔術は【ファイア・アロー】だろう。【火】属性の基本にして有名な魔術攻撃だ。【火】属性を扱う魔術流派ならば大抵第一階位に設定されている。
炎で形成された矢を放つという簡単な魔術攻撃で、同時に放てる数が熟練度によって変わるらしい。数が少ないうちは属性攻撃という面以外で役に立つことは少ないが、数が増えてくるとかなり使い勝手は良くなる。今のように広範囲にばらまくことで、面制圧や弾幕として使えるし、一部に集中させれば威力もかなりのものになるそうだ。
上位魔術として【炎】属性の【フレア・ミサイル】があるが、あれは熟練度をあげても【ファイア・アロー】ほどには数は増えない。もちろん一発の威力や速度は格段に違う。それでも【ファイア・アロー】の使い勝手が忘れられず、上級流派を修得しても使い続けるプレイヤーは多い。
そんな【ファイア・アロー】の炎の矢だが、ブラックハウンドに命中した数本を除いて残りは後方の茂みへと飛び込んだ。
洞窟のようなダンジョンの壁や、ここシシルク大森林の無数にある木などはほとんどが非破壊属性を持たされたオブジェクトになる。なので壊して進むなんてことはできないし、今のように流れ弾の炎が飛び込んでも茂みや木に燃え移るなんてこともない。現実ならば今頃は大火事になっているところだ。
後方から【心眼】を使って様子を見ていた俺なのだが、その時俺はある違和感を感じた。【心眼】によって俺の視界は少し上空からの俯瞰視点となっていて、前方の戦場はもとより、的を外した【ファイア・アロー】の着弾地点も見えている。
問題はその着弾地点だ。炎の矢が着弾した瞬間、そこで何かが僅かに動いたような気がした。焦点は戦場に合わせてあったので、視界の端で違和感を捉えたに過ぎない。おかげで何が動いたのかは確認できなかった。
前方のパーティはというと、無事にブラックハウンドの群れを全滅させたようで、回復とモンスターの死骸のカード化を行っていた。手早く回復を終えドロップアイテムの確認も済ませると、彼らはすぐに通路の先へと進んでいく。こんな戦闘はダンジョン探索でのよくある一場面に過ぎない。いちいち残って周囲を調査するなんてことはしないだろう。
彼らが完全に去ったことと他にプレイヤーがいないことを確認し、俺は先ほど違和感を覚えた場所へと踏み込んだ。
茂みをかき分け、崖の手前に生える木々の前にまで到達する。そこで俺の違和感はさらに強くなった。
しばらくシシルク大森林に篭って調査をしていたおかげで、立ち並ぶ木々の様子には随分見慣れている。そんな俺の目には、どうにも他の場所に比べて木々の密集度が高いように見えた。それに加えて太い木が多い。
一つの考えが俺の脳裏をよぎる。
己の直感に従って、俺はおもむろに腰の剣を抜いた。鞘走りの音と共に、木漏れ日を反射して煌めく刃が姿を現す。
剣を掲げて軽く構えると、俺は目の前の木々に狙いを定め真一文字を描くように横薙ぎに刃を振るった。
俺の勘が外れていれば、木には傷は付かず剣が弾かれるはずだ。
はたして俺の剣は数本の木に弾かれたものの、ある一本の木に食い込んだ。
「ッ!?」
予想していたとはいえ、実際に剣が食い込むのを見て俺は思わず息をのむ。
そして、目の前の木―――いや、木に似た何かは、食い込んだ剣によるダメージを受けて動き出した。痛みに身体をよじらせるように、木がうねる。
即座に剣を引き抜くと、俺は警戒のために後方へと飛び退いた。
「グガ、ガガガガガガ!」
木の幹に裂け目が生まれ、パクリと開く。二つの小さな穴と一つの大きな穴。まるで目と口だ。しかし、穴の中に眼球や舌があるわけではなく、木の中が空洞であるかのように真っ暗で何があるのかはよく見えない。見た目としては埴輪のような顔に見える。
