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魔術学校の糸使い 作者:足利利光

序章

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プロローグ

 
 トラフォード王国。
 エポルエ大陸の北西岸に位置する巨大な島国であるこの国には二十二大貴族と呼ばれる者達がいる。
 かつて初代国王と共に建国に尽力した二十二人の偉大な魔術師達の末裔だ。

 その二十二大貴族の一つ、ヒル・ピストリウス家に俺は産まれた。
 貴族の家に産まれた者は、一様に高い魔術師としての素質を持ってる。
 だが、俺は魔術が全く使えなかった。

 それが理由で両親からは冷遇され、姉や双子の弟からは見下され生きてきた。
 父のセブルスは俺を一族の恥と罵った。
 母のアンジェリーナは俺なんて、まるで存在しないかの様に振る舞った。
 姉のエヴァンジェリーナは俺にあからさまな軽蔑の眼差しを向けた。
 双子の弟であるシリウスは俺に度々、魔術で暴行を加えた。
 地獄の様な日々だったが、俺には友達がいた。
 蜘蛛のアリアドネだ。
 アリアドネは蜘蛛なのに人の言葉を喋れた。
 と言っても、彼女ーーメスらしいーーの声を聞けるのは俺だけだった。

 俺は一日の殆どをアリアドネと過ごした。
 彼女はやたらと物知りで、俺は彼女の話を聞くのが好きだった。
 彼女の存在が、地獄の様な日々での唯一の救いだったんだ。

 だが、唐突にそれは奪われた。



「よお、ニコラス」

 俺が自分の部屋に入ろうとすると、扉が開きシリウスが出てきた。
 何故、俺の部屋に?
 シリウスはニヤニヤと俺を見る。
 俺はとてつもなく嫌な予感がして、急いで部屋に入る。
 そこには、

「あ……あぁ……」
「ニコ……ラス……」

 八本の足を全てもがれた、アリアドネがいた。

「アリアドネ! アリアドネ! あぁ! あぁ! 何で何で何でっ! 」

 あまりの光景に、俺は半狂乱になり叫ぶ。
 涙が溢れて、動悸がする。
 胸が苦しい。痛い。
 痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い。

「ニコラス……」

 アリアドネが蜘蛛とは思えない様な、澄んだ声で俺の名を呼ぶ。

「アリアドネ……! 誰がっ! 誰がこんなっ……」

 聞かなくたって分かる。
 シリウスだ。
 だけど、信じたくなかった。
 あんな奴でも弟なんだ。
 だけど、こんなの……酷すぎる……。
 俺の中でドロドロとした感情が渦を巻く。

「ニコラス……」

 アリアドネがまた、俺の名を呼ぶ。

「何? 」

 涙声で俺は答える。

「私……もう、駄目みたい」
「そんな……。病院、病院に行こう。治してくれるよ……」
「無理よ。もう、ニコラスったら」

 ぼろぼろと泣きながら言う俺に、アリアドネは笑いながら言う。

「ねえ、ニコラス。私達、友達よね? 」
「当たり前だろっ! 」
「嬉しいわ。ありがとう、ニコラス」
「これからも、ずっと友達だろっ」
「ええ、そうね……」

 どんどん、アリアドネの存在が希薄になる。
 消えていってるんだ。
 どうなってる?
 俺は訳も分からぬまま、アリアドネを両手で包む。

「ニコラス……。貴方はとっても優しくて強い子よ。これは、そんな貴方に初めての友達からの最後のプレゼント。これからは、私以外にも沢山の友達を作って。そして、この“力”で、その友達がピンチの時は助けてあげて」

 アリアドネがそう言うと、彼女の身体が輝きを放ち、俺の手を包む。

「アリア……ドネ? 」

 しばらくして、輝きは消える。
 だけど、消えたのは輝きだけじゃ無かった。

「アリアドネっ! アリアドネっ! 」

 輝きと共に、アリアドネも消えていた。
 俺の右手の甲に、彼女と同じ赤い蜘蛛の刻印を残して。



 アリアドネが消えた後、俺はフラフラと屋敷を漂っていた。
 使用人達が気狂いを見るような目で俺を見てくるが、どうでも良かった。

「ニコラス。お友達とはちゃんとお別れしたか? 」

 そんな俺の目の前にシリウスが現れた。
 ニヤニヤニヤニヤ。
 その瞬間、俺の中で何かが切れた。

「シリウゥゥゥス! 」
「がっ!? 」

 シリウスの顔を思いっきりぶん殴る。
 まさか殴られるとは思わなかったんだろう。
 シリウスはまるで無防備で、俺の拳をモロに受けた。

「何でっ! 何でこんな事をっ! 」

 俺は馬乗りになり、一心不乱に殴り続ける。
 しかし、その攻勢も長くは続かなかった。

「こ、のっ……クソがっ! 」

 突如、強風が発生し吹き飛ばされる。
 それからは、一方的な展開だった。
 魔術を使えない俺が、魔術を使えるシリウスに勝てる訳も無い。
 数分足らずで、俺は床に息も絶え絶えに突っ伏すはめになった。

「何事ですか!? 」

 最悪だ。
 騒ぎを聞き付けたのか、母のアンジェリーナがやって来た。
 シリウスは俺がいきなり殴りかかってきたから、反撃したと伝えた。
 もちろん、アリアドネの事は言わない。
 最も、仮に言ったとしても俺が悪者になる事に変わりは無い。
 母はシリウスから一通り話を聞いて、ゴミを見るような目で俺を一瞥し、シリウスを連れ去っていった。

 その後、俺は父に呼び出された。
 追放されるらしい。
 もう俺はピストリウス家の人間じゃ無いって訳だ。
 上等じゃないか。
 こんな家、こっちから出て行ってやる。
 心ではそんな事を思うも、所詮はガキだ。
 一人じゃ生きていけない。
 どうやら、父の弟の元に送られるらしい。
 つまり俺の叔父なんだが、会った事が無い。
 どうやら、その人も落ちこぼれだったらしく勘当されたらしい。
 ピストリウス家の戸籍から離脱し、辺境の町で世捨て人の様な生活をしていると聞かされた。
 俺もそうなるのか。
 それも良いかもしれない。
 こんな家にいるよりは、きっと良い筈だ。
 そう思った俺は、父に許しを乞う事も無く、それを受け入れた。
 父に今日中に出て行けと言われ、すぐに荷物をまとめて馬車に乗り込む。
 流石に、叔父の所までは連れて行ってくれるらしい。

 玄関には父、母、姉、そしてシリウスがいた。
 父と母は無表情。
 姉は相変わらずの軽蔑の眼差し。
 シリウスは顔をしかめていた。
 馬車が動き出す。
 俺とシリウスの8歳の誕生日の出来事だった。


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