佐野健次郎と俺の夏休み
あれは八月も後半に差し掛かった頃の事だった。
その日も蝉しぐれを聞きながら、窓に切り取られた入道雲をぼんやりと、「そろそろ宿題をやらないとなぁ~」なんて思って雲の流れる様をみていた。そして気が付けば、外はすっかり暗くなっていた。日没が早くなったのを感じつつ部屋の明かりを付ける。夏休みを無為に過ごした自分に焦り、天井を見る。天井の灯りも小学校の時は蛍光灯だったのがいつの間にかLEDになっていた。
変わらない自分を置いて世の中は無情に動いている。しかし、変わろうと何かしようと思ってもどうにも気が乗らない。いつしかそれは悪化して、今では宿題すらやる気が起きなくなっていた。
「楽しても置いてかれない様になれねぇかな~」
あり得ない願望を呟いた僕は、机の上で何かが光った様に感じた。
ゴキブリは光らないよな?そんな気持ちと共に恐る恐る机の上を覗く。机の上には見たことのあるデザインだが、持っていた覚えがないキーホルダーがあった。
「ビリケン?」
俺は呟きと共にそれを手に取る。
キーホルダーが再び輝く。そして喋る。
「ビリケンとは失礼な。佐野健次郎です」
「うわっ!」
驚きと共にキーホルダーを机に叩きつけてしまった。鈍い音とともに机に叩きつけられたビリケン様(?)は頭を擦りながらノロノロと立ち上がる。
「いたたっ………」
「あの……大丈夫ですか?」
得体の知れないキーホルダーに声をかけてみた。
「ああ!キーホルダーだからね」
ビリケン様(?)は例の笑顔で答えてくれた。
「それで…えっと……佐野………」
「健次郎です」
「ええ。その佐野さんっていったい何なんですか?」
「ポンポンと配置して新たな命を吹き込みます」
「はぁ………」
この奇妙なキーホルダーは神とでも言いたいのだろうか。
「はい。僕は分身みたいなものですが」
俺の心を見透かしているかのように、佐野神は笑顔で答えた。
「それでなんでここに?」
「本体の方で嬉しい事がありまして……その喜びのおすそ分けで救いを求める君の所に来たんだよ」
キーホルダーは一層の笑顔を見せて続ける。
「それで君の願いはなんだい?」
「えっと、楽して生きたいなぁ……と」
佐野神の笑顔が曇る。
「それは感心しないなぁ」
そして再びの笑顔。
「だけど、その気持ちもわからなくはないよ。スピードも大事だからね」
佐野神はそう言うとパソコンを勝手に起動させた。
「他人が作ったのをポンポンと再配置するとメジャーな感じになるんだよ」
「それは?」
よくわからない俺は佐野神に追加の説明を求める。
「自分が作る部分の手間を省けるだろう?」
俺がなるほどと思っていると、佐野神はインターネットに何やら打ち込む。
「例えば、君には美術の宿題で絵を描かなきゃいけなかったよね?」
佐野神は俺の宿題内容まで把握していたようだ。流石は神である。
「このルーベンスって人の作品だけど、ベルギーっていう小さな国の画家なんで、誰も知らないだろうから、少し弄ってカラーコピーしちゃえばいいんだよ」
そう言って佐野神は絵の画像の一部をトリミングする。
「はい。作品一個出来上がり」
佐野神は僕に微笑んだ。神の行動に間違いはないはずだ。そう思っているとお腹が鳴った。
「あ!ちょっと食べ物取ってきていいですか?夕ご飯を食べてなくて……」
「ああ。頭を使うとお腹が空くからね」
俺の失礼な話に佐野神は微笑んだ。
急いで台所に行った俺はキッチンからフランスパンを見つけて部屋に戻った。
「おかえり」
佐野神は相変わらずの笑顔だ。
「君の読書感想文だけど、書評や感想が書いてあるサイトは開いておいたよ。後はそこから文章を抜き出して、ポンポンと配置するといいんだよ」
僕はなるほどと思った。
「他もこの要領でやるといいよ」
笑顔が輝くと思ったら全身が輝いていた。
「そろそろお別れの時間だね」
「あの……俺まだお礼を………」
「君からはフランスパンのアイデアを貰ったよ」
佐野神は優しく微笑むと、やはり優しい光に包まれて消えていった。
佐野神の考え方は圧倒的な展開力を持っており、俺の宿題は何度かの修正を経て問題なく終わった。
「ああ……こうやって人生を渡ればいいのか」
俺は感動と共にテレビをつける。そこでは神様に似た男が大きなスポーツ大会のエンブレムを作ったとかで満面の笑みを浮かべている。
「やっぱり、出来る男は違うなぁ」
そう思って、憧れと共に画面を食い入るように見つめ続けた。
それから一週間後、蝉の鳴き声が消えたと思ったら、あの男も消えていた。もしかしたら、本当はあの光と共に消えていたのかもしれない。
そして俺はというと、「フランダースの犬にも出てきた有名な絵も知らないのか!」と美術教師に偉く怒られ、それが端緒となって他のぽんぽんと配置して終わらせた宿題たちも露見して見事に停学となっている。
窓に映る秋空をぼんやりと眺めて、俺はこう思った。
「楽して生きたいけど、あの生き方はダメだな」
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