口に当たる穴からは、木々の擦れるような呻き声が聞こえていた。真っ暗な目は眼球がないせいで、いまいちどこに視線を向けているのかがはっきりしない。だがそれでも、俺を敵として認識しているらしいのはヒシヒシと感じる。
俺の【気配察知】の簡易レーダーでも、しっかりとモンスターとしての反応が表示されていた。先ほどまでは感知していなかったので、俺の【気配察知】ではこいつの穏形を見破れなかったようだ。
もちろんこのダンジョンでは初めて見るモンスターだった。しかし、似たようなモンスターは知っている。
シシルク大森林とは別のダンジョン、腐朽庭園という場所でロットトレントというモンスターが出現するのだ。見た目はこのモンスターと似ていて、目や口に見える穴が付いた動き回る木である。
だがロットトレントは、今目の前にいるこいつほど生命力に溢れた姿ではない。枯れ果てた老人のような風体の木なのだ。同一系統のモンスターだろうとは思うが、見た目の差が随分と大きい。
本性を現した樹木型のモンスターは、太い枝を腕のように振り回し、こちらへと突き出すように向けてきた。
俺の視界に赤い線が浮かぶ。突き出された枝から真っ直ぐに伸びる攻撃予測軌道が、俺の身体を貫いていた。
自然と周囲の動きが緩慢になる。【思考加速】を無意識に起動しているのだ。敵の攻撃に備えて集中する。
葉の生い茂る枝。それが一瞬震えると、次の瞬間突如伸びた。
「!」
まるで槍のような鋭さをもって、俺へと迫る。
枝に注視していた俺は冷静に反応した。俺の戦闘意志を感知したシステムによる力強いアシストを感じる。
【思考加速】のおかげで繰り出された猛烈な刺突も、俺の視界ではコマ送りで見えた。そして、攻撃を認識した時には俺の身体は動き出している。あえて危険地帯へ飛び込むために前傾姿勢で前へと踏み込んだ。同時に、握った『迅剣テュルウィンド』の刃を跳ね上げる。
刃の輝きが空間を断つ。即席の槍と化した枝は断ち切られ、葉を散らしながら宙に舞った。
しかし枝に痛覚はないのか、敵に怯む様子はない。そのまま次々と他の枝を突き出してくる。
元々このモンスターと俺との距離はそれほど離れてはいない。何度か枝を切り払い踏み込むと、すぐに敵の眼前へと迫り着いた。
木の幹に生まれた顔に変化は見られない。一体何を考えているのか。
この体型だと急所がどこにあるのかはわからない。とりあえず一番ダメージの期待できそうな胴体を狙うことにしよう。
俺は剣を振り上げると、戸惑うことなく振り下ろす。
ガツッと堅い音がした。さすがに今まで戦ってきた動物型のモンスターのような肉を断つ音はしない。それでも力任せに刃を抉り込み、そのまま振り抜く。
胴体らしき箇所を半ばまで断ち切った。返り血はない。そして、悲鳴すらなかった。
敵は攻撃を受けても気にせず枝を振るってくる。振り切った剣を素早く戻し、突き込まれる無数の枝の攻撃を片っ端から切り落とした。
やはり痛覚が設定されていないようだ。戦い方としては、アンデッド系モンスターを相手にする時を意識すれば良いのかもしれない。
これで属性攻撃でもしてくるのであれば中々面倒な相手かもしれないが、今のところ枝を無制限に伸ばして刺突を放ってくるだけだった。しっかりと地面に根を張っているせいか、その場から動き出す様子は見られない。
手数も多いし、中距離から点を狙う攻撃は脅威ではあるものの、既に間合いは詰めている。これに【思考加速】による認識力をもってすれば、相手をするのにそう苦労はしない。
俺が剪定をしてるかの如く枝を切り落とすので、モンスターは随分とみすぼらしい格好になってしまった。他の攻撃方法なども警戒していたのだが、結局危険は感知できない。
頃合とみた俺は枝を払いながら再び踏み込み、先ほど斬りつけた箇所へと斬撃を放った。ただし、今度は逆方向からである。
