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建築の未来をテクノロジーの歴史に読む──異彩の建築史家マリオ・カルポの「真価」

10月13日に開催する「WIRED CITY 2015」に登壇する建築史家、マリオ・カルポ。ルネサンス時代の建築を専門としながら、現代のデジタルテクノロジーまでを視野に入れ、研究・執筆を行う彼の思考は、現代の建築に、テック業界にかかわるすべての人に、いかなる示唆を与えてくれるのか。2011年に彼が著した『アルファベット そして アルゴリズム』を翻訳した美濃部幸郎に、同じくカンファレンスに登壇するnoiz豊田啓介が訊いた。

 
 
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TEXT BY KENJI ISHIMURA

『アルファベット そして アルゴリズム:表記法による建築──ルネサンスからデジタル革命へ』
マリオ・カルポ・著 美濃部幸郎・訳 鹿島出版会刊
「WIRED CITY 2015」に登壇する建築史家、マリオ・カルポの著書。建築の変遷と未来を、その表記法の発展に着目して綴る。ルネサンス時代から現代に至るまでのテクノロジー史に照らし合わせて建築の変容をひも解いた、類を見ない1冊である。
マリオ・カルポ登壇!「ビッグデータの建築デザイン」
未来の東京を考える「WIRED CITY 2015」10/13開催

2020年に向けて、その先の未来に向けて、ぼくらはどんな東京を、そして社会をつくっていきたいのか。テクノロジーによる都市づくりの可能性を探る「NEW CODE」、“都市開発”を再定義する「NEW DEVELOPMENT」、新しい都市共同体のつくりかたを考える「NEW COMMUNITY」の3つの視点で未来の都市を考える1dayカンファレンスに、国内外から豪華スピーカーが集う。さらにスペシャルセッションとして、トラックメーカー・tofubeatsの登壇が決定! WIRED CITY 2015のために彼がつくった「未来のTOKYOのための音楽」を聴ける、ここだけのチャンスをお見逃しなく。詳細はこちらから。

異彩の建築史家、マリオ・カルポの「デジタル・ターン」

豊田啓介(以下、豊田) マリオ・カルポ先生は日本ではあまり名を知られていない方だと思いますが、どのような活動をされてきた方なんでしょうか?

美濃部幸郎(以下、美濃部) カルポ先生はイタリアのご出身で、ルネサンス建築が専門の建築史家です。ただし、建築史へのアプローチがとても独特で、建築のノーテーション、つまり図面などの表記法をテーマに研究をされています。ルネサンス時代から現代に至るまで建築のノーテーションがどのように変わり、それが建築にどう影響を与えてきたのかを研究されています。

豊田 今回の話のテーマとなる書籍『アルファベット そして アルゴリズム』は彼の前作の続編ともいえるそうですが、前著『Architecture in the Age of Printing(印刷時代の建築)』はどのような内容だったのでしょうか?

美濃部 前著はルネサンス建築を扱ったもので、当時の建築が「印刷された本」を介していかに世界に伝播していったのか、そしてそれがいかに革命的で、建築にどのような影響を与えてきたのかについて詳述しています。現代のわたしたちにとっては当たり前に思えますが、印刷テクノロジーによって情報が世界に伝播するということは、ルネサンス以降の近代の建築にとって革命的なことだったのです。

豊田 つまりルネサンス時代に、建築以外の分野のイノヴェイション、特に新しい情報伝達手段が建築に革命を起こしたということですよね。それが今作と繋がっているというのはどういうことなのでしょうか?

美濃部 一言で言えば、前著で綴った「印刷によって起きた革命」がいま、デジタルテクノロジーによって再び起きようとしているということです。そのような歴史の大局をとらえ、ルネサンス時代の活版印刷から現代までのテクノロジーの進化が建築の世界においてどのような変容を与えてきたのかを伝えているのが、この『アルファベット そして アルゴリズム』なのです。

豊田 なるほど。あらためて『アルファベット そして アルゴリズム』で語られている概要を簡単に説明していただけますか?

