麻生香太郎 シマリス記録ブログアーカイブ〜編集前の元原稿

新聞、雑誌など、あちこちの媒体に書いた原稿保存、自分用ネット・アーカイブ。すべて、編集前の、元原稿。マスコミで削除された部分も保存。閲覧自由ですが、個人的な自分用倉庫ですので、すみません。

元原稿。編集前の赤裸々な裏話
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 もうアメコミヒーローものはいいだろう、とダメもとで全米興収初登場1位「アントマン」を見てきた。2週後の9月19日日本公開だからだ。
 クモ男、コウモリ男、今度はアリ男である。もうそろそろネタも尽きて大失敗だろうとタカをくくっていた。
 見終わってタメイキをついた。ハリウッドはすごい。こんな思いつきをきっちりと世界中が感動できるように良質のエンタメに仕上げ切っている。とくに脚本の詰め方に際限なくカネをつぎ込んでいるのがわかる。日本のいちばん弱い点だ。
 2009年にディズニーがマーベル・コミック(NY)を買収(40億ドル)したことは、やはり想像以上に大きな出来事だった。無数のかわいいキャラを持つディズニーに、マーベルのアメコミヒーローが加わったのだ(買収以前に他社が映画化していたシリーズはそのまま。ソニーピクチャーズの「スパイダーマン」。フォックスの「X-MEN」「ファンタスティック・フォー」など)。
 TPPの重点項目として知財部門があり、ネットではコミケなど二次使用に関する著作権法の非親告罪化がクローズアップされているが、米国の狙いは一部で囁かれているように、圧倒的な王道作戦は、「ミッキーマウスの著作権引き延ばし」である。
 ミッキーとは何か。今や世界中の育児場面において、スマホ、タブレット、PCで幼児はディズニーのミッキーマウスシリーズ、くまのプーさん、ダンボ、などのDVD作品を視聴させられている。泣き止み、オトナが自分の時間を束の間、持てるからだ。
 この地球規模、人口46億人規模の、幼児期の刷り込み効果は大きい。子供たちは皆、ディズニーのファンになり、将来ディズニーランドへ行きたくなるだろう。
 そしてウォルト・ディズニーの哲学通り、オトナも鑑賞に耐え得るコンテンツの質を保ち続けている。短編実写映画「ペリ」アニメ「バンビ」以来、愛、感動、涙、勇気、自然の掟、社会の不条理、哲学、ハッピーエンド…ファミリー層を丸ごと、万人受けするマーケティングが出来ているのだ。すべての作品でヒロインがフェロモンをあまり出さない(お母さんにも好印象)のも徹底している。「アントマン」のエヴァンジェリン・リリーも滋味深い存在だ。
 ディズニーが以前にも増して、ますます著作権にこだわるのはマーベル以外にもキャラクターが増えたからだ。2006年ピクサー(74億ドル)、2012年ルーカスフィルム買収(40億ドル)。なんと驚くべきことだが、トイ・ストーリーもファインディング・ニモもインサイド・ヘッドも、スターウオーズ全キャラクターも、今や全部ディズニーのラインナップだ。
 お姫様キャラ一つとっても元々のディズニーのアナ雪、シンデレラ、白雪姫、オーロラ姫と独占状態。最近は中国・インド・ASEAN計30億人市場を意識して、もはやコカ・コーラ並みの多国籍企業だ。
 さて、2023年説の高かったミッキーの新しい著作権切れ時期はいつになるのか。
過去様々な議論がなされ、著作者の死後70年説、法人著作制作後120年説など入り乱れたが、TPP交渉の席では、(当然のように)最長説が採用されることは目に見えている。
 今年12月18日公開「スターウオーズ/フォースの覚醒」の新キャラクターの著作権切れはいつになるのだろう?
 96年以来のスタジオジブリとの提携関係もこうなると邪推したくなる。(細田守を3回取り逃がし、後継者不在のままだと)近い将来、トトロがディズニー傘下に収まらないと誰が断言出来るだろう。
 
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ベルリン映画祭で銀熊賞を獲得し、多くの俳優が演技上の規範にすると言われる映画『スモーク』。その作品を撮ったのが、香港生まれでサンフランシスコに住むウェイン・ワン監督だ。

