「あの時にこれがあったらなあ。戦地では火がたけなかったから、干飯(ほしい)をかじって頑張ったものですよ」。衆院議員の園田直さんが、感に堪えないように言われた。
東京・赤坂の料亭「新長谷川」で、カップライスの試食会を開いた時のことである。福田赳夫さん、田中龍夫さん、歴代の農林大臣、それに経団連会長の土光敏夫さんらがおられた。熱湯をかけるだけでできる「エビピラフ」「ドライカレー」「チキンライス」など7種類の商品を、異口同音に「すばらしい」と褒めていただいた。
食糧庁の大広間で、長官以下幹部職員を集めて試食会を開いた時も絶賛された。農林省食品総合研究所の評価は「歯触り、味ともに優れ、即席ライスとしてこれ以上望むことは難しい」というものだった。新聞にも「奇跡の食品」「米作農業の救世主」といった見出しが躍った。
私自身も長い経営者人生の中で、これほど褒めそやされたことはなかった。インスタントラーメンの世界では、相変わらずカップめんに関する特許紛争が続いている時期だったし、心の片隅で「ラーメンはほかの者に任せて、この新しい市場に全力を傾けたい」という誘惑に駆られていた。完全に舞い上がってしまったのである。
土光さんはカップライスに大きな関心を持たれた。ある会合でこの新製品についてお話ししたら「日本の農業のためになる。大いにやってください」と励まされた。そればかりか、東芝関係の技術者を呼ばれて、カップライスを大量に調理する炊飯器の開発を命じられた。学校給食用に消費することを考えられたのである。目刺しに一汁の食事を旨とされた土光さんに、米食文化復興の思いがあることを知った。