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安保法案強行採決

「違憲法制」通していいのか

2015年09月18日 05時00分

 安全保障関連法案が参院特別委員会で強行採決され、与党などの賛成多数で可決した。多くの専門家が違憲性を指摘し、安倍晋三首相自身も「国民の支持が広がっていないのは事実」と認めた法案だ。過半数が反対を示す世論を一顧だにせず、数の力で強引に押し通した採決はさらなる政治不信を招き、禍根を残すと言わざるを得ない。

 戦後70年、日本は先の戦争の反省に立って専守防衛に徹し、経済や福祉など非軍事分野での国際貢献で世界の信頼を得てきた。それが「他衛」にまで踏み込む安保法制によって、国際社会の日本を見る目が変わる。米国に追従し、地球規模で活動できる自衛隊が「もはや自衛隊ではない」と映るようになる。米国の軍隊と同列で見られ、攻撃や報復の対象にならないか。そんな不安を抱く国民は少なくないだろう。

 11本に上る関連法には、一つ一つに重要な方針転換が盛り込まれていた。政府は衆参で200時間以上審議を積み上げてきたと強調するが、議論が尽くされたとは言い難い。

 例えば、自衛隊法95条の2に新設された「米軍等の武器等防護」。当該国からの要請があれば防衛相の判断で、自衛隊が武器を使って艦船などを防護できる。これは平時でも適用され、国会承認や閣議決定も関係なく事実上の集団的自衛権の行使に踏み出すことになるという指摘もある。こうした問題点が国民の多くに伝わっているとは思えない。

 自衛隊が派遣される事態がどんなケースで、どんな活動に限定されるのか。国会審議で具体的な姿をイメージできるようになった国民がどれだけいるだろうか。

 集団的自衛権が行使できるとする「存立危機事態」の具体例として政府が例示した中東・ホルムズ海峡の機雷掃海、邦人を乗せた米艦船の防護は、審議の中で破綻した。機雷掃海は「現実問題として具体的に想定していない」と答弁し、米艦船防護も日本人乗船の有無は「絶対的ではない」とした。こうした自家撞着(どうちゃく)な答弁こそが、法案の欠陥性を立証している。

 そもそも国の安全保障の方針を大転換させるのに、憲法解釈によって済ませようとしたところに問題がある。歴代内閣が「行使は憲法上許されない」と答えてきた集団的自衛権を、一内閣が閣議決定によって行使容認に転じた。

 多くの憲法学者が違憲の見解を示すと、自民党幹部は「憲法の番人は最高裁であり憲法学者ではない」と主張した。元最高裁長官さえ「違憲」と指摘したが、安倍首相は一私人の言葉と片付けた。

 憲法改正が必要な問題を小手先の解釈によって道を開くという前例を認めれば、憲法の法的安定性は損なわれる。参院の中央公聴会で意見陳述した小林節慶応大名誉教授は「憲法無視は独裁政治の始まり。北朝鮮と同じ体制になる」と批判した。権力を縛る憲法の機能が弱まれば、政権が暴走した際の歯止めが利かなくなる。

 多くの問題を抱える「違憲法制」をこのまま成立させていいのか。議員は、憲法の空文化を招く法案の成立が立憲主義だけでなく自身を否定することにつながると認識すべきだ。「良識の府」が重責を果たせるのか、国民は一挙一動を見ている。(梶原幸司)

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