ちょうど先ほどの一撃と合わせて挟み込む形になったため、それほど力を込めなくてもモンスターの胴体は真っ二つに断ち切れた。断面には見事な年輪が見て取れる。
下半身などただの切り株のようにしか見えない。本当に木が動いているだけのモンスターのようだ。
胴を分断されたモンスターは上半身が地面に倒れると、僅かに身体を震わせる。やがて、ピタリと動きを止めた。
よく見れば生い茂っていた葉も、いつの間にか枯れ葉のように萎れている。【気配察知】でもモンスターの反応は消えていた。どうやら倒したようだ。
周囲を索敵して、他の敵がいないことを確認する。そして、ゆっくりと剣を鞘に収めた。
一応警戒はまだ緩めず、モンスターの死骸へと歩み寄る。
先ほど俺の【気配察知】が欺かれたばかりだ。中ランクダンジョンとはいえ、油断は禁物だろう。
切り株のような下半身の残骸へ手を伸ばす。ゴツゴツした触り心地はやはり木そのものだ。そのままカード化の手順を行う。
死骸が輝きに包まれ、一瞬で消え去った。
「あれ?」
普段なら消えた後にアイテムカードが残っているのだが、今回は何も残っていない。思わず疑問の声をあげてしまった。
見落としたのかと近くを見渡すも、やはり無い。ドロップアイテムは無いようだ。せめて換金用のアイテム位は落として欲しかった。謎のモンスターだったのだから期待もするものだろう。
結果としては期待外れだったのだが、気落ちする暇はなかった。そんなことはすぐに忘れるような、驚くべき光景が目の前に広がっていたからである。
先ほどのモンスターがいた場所の背後、岩肌の崖の一部にぽっかりと穴が開いていた。いや、穴というより通路だろうか。奥からは僅かに風が吹いてくるのを感じる。
ゴクリと思わず喉が鳴った。
先ほどのモンスターが立ち位置を変えなかったのは、これを隠していたからだったのだろうか。見た目が樹木型のモンスターで、下半身もしっかり地面に根を張っている様子だったので、てっきりそういう特性のモンスターだと深く考えずに気にしていなかった。しかし、意味があったようだ。
普段は木に擬態して、通路を隠す。そして、発見されれば不動の番人として侵入者に立ち塞がるというわけか。その場から動けないので、先ほどの流れ弾が当たっても反撃しに行くということもなさそうだ。
ただ、多少は反応していたので、その動きを感知できたのは運が良い。あれがなければ全く気付けなかった。
とりあえず通路の先へと進んでみよう。
通路の高さはそのまま歩いて入るには低い。少し屈みながら入らなければならなかった。
中は薄暗くひんやりとしていて、やはり奥からは風が吹いてくるのをしっかり感じる。どこか別の場所に通じているのだろう。
地図でいうと、ボスの間を越えた更に奥へと向かっているようだ。何が出るのかわからないので、警戒を続けながら慎重に歩く。
やがて、進行方向の先に光が見えてきた。おそらくは出口だろう。長い通路であったが、結局は真っ直ぐの一本道だった。
はたして、出口ではどんな光景が待っているのか。
好奇心を強く刺激されながら、俺は出口へと辿り着いた。
暗闇に慣れた目には木漏れ日すら眩しい。思わず目を細めながら通路を出る。
そこは相変わらず森の中だった。周囲を見渡してみるも、通路に入る前のダンジョンの様子とあまり変化は感じられない。立ち並ぶ木々や生い茂る野草など、植生もざっと見る限りあまり変わらないようだ。
しかし、ここが例の場所ならばゴールデンボアと出会えるはずだろう。
そう考えて【気配察知】の簡易レーダーに視点を向けると、周囲にはいくつかのモンスターの反応があった。
そのうちの一つに向かって歩き出す。距離はそれほど遠くない。少し歩けばすぐにそのモンスターを視界に収めることができた。
「おお……!」
