【エッセー】バーレスクってなんだろう?

北村 紗衣

バーレスク(burlesque)という言葉を聞いたことがおありでしょうか。この言葉は歴史的にさまざまな文学・演芸を指すために用いられてきたのですが、現在の舞台芸術で「バーレスク」というとストリップティーズ(striptease)、つまりステージで服を脱ぐことを中心に、バレエやベリーダンスといった踊りはもちろん、お笑いや空中ブランコ、マジックから朗読までいろいろな演芸を組み合わせたパフォーマンスを指します。「ストリップティーズ」は「服を脱ぐ」という意味の‘strip’と「じらす」ことを意味する‘tease’からなっています。ストリップと言っても全裸になるショーはそれほどたくさんあるわけではなく、女性の場合は乳首にペイスティと呼ばれる小さな衣装をつけるなどしていくぶんかは体を覆うことが多いのですが、重要なのはストリップよりもむしろティーズのほうです。裸を見せるよりは服を脱ぎながら観客の期待を操作し、ステージと客席の間である種の力の駆け引きを行うことがバーレスクの醍醐味です。雑多な演芸を取り込んだバーレスクの総体はなかなか掴みにくいところもあるのですが、本記事では筆者である私の鑑賞体験に歴史やフェミニズムとのかかわりなどをからめつつ、バーレスクというのはどんなものなのか、漠然とでも皆さんに理解していただけるよう、簡単な解説を書こうと思います。

私がはじめてバーレスクを見たのは2010年11月のことです。私はキングズ・カレッジ・ロンドンの英文学科博士課程に所属する学生で、ウィリアム・シェイクスピアについて博士論文を書いていました。私の研究テーマはシェイクスピアと女性の観客・読者ということで女性の観客コミュニティ一般に興味があり、バーレスクが女性に人気があるという噂は既にきいていましたが、なんとなくセクシーなものらしいということ以外はほとんど何も知りませんでした。ところが、ある日地下鉄の駅を歩いていたところ、オリンピアの国際展示場で開催されるロンドン・エロティカに、ディタ・フォン・ティースが来るという宣伝が目に入ったのです。ディタはその数年前までマリリン・マンソンと結婚しており、一時期はふたりで「ゴスのロイヤル・カップル」と呼ばれていました。ゴスの女王が踊るところなんて日本に帰ればまず見られないでしょうから、これは行くべきだと思いました。

ロンドン・エロティカはエロティックな衣装やグッズなどの見本市で、ショーは仮設ステージで行われます。ディタのショーは阿片がテーマでした。最初は豪華な衣装を着ていたものの、どんどん脱いでいき、最後は胸などの大部分が露わになりました。コルセットやハイヒールを脱ぎ捨てても全く変わらないボディラインと、つま先立ちで大きな扇を振りながら完璧に動きをコントロールする洗練されたダンスには感銘を受けましたが、正直なところ、あまりにもわざとらしい東洋趣味と、目の前でほぼおっぱい丸出しの女性が踊っていてそれに周りの女性が大喜びしている状況が自分でもよく理解できませんでした。全体的になんとなく可笑しいような気がしたのですが、笑っていいのかどうかもよくわからなかったのです。ここでわからないからもう見なくていいやと思っていれば今ここでこの文章を書いていないわけですが、なんとなく不思議な魅力は感じましたし、また研究者としてはこんなに謎なショーが女性に人気というのだからもう少し調べてみるべきだと思いました。観客研究に役立つかも…という下心も多少ありました。

もう少しバーレスクについて知ろうと決心した私は、翌年ロンドン・バーレスク・フェスティヴァルに通うことにしました。これは5日間(開催期間は年によって多少違いますが)にわたって行われるバーレスクのお祭りで、毎晩いろいろなクラブでショーが行われます。その一方でバーレスクに関するいろいろな本や論文を読み、知識を蓄えました。レイチェル・シュタイアのStriptease: The Untold History of the Girlie Show (Oxford University Press, 2005)やジャッキー・ウィルソンのThe Happy Stripper: Pleasures and Politics of the New Burlesque (I. B. Tauris, 2008)などによると、脱衣を伴うセクシーなショーとしてのバーレスクは1920年代から1960年代頃までは北米を中心に盛んに行われてましたが、その後は一時期廃れてしまい、1990年代にニュー・バーレスクあるいはネオ・バーレスクとして復活たということです。バーレスクのパフォーマーは女性が多いものの男性もおり、男性のショーはボーイレスク(Boylesque、Boy+Burlesque)と呼ばれます。現在のバーレスクファンは女性がかなり多く、またセクシャルマイノリティのコミュニティでも人気があります。1990年代以降のバーレスクは女性の自由な自己表現という点で強くフェミニズムと結びついていることがポイントで、これについては私が書いた「ニュー・バーレスク研究入門」『シアターアーツ』49 (2011): 105-115に簡単なまとめがありますので、歴史や学術研究に興味がある方はこちらを参照していただけると幸いです(本論考はこの論文を一般向けに書き直したところが多いです)。

