国内にとどまっていれば縁がなかった、密集戦での深淵に触れた選手もいる。「何をしてでも相手を倒すという部分で、コーチ陣がここまで徹底して選手に落とし込んでいるのかと感心した」と稲垣は話す。
それは具体的に何なのか、と問われると「それは言わない方がいいのかな」。言葉を濁すが、相手の髪の毛をつかんで引きはがすような、ルールや道徳の観点からは“アウト”に近い行為のことだろう。日本ではせいぜいロッカールームで先輩が後輩にこっそり耳打ちするような行為を、かの地では「チーム公認のスキル」として入念に指導している。
■リーチ主将「試合では殺すつもりで」
稲垣所属のレベルズが本拠を置くオーストラリアは、世界的に見ればまだクリーンな地域。欧州最高峰のフランスリーグでは、密集の中で相手選手の目玉をえぐる悪習が今も残るとされる。今秋のW杯でも、テレビカメラや審判の目が届かぬ人垣の中で、この手の行為は起きるかもしれない。「W杯は戦争だった」とは、初出場の日本人選手が大会後に漏らす常とう句。日本の選手も実際に、この「スキル」に手を染めるかどうかは別にして、その世界に事前に触れられただけでも大違いのはずだ。
「スーパーラグビーを経験した選手が、勝つためにはハードワークが必要だという気持ちを持ち帰ってくれればいい」。ジョーンズHCが期待するまでもなく、選手自身も体験を日本代表に還元することを誓っている。
リーチ主将が仲間に伝えたいと強調するのは「試合になると相手を殺すつもりでやる」という心構え。物騒に聞こえるセリフも“戦争”に臨むとしたら当然の準備なのだろう。「どうすればその気持ちを持てるか? マインドセット(考え方)だから練習してできるものじゃない。自分でやるしかない」。これからの2カ月、背中で示すことを決めている。
日本のパイオニアとして唯一、3年連続で海を渡った田中は「スーパーラグビー組が体を張っていかないと周りもついてきてくれない。ダサいですけど、死ぬ気でやる」と話す。
■国内組、1日3度のハードな練習
「国内組」も安穏としていたわけではない。4月から続く異例の長期合宿は、1日3度の練習を行うハードなもの。「スーパーラグビーに行っていた方が楽だったんじゃないか」。昨季まで2年間、レベルズでプレーした堀江翔太は笑う。持久力アップとミニゲームをハイテンポで織り交ぜるメニューは「試合の残り3分の状態でずっと練習している感じ」。ジョーンズHCの要求も厳しく、選手は肉体的、精神的に大きな重圧の中で鍛錬している。
ただ、W杯の参加国で最長の準備期間を確保した日本と違い、1次リーグで当たる各国は今から集中的に強化する。2カ月後の本番では今までと全く違うチームになっていると覚悟した方がいい。
18日から米国などで開かれるパシフィック・ネーションズカップの間にスーパーラグビー組は全員、代表に合流する。カナダ、フィジー、米国など同格の国との連戦。W杯の最終登録メンバー31人を絞る競争の場ではあるが、国の内外で努力してきた2つのグループがどう融合を果たせるか。最後の正念場が始まる。
(谷口誠)
エディー・ジョーンズ、田中史朗、スーパーラグビー
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