モンスターの姿を目にして、思わず驚きと歓喜の声が漏れる。
茂みに隠れながらそっと覗いたおかげで、まだそいつは俺に気付いた様子はなかった。先ほど声も届かなかったようで、内心胸を撫で下ろす。声を抑えようとしたが無理だったのだ。
俺の視線の先には、木の根元で何かを一心不乱に食べている一匹のモンスターがいた。
丸々と肥えたイノシシといった見た目で、脂肪と筋肉に覆われたその身体はとても重量感に溢れている。
そして、何より特徴的なのはその毛皮だ。黄金色の短い毛を纏っており、木漏れ日を受けてキラキラと輝いていた。まるでそのモンスターの周囲だけ明るくなったかのように感じられる。
「あれがゴールデンボア……!」
噂には聞いていたが、こうして間近で見るのは初めてだ。
名前通りに黄金の如く輝く姿は、先ほどまでシシルク大森林で戦ってきたモンスターとは一線を画する風格が漂っている。
レアモンスターなのだという認識が、俺の脳裏に自然と浮かび上がった。俺の心が踊る。同時に少し緊張もしてきたようだ。
緊張を紛らわすために、唇を舐めながら考える。
やっと見つけた一匹目だ。できる限り確実に仕留めておきたい。
しかし、ゴールデンボアはレアモンスターだけあって、稀にプレイヤーとの戦闘の際に逃げるという手段を取ることもあると聞く。拘束魔術でも使えれば一番良いのだが、残念ながら俺は剣術士だ。魔術は使えない。
いくら逃走する確率は低いと言っても、最初は万全を期しておきたい。なので拘束魔術の代わりに、俺はある物を用意してあった。
腰のポーチから二枚のアイテムカードを抜き取ると、輝きが漏れないように隠しながら具現化を行う。
現れたのは短剣と小さな壺だ。それらを手に取ると、俺は短剣の刃を壺の中の液体に浸した。
壺の中身は麻痺毒である。これを刃に塗布した短剣を投擲して、ゴールデンボアの足を止めようという考えだ。
もちろん、『バルド流剣術』や『真バルド流剣術』には投剣の動きはない。なのでシステムアシストは全く期待できないだろう。だが、動作自体は不可能ではない。俺自身の技術とステータスの問題なのだ。
遠距離攻撃手段を持たない俺の苦肉の策だが、無いよりはマシだと思う。
壺を仕舞って短剣を構えた俺は、未だ食事に夢中になっているゴールデンボアへ狙いを定めた。狙うのは一番的の大きい胴体だ。
別にこの短剣でのダメージには期待していない。麻痺毒による状態異常さえかかってくれれば良い。
集中し浅く息を吐いた俺は、短剣を軽く掲げる。そして、勢い良く投擲した。
短剣の軌跡を追う。毒を塗られた刃は、運良く真っ直ぐにゴールデンボア目掛けて宙を走った。
少しの間を置いて、ドスッという音が響く。肉を断つ鈍い音だ。
短剣は見事に根本までゴールデンボアの身体に突き刺さっていた。胴体からは少し逸れて、刺さったのは臀部の辺りだったが、元々掠って傷でも付けられれば御の字だったのだ。
俺の筋力ステータスが高かったおかげか、予想以上の結果になってくれていた。
「ピッ!? プギギィィィ!!」
食事の最中、突如襲った激痛にゴールデンボアが飛び上がって悲鳴をあげる。
その時俺は、既に茂みから飛び出して駆け出していた。雑草を踏みしめる音と鎧の装甲が擦れる音が響く。
音に反応したのかゴールデンボアが振り返り、憎しみに満ちた眼差しをこちらへ向けた。そのまま動き出そうとして、足をもつれさせて転倒する。
「プギ、ギギ、ギ……」
ゴールデンボアの身体が痙攣していた。足だけでなく口も上手く動かないようで、パクパクと喘ぐようにして途切れ途切れの鳴き声を発している。
俺は内心で喝采をあげた。
さすがに高価な麻痺毒を用意しただけの甲斐があったようだ。俺の期待していた以上の展開である。
