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インタビュー

メガブランドのパワーを活かした
「カップヌードルごはん」開発秘話

2010年8月16日、日清食品が近畿地区で先行販売した「カップヌードルごはん」。ほとんど宣伝を行わなかったのにも関わらず、「レンジで水から炊き上げるカップヌードル味のごはん」は、ネットでの口コミなどで話題が沸騰。予想を大幅に超える売上で、発売4日後には一時販売を休止した。現在も全国規模で着実にファンを増やし続けるヒット商品の開発秘話を、同社マーケティング部の上原秀介氏に、井上淳子 非常勤講師が直撃した。

お茶やコーヒーまで温める、
電子レンジの使い方の変化に着目!

井上日清食品さんでは、いつ頃から電子レンジ向けの商品を発売されているのですか?

上原あまり知られていませんが、1980年代です。

井上ごはん商品もその頃から?

上原実は、ごはんはもっと前からで、1975年に「カップライス」という商品を発売しています。ところが売れずにすぐ撤退。その後もごはんには何度かトライしましたが、なかなか結果が出ませんでした。

井上では、なぜ電子レンジ用のごはん商品を改めて発売することにしたのですか?

上原まずは、日本国内における電子レンジの普及率がすでに95%を超えているのに対し、電子レンジ向け商品、中でもお米の加工商品の市場規模はまだまだ小さい。その分、今後大きくなる可能性が十分にあります。そういう時期に、新しい加工技術がタイミングよく生まれました。「カップライス」は炊いたご飯を油で揚げたもの。揚げると、お米の中の水分が蒸発して細かな孔がいっぱい出来ます。そこにお湯が入ることでふっくらした状態に戻るという技術でした。それを油で揚げず、高温・高速の熱風で膨化 (加熱する事で、内部に含まれる水分が急激に膨張し、体積が膨らむこと) させています。わかりやすく言うと、ポン菓子に近い出来上がりの状態です。

井上新しい技術が、新しい発想を生んだということでしょうか?

上原その一方で、30数年の間に変化してきたユーザーのライフスタイルにも着目したのです。今の若者はポットのお湯でお茶やコーヒーをいれずに、ペットボトルの飲料をカップに注ぎ、電子レンジで温めるそうです。というのも、ガスコンロはもちろんポットさえ持っていない一人暮らしの人が増えていて、彼らにとっては電子レンジが唯一の調理器具になっています。私くらいの世代は「電子レンジは食べ物を温めるもの」という固定観念がありますが、そうした利用方法の変化に着目したのです。今の若い世代になら、「水から炊く電子レンジ調理の商品」が受け入れられるかもしれないと。

井上「こういうものがあったらいいな」とか「こういうものを食べたいな」というニーズではなく、器具の使い方の変化に着目されたというはとても面白いですね。市場が小さいとのことですが、どれくらいの規模なのですか?

上原ごはんと具材がセットになっている「セット米飯」という商品の市場は、年間50億円くらいです。参考までに即席めんは約3900億円の巨大な市場を形成しています。ただし、即席めんの消費量は、ここ5年くらいずっと横ばい。今後、少子化で人口が減っていったら、これ以上の規模拡大は期待できないので、新しい領域にチャレンジしていくしかない。では、日清食品が持っている技術を使ってトライしていけるジャンルは何だろうかと考えた時に、日本の主食である「ごはん」という答えが出てきたのです。それで、まず2009年3月に、「日清GoFan(ゴーハン)」という電子レンジ調理の商品を発売しました。

井上そちらの売れ行きはいかがでしたか?

上原「カップヌードルごはん」と同様、お米をスープで炊き込んで作るので、一粒一粒にしっかり味がしみこむということで、商談では高く評価されたし、それなりに売れました。ただし、もともと小さな市場ですし、テレビCMも流しましたが、たくさんの消費者にその良さを理解してもらうまでには至りませんでした。それならと、次に考えた戦略が、3900億円もの規模を誇る市場のユーザーを、こちらへ引きこんでしまえというものでした。「カップヌードル」は、バリエーションを出せばつねに話題になるブランド。「カップヌードル味のごはん」と言われたら、誰もがきっと1度は食べてみたいと思うことを肌で感じていました。

井上この商品が出た時、私も「これ、絶対アリよね!」と友人と話していましたね。

上原大阪で先行販売した際、私も店頭に立って直接お客さまと話をしましたが、お米の商品とか、電子レンジ向けの商品としてではなく、「カップヌードルの新しいバリエーション」として買われる方が多かったです。そうした切り口から入ったほうが、このレンジ米飯食品の良さをむしろ伝えやすいと改めて実感しました。

新商品がヒットした相乗効果で、
親ブランドや既存商品も売上アップ

写真 日清食品株式会社 上原 秀介氏

井上商品の着想から完成までの期間はどのくらいでしたか?

上原半年くらいでしょうか。

井上日清食品さんの中では短いほうですか?

上原そのあたりは一概には言えないものがあります。というのも、工場の生産ラインを新設しなければならないような新商品は設備投資から始めなければなりませんが、既存の生産ラインが使えるバリエーション商品などであれば1~2ヵ月で出来る場合もあります。今回、「カップヌードル」の単純なバリエーション商品ではありませんでしたので、時間がかかったほうかもしれません。

井上時間を要した一番のポイントは?