 そのウェイン・ワン監督が、今回、『千年の祈り』という映画を完成させた。プロデューサーは日本人女性の木藤幸江。彼女はカンヌ映画祭の「ある視点部門」の審査員賞を受賞した黒沢清監督の『トウキョウソナタ』も手がけた。

 2010年のNHK大河ドラマ『龍馬伝』の撮影まっ最中の俳優、香川照之が、『トウキョウソナタ』に出演した縁で木藤プロデューサーに紹介され来日中のウェイン・ワン監督と対談をすることになった。『スモーク』以来のウェイン・ワン監督の大ファンらしい。

 こうして、ウェイン・ワンと香川照之という珍しい組み合わせの対談が、木藤プロデューサー立ち会いのもと、六本木で行われることになった。ウェイン・ワン(以下ワン): 香川さんが、多種多様な映画に出演なさっているのが驚きです。『トウキョウソナタ』も印象的でした。

香川照之(以下香川): ボクも『スモーク』を10年ぶりくらいに見直しました。ラストのエンド・クレジットが一つずつ出てから、画面がモノクロになって、ウィリアム・ハート演じる作家が原稿にしたクリスマス・ストーリーが映像で描かれるところは何回見ても衝撃的なのですが、あそこは最初から台本に書き込まれていたのですか?

ワン: もともとはハーヴェイ・カイテル演じる煙草屋の店主が(自らの体験談を装ってストーリーを)話しているときに、モノクロの画像は(ストーリーを補完する形で)織り込まれる予定だったのです。ただハーヴェイはセリフで、ずーっとストーリーを話しますね。ワンカットで11分間の長回しです。これだけ熱心に話せば、ストーリーの内容も観客に伝わるし、モノクロの映像はカットしてもいいかな、と思ってもいたのです。

一同: それはもったいない!

ワン: (モノクロの映像を残す場合)どうやって成立させるかを、いろいろ考えているうちにまずタイプライターを映し、作家(ウィリアム・ハート)が原稿を書いているシーンを挟めば、その後にモノクロの映像が流れても「ダブり感」はないかな、と思い、そこに落ちついたわけです。でも、結果論ですが、あの編集は本当に奇跡だったと思います。ボクたちの誰も、どうして『スモーク』の世界があんな風に成立しているか、実は分かっていないのです(笑)。あるとすれば“シネマの神様”が、ああいう形に収めてくれたということだけです。

 というのも、4年間、脚本を何回も書き直したんですよ…。制作費のあてもなく。ミラマックスのハーヴェイ・ワインスタイン(※ワン監督作品『ジョイラック・クラブ』を手がけたプロデューサー)が「なんでもいいから早く撮れ」と言ってきたんです。ただハーヴェイ・ワインスタインはすぐに自分で編集して短くしたがるので、先にベルリン映画祭に出して、銀熊賞をもらって、切れないようにしたんです(笑)。香川: ラストでハーヴェイ・カイテルが語るクリスマス・ストーリーは、俳優の立場としては、本当にあったことではなく、彼が創作した作り話であって欲しいんです。カメラがカイテルの顔から、口のアップに移っていくことが、それを象徴しているように思えるんです。

麻生: 作者のポール・オースターとしては、あの話はカイテルの作り話なのか、過去に実際にあった思い出話なのか。どちらだったのでしょう?

ワン: カイテルの語る話の中には、幾許(いくばく)かの真実と、幾許かの作り話が、混ざっていると考えたほうがいいでしょう。カイテルにはそのように演じてほしいとお願いしました。最初は、作り話をしているのに、ふと本当の話が混ざってきたり…、最終的には不思議な着地をするといい、と思いました。物語とは、みんなが共有する想像力の固まりでいいんだ…とね。

 それよりもカイテルがいちばん苦労したのは、さっきも話した11分のワン・テイクの長回しですよ(笑)。だってポール・オースターがなんて言ったと思います。「脚本の一字一句、変えてはならぬ」と言ったんですよ。カイテルには、それはそれはプレッシャーになったことでしょう。ときどきカイテルがフレーズを飛ばすと、きっちり、ポールがダメ出しをしてました(一同、大笑い)。