ロンドン・バーレスク・フェスティヴァルをはじめとするさまざまなショーを見ていくうちに、私はフェミニズム(場合によってはクィア理論も)とバーレスクの結びつきをかなり実践的に理解できるようになっていきました。最初はおっぱいを揺らしてタッセル(ふさ)のついたペイスティをこれでもかとばかりに振り回し、歩くのすら驚異的と思える高いヒールで闊歩するショーに圧倒されるだけでしたが、こうしたパフォーマーたちは皆自信に溢れていました。心の底では着てみたいと思っていても到底着る自信が持てないような派手でキラキラで個性的で服装や、たった数分という短さできっちりと何らかのコンセプトを表現する考え抜かれたショーの構成からは、社会の押しつけを気にせず自分が美しいと思うものを表現したいという芸術的な意欲が強く感じられます。また、ディタのように誰が見ても古典的な美人だと思うようなパフォーマーがいる一方、伝統的に「女性らしい」美しさとはかけ離れた容姿、つまり太っていたり、背が低かったり、やせっぽちで貧相だったり、坊主頭だったりするようなフォーマーもたくさんいます。そうしたパフォーマーは画一的な美の基準を問い直し、あざ笑うような先鋭的なパフォーマンスをすることも多く、こうしたショーを見ていると私たちはいたるところに美が潜んでいるにもかかわらず、いかに無思慮に伝統的な基準から外れる美を切り捨てているのか思い知らされます。中にはジェンダー・ステレオタイプや政治の腐敗などを辛辣に諷刺するショーもあり、とくに英国では王室をバカにする演目もあったりします。

こうしていろいろなショーを見たり、研究を読んだりしているうちに、私が最初にディタ・フォン・ティースを見た時に感じたわからなさがなんとなく言語化できるようになりました。ディタは誰からもゴージャスで美しいと認められるショーガールで、衣装もダンスも非常に洗練されているので、見ているだけでうっとりします。しかしながら、後に太っていたりやせっぽちだったりするパフォーマーたちのショーを見て私が感じた、どんな姿であっても自分に自信を持って良いというメッセージや、普段は世間の「空気」に押されて無視してしまう美しさに気付かせてくれるような驚きは与えてくれませんでした。バーレスクの研究や批評においては、どんなにバーレスクコミュニティの女性たちがフェミニズムやクィア理論にコミットしていようとも、服を脱いで裸になっていくパフォーマンスが男性中心主義的な欲望にとりこまれてしまい、女性の美に関する画一的な基準を称揚する傾向に与してしまうのではないか、という危険性も指摘されています。先程少し触れた研究者のジャッキー・ウィルソンは、バーレスクの世界は多様で必ずしも古典的な美人タイプのパフォーマーばかりが活躍しているわけではないのに、ディタのように「受け入れやすく可愛らしい女性的外見」(p. 125)のスターばかりが主流メディアでとりあげられることで、バーレスクが単に可愛くて楽しいだけのいわば毒気を抜かれた形で世間に受け入れられているところが大きい、と分析しています。夢のような美しいショーをする女性パフォーマーたちは男性の欲望や世間の空気のためではなく、自分の創作意欲や美意識のためにショーをしていますし、彼女たちはバーレスクの質の向上に大きな貢献をしています。しかしながらそうしたパフォーマーにばかり注目しているとバーレスクの中に潜んでいる反逆や諷刺の精神、フェミニズム、自由への希求、型にはまった美の基準への異議申し立てといった哲学を見逃してしまうかもしれません。

最後に、私がバーレスクのとがった志を非常に強く打ち出していると思う、お気に入りのスターを紹介して終わりにしようと思います。アメリカ出身のパフォーマー、ダーティ・マティーニはかなり恰幅が良く、ほっそりした女性を褒めそやす現代の風潮からするとスタイルが良いとは言いがたい容姿です。しかしながら彼女はバーレスクの世界では大人気で、極めて美しくかつ皮肉のきいたショーで有名です。2010年の『さすらいの女神たち』というバーレスクを扱ったフランス映画に出ているので、そこで見たという方もいるかもしれません。ダーティの‘Love America’のショーはアメリカのナショナリズムと拝金主義の堕落を容赦なく皮肉ったもので(詳しくは説明しませんが、YouTubeでさわりだけ見られたりしますので検索してみてください)、お腹の底から笑えてかつ考えさせられるものです。キラキラしてセクシーだがそれだけではない、先鋭的なところもあるバーレスクを是非いろいろな方に知って欲しいと思っています。

● 北村 紗衣(きたむら さえ)
武蔵大学人文学部英語英米文化学科専任講師。2013年キングズ・カレッジ・ロンドン博士課程修了、専門はウィリアム・シェイクスピア。