こういった毒はボス格のモンスター相手では効果が薄いものの、今回のような通常モンスター相手の狩りならば大きな威力を発揮する。準備の手間はあるが、魔術の使えないプレイヤーにとっては助かるアイテムだろう。
麻痺毒の効果時間も永遠ではない。俺は駆ける速度を緩めることなく、ゴールデンボアの眼前に踏み込んだ。
ゴールデンボアの恨みがましく見上げるような視線を感じる。しかし俺は容赦なく剣を振り上げ、全力で振り下ろした。狙うはもちろん首だ。クリティカルの一撃死で仕留める。
さすがに【竜烈牙】や【竜双牙】といった型を使うほどではなかったので、通常攻撃の斬撃だ。
ゴールデンボア自慢の黄金の毛皮に刃が触れると、硬質な反発を感じた。この毛皮はかなり強固な防御力を持っているらしい。今までのモンスターには感じなかった感触である。
シシルク大森林の奥地の、更に隠された場所に出現するモンスターだ。やはり他のモンスターよりも強力なのかもしれない。
だがそれでも、今の俺にとっては些細な違いだ。俺の期待と興奮を込めた一撃は、有り余る膂力をもってゴールデンボアの首を易々と斬り飛ばした。
「よし!」
転がる首と舞い上がる返り血も気にせず、俺は思わず叫ぶ。スプラッターな状況だが、今まで散々動物型のモンスターを狩ってきたので、こんなのは今更だ。
正々堂々と真正面からゴールデンボアと戦ってやりたい気持ちはあるが、如何せん初めて目にするレアモンスター相手ではそんなことは言ってられない。ブラートからの依頼もあることだし、まずは何が何でも倒すのが先決だった。
計画通り上手く倒せた喜びを噛み締めながら、俺は力無く横たわるゴールデンボアの胴体に触れる。そして、カード化を行った。
光に包まれる死骸。やがてアイテムカードだけが残る。
「お、おお……!」
意識せず再び感嘆の声が漏れてしまった。
拾い上げた俺の手の内で存在感を示すアイテムカード。その表面には見事な肉の塊と、先ほど見た黄金色の美しい毛皮の絵柄が描かれている。『ゴールデンボアの肉』と『ゴールデンボアの毛皮』だ。
どちらも中々お目にかかれないレアな素材アイテムだった。嬉しさで口がにやけるのを止められない。
一応これでなんとかブラートへの顔向けはできるようになったわけだが、狩りはまだまだ終わらない。情報が正しければ、ここにはゴールデンボアが大量にいるはずだ。約束でも肉を大量に仕入れてくることになっている。
この場所を発見して、いきなりゴールデンボアと遭遇できたことを考えると情報の信憑性は高い。
手に入れた貴重なアイテムカードを、しっかりとポーチに仕舞い込みながら、俺の視線は【気配察知】の簡易レーダーへと向く。そこには、先ほど見たときのようにまだいくつかのモンスター反応が示されていた。
はたして、この内どれだけがゴールデンボアなのか。俺の期待が膨らむ。
とりあえず、再び手近なモンスター反応の場所へと歩き始めた。
茂みを掻き分け、ゆっくりと進む。たとえゴールデンボアではなかったとしても、わざわざ敵に気取られるような真似はしない。
ここは未知のエリアだ。出現モンスターが先ほどまでのエリアと同じとは限らない。慎重に行くべきだろう。
しばらく歩き、やがて目当てのモンスターが視界に入った。
「は、はは……!」
そのモンスターを目にして、俺は呆然とする。思わず笑い声が漏れ出てしまった。
そこにいたのは、つい先ほども見た黄金の毛並みを持つモンスターだ。昼寝でもしているのか、木漏れ日が差す日当たりの良い場所で横たわっている。
ギリギリと、剣を握る手に力がこもった。
さて、今度はどうやって倒そうか。
そんなことを考えながら、俺はゴールデンボアへと一歩踏み出した。

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