香川: いやー、それは素晴らしい。俳優としては、そういう(プレッシャーと本領発揮の狭間に置かれる)状況というのは、ものすごく刺激になるんです。

ワン: でも監督としては、俳優のそういう心境があらかじめ分からないので、そういうお話を伺って初めて「へえー、そういうものなのか」と納得するのですよ。ハート、カイテル、ジェレミー・アイアンズといった素晴らしい俳優と仕事をすると、学ぶことが多いですね。みんな、「もっと感情的に、とか言ってくれるな」「形容詞は使うな」と口をそろえて言いますね(笑)。監督が与えるのはその場の空気感だけでいい。腕のいい役者ほど、そういいますね。香川: そうするために監督は、俳優たちと、どういう時間を過ごしているのですか? 多くの日本の監督は「そこはもっと悲しく」とか「もっとエモーショナルに」とか指示を出すことが多いのです。

ワン: 私が重要視するのは、まず「順撮り」をすることです。そして大切だと思うシーンについては時間をたっぷりかけます。俳優さん自身がオーセンティック(※真正、本物、真実)なものを見つけるまでには時間がかかりますから。一つのやり方しかないとは思いません。唯一自分が判断するのは、これは真実かどうか。大事なシーンを撮るには丸一日かけることもあります。

香川: 『スモーク』のカイテルの長回しは1日で撮れましたか?

ワン: 実は、3日かかったのです(笑)。大変でした。ただ、それまで、たまたまスケジュールが順調に進んでいたので、事無きを得ましたけどね(笑)。米国のスタジオ作品は、時間通りに撮らなきゃなりません。ユニオンがうるさいのです。プロデューサーが定時になると「ここで終わりだ」と言うために、飛んできます。日本ではどうなのですか?

木藤幸江(以下、木藤): 香川さんなんか36時間、ぶっ通しで撮っているそうですよ。

ワン: それは長すぎるなあ(笑)。ただ俳優さんが集中しているときにランチタイムをはさんでしまうと、それまでの積み上げが台無しになってしまうこともありますね。

香川: 逆に何回も何回もテイクをしていて(フイルムの)ロールチェンジになり、その次の、最初のテイクには、奇跡が起こることが多いんです。

木藤: でもデジタルシネマになると、ロールチェンジがないから、それはできなくなりますね(一同、大笑い)。

香川: そういう場合はカメラマンに合図を送って、トラブルが起こったことにしてもらいましょう(笑)。ワン: 香川さんは直観的なほうですか?

香川: 昔はそうではなかったです。でも最近は2~3テイクでOKが出るようになりました。経験の積み重ねなんだと思います。かってモーガン・フリーマンが「台本を読んだ瞬間に役作りができる。それはすべての台本に関してそう思う」と言ってました。その当時は、何のことがまったく分からなかった。でもその意味が近ごろ、何となく分かるようになってきたんです。

木藤: 黒沢清監督曰く香川照之はものすごく頭が良くて、台本を頭にたたき込んで現場では直観でやっているけれど、彼はそういう陰の努力を絶対に見せないんだ、と言ってましたよ。

ワン: レイフ・ファインズは興味深い俳優で最初の2~3テイクは箸にも棒にもかからない。「こいつ、本物のレイフ・ファインズか?」と疑問を抱かせるくらいなんです(笑)。ところが4テイクあたりから、人が変わったように見事な演技を見せるんです。急にすべてのピースがぴったりと組み合わさるように。『メイド・イン・マンハッタン』のときでしたが、相手役のジェニファー・ロペスは競争馬のように最初のテイクから全速力でくる。だから2人をうまくかみ合わせるのが、とても大変でした(笑)。

香川: それは、もはや、別々に撮るしかないですね(笑)。

木藤: 共演者同士の相性に関しては、監督はどう対処するんですか?

