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28年前に別居で出て行った母親を連れて実家(山口県周南市鹿野)に日帰りで帰省、押し寄せるノスタルジアに吐きそう

記録

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小学校4年の時に、両親が別居を始めた。結局、おやじの未練がだらだらと残り、離婚自体はかなり経ってから成立したのだが、俺と4歳の妹を連れて実家の鹿児島に遁走したおふくろは、その後、まともに山口県周南市鹿野を訪れることなく、28年が過ぎた。俺は、鹿児島の母方の祖父とどうしても折り合いを付けるができず、2年後、単身山口のおやじの元に戻り、高校卒業まで鹿野で過ごしたが、そのおやじも、俺が大学2年の5月に、家業をツブして蒸発。約10年後、蒸発先の金沢で大動脈瘤乖離で死んだ。享年54歳。鹿野には今年で94歳になる祖母が、叔母と一緒に住んでいる。


おふくろが、鹿野に行きたいと言い出した。祖母に会いたいと言い出した。墓参りをしたいと言い出した。

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シルバーウィークは妻と息子と娘を連れて鹿児島に遊びに行く予定だったので、その2日前から福岡に入らせ、妻は仕事、息子と娘は保育園の土曜(2015年9月19日)を利用して、俺とおふくろの2人で鹿野に日帰りで鹿野に帰省してきた。俺は先月の盆休みぶりの、おふくろは28年ぶりの、鹿野。


12年前の「平成の大合併」時に隣接する徳山市などと合併して、今は「市」を名乗ってはいるが、俺が住んでいた当時からいわゆる過疎地域で、年々寂れていく一方。コンビニはおろか、まともな宿泊施設や食事をする場所もなく、そもそも町内に信号機が3つぐらいしかないような町なのだが、市になっても衰退の勢いは変わらず、むしろ加速しているように見える。

リンク 山口県周南市ホームページ


ここ数年は、帰省といっても盆休みに子供を連れて帰るぐらいで、小さな子供の面倒を見ながらの弾丸日帰り帰省が主だったので、ゆっくりできなかったのだが、今回は大人2人だったし、おふくろもおそらく再び訪れることはないだろうからということで、町の中を少し徘徊してみた。


今まで、車で通り過ぎるだけだと気付かなかったのだが、町は、28年かけてしっかりと擦り切れて疲労し、消耗し、くたびれ果てていた。恐ろしいぐらい人や車に出会わなかったのだが、そこかしこに衰退の陰というか、滅びの予感というか、いわゆる限界集落の兆候が滲み出している。蝉の鳴き声もない9月の快晴の中、異様に静かな町を iPhone で写真を撮りながらぶらつくと、膨大なノスタルジアが押し寄せてきて、吐きそうになった。俺ですらそうなのだが、あまりいい思い出のない、28年ぶりのおふくろの胸中はどのようなものだったのだろうか。



以下、記録として写真を。


おそらく地元の中高生の不純異性交遊のメッカであろう天神山公園から、町を眺める。盆地の中に、山口県特有の赤茶色の屋根瓦の家が、ちんまりと集まっている。ちょうど米の収穫の時期で、田んぼが黄色い。

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帰省時には毎回利用するのだが、鹿野で親戚が集まって食事となると、石船温泉一択になる。たかみ食堂やまごころは休暇時には営業してないし、鹿野サービスエリアのレストランは落ち着かないし。

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今夏、息子と娘を泳がせた川。

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石船温泉に飾られていた、恐ろしく古いミシン。日立製。

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渋川へと抜ける道。

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目の病気を治してくれるという目観音さま。

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雄のライオンに見えるという、ライオン岩。俺が子供の頃は、もっとつるつるの岩肌に目や鼻に見える亀裂があり、確かにライオンみたいに見えたのだが、風雨に打たれてぼろぼろ。

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鹿野の中心部は、ざっくりいうと漢字の「目」のような構えで、メインストリート2本を小さな通りがつなぐ。その1本がこれなのだが……。

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元は郵便局だった建物。今は、なんなのだろう。

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メインストリート沿いの廃屋。当時は最先端だったであろう太陽光パネルも今は謎のオブジェ。

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俺も通った中学校の校舎。この裏にある町立の総合体育館もそうなのだが、やけに箱だけは立派。当時は1学年2クラスだったのだが、1クラスになって久しいとかなんとか。1クラス何人なのだろう。吹奏楽部だった俺は、3階左端の音楽室でチューバを吹いていた。バスケットコートも草ぼうぼう、相撲の土俵もなくなっていた。

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町のいたるところに、かさぶたみたいな空き地がある。

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もう1本の「メインストリート」。かつては町最大のスーパーマーケットや呉服屋、駄菓子屋、電気屋、銀行、鮮魚店、精肉店などでまがりなりにも賑わい、夏の町内総出の祭りでは露天がみっしり並び、雄壮な山車が行ったり来たりしていたのだが、今はもう。

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空き地がかさぶたなら、これはさしずめ瘤。かさかさに乾いてひび割れて、今にももげそうな瘤。

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懐かしすぎて吹いたのだが、かつてここにあった散髪屋、校則で坊主頭だった鹿野中学生の中でも粋がった連中の、少し伸ばした前髪に2段アイパーをかけてくれるおっさんが営業しており、店の名前は忘れたが、徳山で買ったボンタン履いて「◯◯でアイパーかけたっちゃ」というのが、ある種のステータスだった。

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オープン当初、唯一の娯楽ということで、町中の紳士淑女が小銭を握りしめて集ったパチンコ屋・ドリーム。ほどなく潰れて長年放置されていたが、この度めでたく鉄工所に生まれ変わるとのこと。「ドリーム鉄工所」にでもなるのかしら。

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俺が当時住んでいたのは、町の中心部から車で10分ほど離れた「今井」という集落だったのだが、そっちの方はもう悲惨の一言。かつては家であったであろうモノが、夏の終わりに見かける朽ちたセミの死骸のよう横たわっている。

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滞在時間約4時間。おふくろと祖母も、28年という時間がいろいろと解決してくれて、久しぶりの再会を喜んだし、それはそれでよかったのだが、押し寄せるノスタルジアと町の傷みに疲れ果ててしまい、這々の体で福岡に戻ってきた。

ふるさとは遠きにありて思ふもの
そして悲しくうたふもの
室生犀星




ブロガーが都会のインフラに乗っかりながら、都会の人間向けに整備された「田舎」に移住してクリエイティブを気取る風潮があるようだが、本当の田舎出身者や、実際にこういった町に縛り付けられている人間からすれば、結局のところいざとなったら逃げ帰る場所がある都会の人間の上から目線の「田舎者ごっこ」のオナニーにしか見えないわけで。いざとなったら逃げ帰る場所を持つ人間が、ブログのネタや東京のサラリーマンを煽る目的で、やれ夏祭りだ農業体験だのといった、田舎者が気力を振り絞って運営するイベントにいそいそと繰り出してちゃちゃっと写真だけ撮って帰ってブログにアップされても、糞の役にも立ちゃしねえのよ。鵺みたいで気色悪いし、反吐が出るわ。