上原フレーバーの開発ですね、「カップヌードルの味」をいかにごはんで再現するかという点がネックでした。

井上「カップヌードル」のマーケティングチームは、この商品が親ブランドの売上を奪うのではないかとか、失敗してブランドを傷つけてしまうといったリスクを感じていなかったのでしょうか?

上原もともと規模がまったく違う市場の商品ですから、ライバル商品になるとは考えてなかったと思います。むしろ、当社では格段に重要なブランドですから、失敗は許されないといった空気は、「カップヌードル」のグループだけでなく、会社全体にありました。

井上「カップヌードル」への影響はどうでしたか?

上原「カップヌードル」だけを売っていた時よりも、「ごはん」と同時に販売してからのほうが、「カップヌードル」の売上もアップしたという販売データもあります。

井上素晴らしい成果ですね。親ブランドが傷ついてしまうリスクもある中で、逆に売上アップに寄与しているわけですから。既存商品である「日清GoFan」への影響は?

上原相乗効果なのか、こちらも売れてきています。

井上「こういうものがあるんだ」と、レンジ米飯商品をより多くの人が知るきっかけになったのですね。

上原昨年「カップヌードルごはん」の全国発売を開始してから3ヵ月間に売れた数は、その他の商品の販売量とほぼ同じ。つまり、「カップヌードルごはん」が市場規模を倍にしたことになります。

井上宣伝はどのように行ったのですか?

上原ラジオCM以外はほとんど行いませんでした。新聞・雑誌の記事で取り上げてもらったり、ネットで口コミがひろがったりする中で、話題が大きくなっていった形です。

井上最初からそれを狙っていたのですか?

上原アテにしていたわけではないですが…すみません、ちょっとはアテにしていました(笑)。

井上「カップヌードル」ブランドでありながら、中味はごはん。通常はどの売場に置かれているのですか?

上原やはりカップめんのコーナー。これはコンビニが多いですね。あとはレンジ米飯商品のコーナーです。お店によっては、お米の横に並べられているケースもあります。

井上どれが嬉しいですか?(笑)

上原当社にとってカップめんのコーナーは主戦場というか、しっかり売り込める力が従来からあります。そこに新しい商品が1アイテム入ると、その代わりに既存商品が1アイテムはずされてしまうことがあるわけです。だから、レンジ米飯商品の売場に並べていただいたほうがありがたいですね。今まではあまり認識してもらえないカテゴリーでしたが、そこに「カップヌードルごはん」を入れてもらうことで売場がうまく回転していけば、これから伸びていく商品カテゴリーとしてお店でも位置づけられるようになると期待しています。

営業中にメモしたアイデアから
商品が生まれマーケティング部に転属!

井上上原さんはずっと商品開発に関わってきたのですか?

上原最初は冷凍食品の営業をしていました。ただし、メーカーに入った以上はものづくりに関わりたいという気持ちはつねに持っていました。そんな中、「営業が考える商品提案」という社内企画に応募したところ、アイデアが採用されて商品化されたのです。「日清レンジSpa王 ミルクで作るスープパスタ」という商品ですが、それから半年後にマーケティング部へ転属となりました。

井上営業中も、頭の中ではつねにアイデアを考えていたとか?

上原確かに面白いことを思いついたらメモしていました。商品のアイデアもそうですし、キャッチフレーズなども。信じられないかもしれませんが、当時のメモに「カップヌードル味のごはん」と書いてあったんです。

井上日清食品さんでは、他のセクションへ転属となるケースは多いのですか?

上原「若手は10年間に3つのセクションを経験する」というのが当社の基本的なスタンスです。また、社内公募制度というものがあって、たとえば「カップヌードルのブランドマネージャー」「マーケティング部の若手スタッフ」といった公募ポジションが毎年発表されます。会社からの命令ではなく、やる気のある人物を積極的に登用しようというシステムです。

井上社会人になって、必ずしも自分が希望する職種に就けるわけではありません。そのチャンスを与えられるわけですから、日清食品さんはとても開かれた会社なのですね。

上原若い頃は営業職でしたから、毎日数字に追われたりして辛いと感じた時期もありましたが、その時、身についた忍耐強さ、商品の知識、現場感覚などは、今いろいろな部分で活かされています。これから社会へ出る若い人たちも、自分が希望した職種じゃないからと諦めたりせず、50代、60代になるまでの長い目で人生を見つめることが大事だと思います。

井上若い人たちへのアドバイスまで、ありがとうございました。

すでに一つの分野で地位を確立しているブランドを、他の分野にも適用する戦略を、マーケティングでは「ブランドのカテゴリー拡張」と言います。その際、懸念されるのは、新しいカテゴリーの商品が、元のカテゴリーの商品の売上を食べてしまう「カニバリゼーション(共食い)」という現象です。「カップヌードルごはん」の場合は、相乗効果で「カップヌードル」の売上向上をもたらした見事なマーケティング戦略だったと言えます。また、「食」の傾向や、自社商品の改良点などではなく、電子レンジという器具の普及率や使い方に着目したという点はとてもユニークだと感じました。

写真 経営学部 准教授/井上 淳子
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