ワン: 私が学んだことの一つは「そのシーン全体を考えて演じてくれ」と役者たちに言うことです。そうすれば、必然的にほかの役者の動きも計算に入れなければならなくなりますよね。

香川: 20年前、年上の女優さんから「ともかく相手のセリフを聴くことよ」と言われたのを思い出しました。役者は自分の言うべきセリフを背負うことのほうが大変なので、人のセリフを聴くのは非常に難しい。でも自分のセリフが100行で、相手のセリフが1行であっても、その1行のセリフを聴くことが、実は自分の仕事の99%なんだ、と思わなければいけない、と教わりました。相手は自分の鏡なんですね。

ワン: ウィリアム・ハートは「自分にはなんにも言ってくれるな」と言います。その代わり「ハーヴェイ・カイテルには綿密に指示してくれ」と。「ボクはカイテルの演技を受けて反応する」と言ってましたね。

香川: 日本でも高名な演出家は、別の役者に激怒して、隣の役者を鼓舞する、ということがあります(笑)。木藤: ワン監督も黒沢清監督も声を荒らげないですね。

香川: 監督というのは空気だと思うんです。何をすべきかを言うのではなく、空気をつくる。ワン監督のプレス(※報道関係者向けに配られる資料)の写真、すごく険しいクリエイターの顔じゃないですか(※1ページ目の写真を参照)。でも実際に今日こうしてお会いした顔を見ると、実に温和で僧侶かと思うくらいです(笑)。

 おそらくワン監督の現場は、静謐(せいひつ)で、そこに入れば、もうそう演じるしかないような空気になっていると思うんです。『千年の祈り』の公園のベンチの(老人2人の会話の)シーンも監督が空気を出しているんだと思う(※次ページの写真を参照)。そして空気を出してくれさえすれば、役者は何も言われなくても演じることができるんです。

木藤: 現場にいた私から言いますと、確かに監督は常に温和です。そういう空気をつくっていることに、現場が監督をリスペクトしてしまうんですね。

香川: 黒沢清監督もそうですね。『千年の祈り』でも、まるで観客が現場にいるかのような(人工的でない)空気感があります。

ワン: これね、24日間で撮ったんです。

香川: そういう短いスパンの映画も撮られるんですか…。

ワン: アップのシーンが少ない場合はそうなりますね。

木藤: 予算が少なかったということもありますが、監督は欲しい映像が分かっているので速いですよね。

麻生: さきほど香川さんが指摘したように、こんな温和な監督がプレスの写真で苦み走った怖い顔をしている(※1ページ目の写真を参照)。これはどんな状況のときだったんでしょうか?

ワン: モニターを見ながら、ひたすら心配していたときですね(笑)。木藤: 老人(中国人男性とイラン女性)2人が実際には英語が上手いのに、ここでは移民として、英語が下手であるという演技をしなければならなかった(写真下参照)。2人が、英語の会話の部分で混乱してしまったときがありましたね。

ワン: (男性のほうの)ヘンリー・オーさんは、自分で詰めていくタイプの俳優さんなので、毎晩FAXで「明日はこんな感じのプロークンな英会話にします」というのを送ってくれたのですよ。

木藤: 『千年の祈り』もいろんなことがあったけれど、シネマの神様がいるから、完成に至ったのだ、ということは本当に実感しますね。


(C) 2007 Good Prayers, LLC All Rights Reserved(画像クリックで拡大)
ワン: シネマの神様は、本当にいますよ。でも香川さんは日本人なのに中国映画によく出ていませんか?

香川: そうですね。

麻生: カンヌグランプリの中国監督作品『鬼が来た!』にはたまげました。

香川: 日経エンタテインメント!の「シネマ坊主」では高い評価をしていただいて感謝してます。

麻生: いや、『鬼が来た!』を見たときは、松本人志と2人で「日本にも、まだこんな役者がいたんや」と、2人ともしばし口がきけない状態でした。

香川: 『ゆれる」のときも高評価、ありがとうございました。

麻生: あのときは共演していたキム兄に聞いたんです。「どうやった、どうやった、香川照之って?」。そうしたらキム兄いわく「ケタが違う。格が違う。神々しかった」と。ボクたちは「へえーっ!」となりました。

香川: (話を『千年の祈り』に戻しつつ…)冒頭の空港で荷物が出てくるシーンがものすごく印象的で、何回も何回も巻き戻して見ました。飽きないんです。しかも赤のスーツケース。十分、計算されているとは思いますけど。