美濃部 この本では、デザインや建築の分野において、デジタルテクノロジーがどのような役割を果たしているのかを検証しています。例えば建築においては、これまでは図面によって情報が伝えられていましたが、それがアルゴリズム、あるいはソフトウェアやプログラムに替わっていこうとしています。

ルネサンスから20世紀まで、カルポ先生が言うところの「近代」が建築にとってどういう時代だったのかというと、「建築家」という原作者が考えたアイデアの「コピー」として建築物を生み出す方法が、入念につくり出されてきた時代だと彼は説きます。一般的なプロダクトに関していえば、産業革命以降、同じ形のものが大量生産されて地球全体に行きわたるようになりましたが、建築においても原型を同一としたコピーが広く行きわたる時代だったのです。

豊田 それが21世紀に入って変わってきたと。

美濃部 その通りです。デジタルテクノロジーの強みは同一なコピーをつくることではなく、いくらでも変化していくヴァリエーションを生み出す「元」をつくることができるようになったこと。その元になるのが「アルゴリズム」であり、たくさんのヴァリエーションをつくれるようになれば、これからの時代においては原型のコピーをつくることはもはや意味がなくなってくる、というのがカルポ先生の考えです。

その結果、“建築家の原作者性”というものも変化していきます。近代においては、建築家は原型の図面を描くことによって建築物の原作者たりえたわけですが、デジタル時代においては、実際にできる建築物はただのアルゴリズムによるヴァリエーションでしかありません。そのアルゴリズムをつくった人こそが原作者になるわけです。

建築家が実際にモノとして出来上がる建築物に携わることによって原作者と見なされることは難しくなってくるだろう、と彼は書いています。したがってこれからの建築家は、実際のオブジェクトをつくるという二次的な役割を果たすか、それともヴァリエーションを生み出すようなシステムを考える仕事をするか、そのどちらかの道を選ばなくてはいけないとカルポ先生は問いかけているのです。

豊田 デジタル時代の帰結として、いわゆる建築界の巨匠、“ザ・ビッグネーム・アーキテクト”といったいまの建築家像が変わっていくということですよね。カルポ先生は、ルネサンス時代にも同じようなことを建築界や社会が経験していて、それがいま繰り返しているとも書いています。その辺りの論考がやはり歴史家ならではのものだなと思うのですが、彼は具体的に、500年前といまとをどのように対比されているのでしょうか?

美濃部 カルポ先生は、例えば3Dプリンターのようなコンピューターによるモノづくりのあり方が、石を一つひとつ職人さんが切り出していた中世時代のハンドメイドのあり方にすごく似ているとおっしゃっています。このようにデジタルテクノロジーの発展が実際のモノづくりに影響を与えていることを彼は非常にポジティヴに考えていて、それをルネサンス以前の「中世の時代にターンする」ことだと言っています。

本書の副題には「デジタル革命」と付けましたが、もともとの英語では「digital turn」と表現されている。つまり彼は、デジタルテクノロジーによって、モノづくりのあり方が近代から中世にターンしているのではないかと考えているのです。

中世に行われた手づくりできめの細かいモノづくりが近代の産業化によって失われてしまったという意見がある一方で、カルポ先生は、デジタルテクノロジーによって再び中世のモノづくりのよさが取り戻されると考えているのです。


マリオ・カルポ|MARIO CARPO
ロンドン大学バートレット建築スクール教授(建築史)。建築理論を、文化史やメディア・情報テクノロジーの歴史との関係に焦点を当てて研究・執筆を行っている。著書『Architecture in the Age of Printing』(2001)は数カ国語に翻訳されている。近年の著作には『アルファベット そして アルゴリズム:表記法による建築──ルネサンスからデジタル革命へ』(2011)や『The Digital Turn in Architecture 1992-2012: AD Reader』がある。
 
 
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