木藤: 実はあのシーンは、脚本にはなかったんです。

ワン: 今回の撮影監督がスイス人だったんです。時計のように正確な人でね(笑)。その人の事情がいろいろあって、ああいう風になったのです(笑)。

木藤: 監督が香港人。撮影監督がスイス系ドイツ人。主演が中国人。わき役がイラン人、ロシア人。まるで国連みたいでした(笑)。ワン: 中国人でも文革を経験した人と、そうでない若い人は全然ものの考え方が違いますね。

木藤: そういう風に考えれば、日本人は代々何も変わってなかったんですね。

ワン: 実は『スモーク』のときのように、2本1組(『スモーク』&『ブルー・イン・ザ・フェイス』)で、今回ももう一本撮っているんです。2本目のほうは、若い中国人が主人公です。彼らは、ヘンリー・オーさんたち年配の中国人とものの考え方や価値観が全然違う。自由といえば自由。文革前と後では違う国の人のよう…。2本1組になるのは、なぜ、そうなるのか自分でも分からないんです。1本目は普通に撮ります。2本目は肩の力を抜いて自由闊達(かったつ)に。

 (『スモーク』の弟版といえる)『ブルー・イン・ザ・フェイス』のときは、ポール・オースターには「セリフは一つも書いちゃダメだ」と言いました(笑)。

香川: すみません。次があるのでそろそろ失礼させていただきます。

麻生: 大河ドラマですね。香川照之を大河ドラマに出すのが、もったいなくてもったいなくて。

ワン: こうやって縁ができたのだから、いつか、きっと一緒に仕事をしましょう。

香川: こちらこそ、ぜひ。

麻生: 香川さんは日本だともったいないですよ。早くハリウッドへ行きなさいよ。

香川: いやあ(苦笑)。

 『千年の祈り』は、中国から米国へ渡ってキャリアを積んでいる娘(フェイ・ユー。今は離婚してバツイチ)を心配して、はるばる北京から娘を思って訪ねてきた父親(ヘンリー・オー)との心の交流の物語だ。

麻生: 最後にもう少し『千年の祈り』のプロモーションの話もしましょう(笑)。『千年の祈り』の隠れたテーマとして大きいのは、映画では直接言われてはいないけれど、キャリア女性が、「自分をほめて、ほめて、ほめて、育ててくれ」と匂わせるところなんです。今の日本の全キャリア女性が、(なぜか依然として男社会で苦戦していて)1回、1回、きちんと評価される(行動としては、ほめてもらう)ことを望んでいる気配があります。だから、まさにタイムリーな作品だと感じたわけです。ぼくたち男性は、キャリア女性なのだから、与えられた仕事を見事にこなすのは当たり前で、内心ではきちんと評価して、素晴らしいと感じているのですが、女性たちは「それでは、分からない」「言葉できちんとほめてほしい」と問わず語りで主張している。

 フェイ・ユーだって、米国へ来て、キャリアを積み上げ、旦那とは別れたけれど、自分を唯一理解してくれる(妻子ある)男性と付き合っている。ヘンリー・オー扮(ふん)する父親が懸念するようなことは、彼女がいちばん分かっている。ことの善悪は誰よりも自分が承知した上で行動している賢明な女性です。彼女はそのことを含めて米国でがんばっていることを、父親に(言葉でも)認めてほしい。でも父親は、我々アジア人男性特有の口下手で、ほめることがなかなかできない。ついつい欠点を指摘してしまいがちで「なになにをするな」「なになにをしてはいけない」と否定型で娘に語ってしまう。もし父親がヨイショやお世辞でなく、心から彼女の生きざまを肯定して、「よくがんばっているね。大変だね。でもおとうさんは応援しているからね」と言うことさえできれば、おそらくそこからヒロインの歩み方も変わるんです。でも男はなかなかそうはできない。どうしたら、いいのでしょうね。

ワン: だからこそ『千年の祈り』を日本の父親にも、日本の娘さんにも、両方に見ていただきたいのです。そして双方の口に出せない気持ちを、互いに思いやってほしいですね。特に日本や中国の社会では、そういうフランクな心を開いた交流が(欧米よりはるかに)できていないと思います。
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 NHKの朝ドラはプロデューサーと脚本家が二人で最初の記者会見を行うのだが、今回は少し雰囲気が違った。脚本家にシンデレラ・オーラがあったのだ。「クロサギ」などヒット作もあるものの、主にBS-TBS、WOWWOW、NHKで活躍してきた(トレンディドラマファンに馴染みのやや薄い)方だったからかも知れない。ただ人生を真っ直ぐに生きてきて、すべてを吸収・咀嚼し、なお前を目指す向上心のような気配が彼女にはあった。
 直接、お会いしてもその印象は変わらなかった。瞳が輝いている女性に会うのは久しぶりだ。
 横浜生まれで小・中は文学少女。だが波瀾万丈の人生がここから始まる。「父が夢ばかり追い続けるようなダメな人で、小3の時一家で大阪へ。でも結局離婚することになって、母、兄、私の3人は夜逃げのようにして横浜へ戻ってきました。母はお嬢様育ちの専業主婦だったのですが40過ぎてから働きに出ました。貧乏でしたが母がともかく明るい性格なんです。母の明るさに救われました」。
 この頃から、彼女は小説家志望だった。中1のときにコンクールで入選。一方、幼い頃から天分のあったピアノも続けていた。「ピアニストにはなりたくなかった」そうだが先生は音大進学を進言。「ウチは貧乏なので国立へ行かせて下さい。下宿も無理です」と泣きついて横浜国大教育学部音楽科に滑りこんだ。
「私ね、人の3倍くらい回り道をいつもしてしまうんです。ピアノに費やした時間を小説に費やしていれば‥」。天が二物を与えてしまった不幸だ。家計を助けるために三井住友海上のOLに。24歳まで、脚本のきの字もまだ見えない。

「作品インタビュー」

 この世界に入るきっかけは?
「実はどうしても小説家になりたくて専門学校を探したのですが小説部門がない。唯一近いのが脚本コース。もともと小説でも台詞や会話部分が好きだったので」。
 卒業制作でトップになり教師(現役の脚本家)から昼ドラ、紹介してあげるよ、といわれMBSドラマ30でデビュー。いざ、というときに結婚。ご主人から「仕事はやめて家にいてくれ」と言われてやめてしまう。5年のブランク。ああ、やきもきするドラマのような展開だ。しかし彼女は天職を諦めきれず離婚し、ドラマ30の人脈に山のような企画書を持ち込む。「2004~2010年、仕事をしていて、民放の連続ドラマは私の居場所ではない。このジャンルなら私でなくても書ける人はいっぱいいる」。彼女が描きたいのは恋愛ではなく、なんと人間の業だった。ここから彼女は、手加減なく、かつ時間の制約のないオトナの女性のホンネを書ける局、WOWOWとNHKにターゲットを絞る。「胡桃の部屋」「震える牛」「紙の月」、異色の力作が生まれた。そして朝ドラから声がかかった。ロケハンを重ねて能登に決定。「平家の落人伝説があるように人が興味深いんです。みな自虐的というかハニカミ感がある。敗残者に優しい地域」。1年かけて能登出身者100名に取材しパティシエ辻口博啓と邂逅。モデルに!
 「朝ドラって、清く正しい人たちが見るものじゃないですか。今まで{みんなに共感されないだろう}と思うものを描いてきた自分の生きざまが試される。でも多くの人は日常の中で実は業を抱えている。そんなお茶の間の業に挑戦したいんですよ。といっても私は性善説。離婚したけど家族を信じているし夫婦の絆も信じている。人間は所詮一人だけど、だからこそ一人と一人と一人が集まる形態=家族を信じたい」。NHK初、業を描く朝ドラ革命なるか!
能年玲奈以来となるヒロイン・オーディションは7月頃まで続く。どんな子がいいか?「悲しくても悲劇的に見えない明朗さ。オーラの明るいコがいいな」。実はこの形容詞、篠崎絵里子そのままなのだ。
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2003年、イラクで拘束され自己責任とマスコミからバッシングされたNPOの33歳の女のコも、45才になった・・・

緊急支援の「エイドワーカー」として今なおイラクで難民支援に携わる高遠菜穂子さんにやっとお会いすることが出来た。福島原発ドキュメンタリー「小さき声のカノン」の鎌仲ひとみ監督から「主演のご家族に会ってみたほうがいいですよ、とアドバイスくれたのは高遠さんだったの」という一言がきっかけだった。
で、今回はイラクの難民の子供たちのエンタメ状況について話を伺った。エンタメは地球を救えるか、を突き詰めたかったからだ。当初はイラクの童歌があるのか、NPOの人たちはどんな絵本を読みきかせるのか、といったピント外れな質問を用意していた。
「難民たちが流れついて、そこでエンタメを享受するまでに1年はかかります。まず旧学校とか建設中のショッピングモールを間仕切りしてモノを揃えます。夏は毛布より、水かクーラー(冷風扇)が欲しい。冬は雨と氷点下対策で毛布とマットが必要。簡易トイレ。2500人くらいいると半年経つと経済が動き出します。小銭を持っている人が仕入れ始めて店を出す。日雇いに行く人もいる。娯楽が必要となりテレビを入れましょうとなる。イラクにはアラブを覆う4大衛星ネットワークがあり、各700~1000チャンネルあります。難民キャンプでも1~2年経つと仮設テントで皆見ています。無料です」。「女子中高生に人気コンテンツは韓国ドラマとK-POP。アラブドラマのほうが数は多いのですが、若者は韓国ドラマに夢中。難民の女の子に世界の何処に亡命したい?と尋ねると、これまでは米、豪、加だったのが、今は「韓国へ行きたい!」なんて言う子も出てきました。難民の子供たちには私が韓国人に見えるらしく韓国ドラマにハマった子たちに「ヨボセヨ」「アンニョンハセヨ」と語りかけられたりします。最新の人気韓国ドラマを見ていると貧しい女の子と裕福な男子4人ものがあって、これ「花より男子」じゃない?原作は日本のマンガなんだよ、と言っても彼らは「NO,NO,コリアン!」と譲らない。私はテレビっ子なので各国のテレビをチェックしてきましたが、少女時代デビューの頃からK-POPパワーはすごい。イラクの歌は国民的歌手カーデム・サーヘルを中心に若手のアラブポップスシンガーも増えてきました。ベリーダンスもヒップホップもあり、歌手はレバノン出身、というのがこれまでの常識だったのですが」。
「空爆を受けているのに、エンタメは衛星放送でアメリカナイズされていて「マスターシェフ」(米版料理の鉄人)「アラブ・アイドル」(米アメリカン・アイドルのアラブ版)などが人気。(世界中に広がった)「クイズ・ミリオネア」パターン。番組は基本、イラクでは米の放送にアラビア語字幕付きです」。
「MTVは最近イスラムからすると破廉恥すぎて?去年くらいから衛星で見られなくなりました。ニュースはCNN,BBC,CCTV,アルジャジーラ、すべて無料です」。
「ヨルダンにアパートを借りて5年目。(私個人の)収入はありません。持ち出しです。日本で講演し、原稿を書き、報告会に出てギャラをいただく。定期的に帰国するのは費用を捻出するためです」。
「現地支援の国連もNPOも資金繰りは大変です。紛争地のエイドワーカー、ジャーナリスト、NGOに日本人は少ない。いちばん欲しいのはメンバー、後進の若手です」。
「最近は出国時より、日本へ帰国する時のほうが、自分を日本モードに変換するのに苦労しています。成田に着いた途端、世界のニュースの窓がパタパタと音を立てて閉まっていく感じ。日本のお笑いやドラマが好きで録画して見ているのですが滞在1週間を越えると、不安になる。国際ニュースが少なすぎて。(世界でも稀な)情報鎖国ですね」。
東南アジア諸国と同じく、韓国パワーが中東でも勢力拡大していることに動揺する。
「韓国の俳優や歌手は皆、LとRの発音をマスターしています」。痛い指摘だ。
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26年ぶりの再会!もっと海外活躍勢に応援を!!!



 黒沢清監督の、本年度カンヌ国際映画祭「ある視点」部門、監督賞受賞作品「岸辺の旅」をやっと見ることができた。7年前に同じ「ある視点」部門で「トウキョウソナタ」で審査員賞を獲って以来、二度目の戴冠となる。
 カンヌに出品すること自体が、そして更に「受賞」することが、どれだけ大変なことか、他の監督作品で現地へ赴いた経験があるだけに、舌を巻くしかない。
 この快挙に、本来、日本のマスコミとエンタメ界は、もっと大騒ぎしていいはずなのだが、日本人の海外での活躍にはなぜか、いつも、妬みが混じるらしく、野茂の大リーグ挑戦1年目と同じく、きわめてクールだ。
 黒沢清監督インタビューは、26年前、「スウィートホーム」の時以来だ。吉祥寺の第一ホテルで二人きりでお茶しながらの取材だったが、生真面目だった印象が強い。監督も「日経エンタテインメントの取材って、創刊したばかりの頃じゃなかったですか?」と仰っていたが、復刊する前の週刊誌時代のことだから、当時の青年監督の成長した姿を見るのは感慨深い。
当時の予言「クロサワという苗字で、きっとトクをしますよ」というのも当たった。海外でクロサワといえば、たとえば日本でジェームス・スピルバーグ監督作品(あくまでも仮)が上映されるようなものだ。血のつながりはなくても、なんとなく期待を抱かせる姓のアドバンテージはある。国内では黒沢清と黒澤清、と沢の字の表記が違うがアルファベットにすればMr.Kurosawaで同じだからだ。
 映画業界、特に役者の間で評価が高いのも黒沢監督の特徴だ。これまでの作品に出た役者を列挙すればよく分かる。「回路」で麻生久美子、小雪、「アカルイミライ」でオダギリジョー、浅野忠信、「ドッペルゲンガー」で永作博美、「LOFT」で中谷美紀、豊川悦司。
「トウキョウソナタ」で香川照之、小泉今日子、「リアル」で佐藤健、綾瀬はるか。今回「岸辺の旅」で深津絵里、蒼井優。他に役所広司は黒沢組の常連といっていい。
 今回は原作ありきのストーリーだが、生死の境を感じさせるライトなホラー感覚は健在だ。
 個人的にはイタリアのホラーの巨匠ダリオ・アルジェント(「サスペリア」など)と同じ、世界観を感じる作風だと思っている。
「子供の頃から、英国の50~60年代、一世を風靡した制作会社ハマー・フィルム・プロダクションズの作品群などが好きだったんです。「吸血鬼ドラキュラ」とかね。映画を撮ろうと考えて物語を構築しようとした時に、ああいう映画を撮りたいな、と思って、ぶつかった壁が、同じホラーでも、日本の怪談のお岩さん的なストーリーと、西洋の「ゴースト」的作品の、東西の作風の違い。ここの住み分けが難しいというか、深くて、なおかつ曖昧。(両者に一理あって)とても一筋縄でいかないことが見えてきた。人の生き死に、って、日常的なもののはずなのに、一旦考えだすとこんなに恐ろしいものもないし、また、逆に、こんなに魅力的なテーマもない」。
 「岸辺の旅」は死んでも死にきれなかった人たちが成仏?するまでの物語だ。小松政男、柄本明たちが実にいい味を出している。この世の深津絵里が一人一人を見守る風情も素晴らしい。
 「西洋は(ゾンビや吸血鬼など宗教的な死後の在りようがあるものの)基本、死ぬとこの世では何もなくなってしまう。一方、東洋では何かが持続する・・・。その何かがいまだにつかめないんだけれど、覚悟だけはしておきたいと思わせる何かは確かに存在する」。
 監督の、この発言はダリオ・アルジェントにも、吉本ばななの初期の作品群とも共通する。「あ、この人はわかっているな」と思わせる、静謐で、優しさと諦念が共存する宇宙観だ。
 「普通、死ぬのが怖い、というのは、死んだらどうなるかわからないから怖いはずなんです。でも四谷怪談の伊右衛門は、お岩さんを見て「ああ、死ぬとこうなるのか」と得心していいはずなのに、そうはならない。
 死後とは何か、人類の最大の恐怖である謎を目の当たりにして幸運なはずなのに、「幽霊は怖い」という図式で、ずっと大衆は物語を楽しんできた。この質の差って、フクザツですよね」。
 「「岸辺の旅」が発するメッセージとは「死んでも大丈夫ですよ」ということ。死んでも愛しあえますよ」ということ」。
 映画の中で、死者役浅野忠信と生者役深津絵里は愛しあう。
 「ボクには別に超能力も霊感もないし、幽霊を見たこともないんですよ」と語る監督がなぜか、ふと照れたのが印象的だった。

 
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